第5話:【後編】新生・脳筋乙女パーティ、爆炎と筋肉の協奏曲(コンチェルト)
「……バレてたか。相変わらず化け物じみた勘の良さだね、アンタ」
鏡の回廊の影から、ひらりと身を躍らせて現れたのは、銀髪の少女――シェリーだった。
彼女の左足からは、先ほどのドッペルとの戦闘で負ったと思われる鮮血が滴っている。
「シェリーか。……数年ぶりだな。あの時の泥棒猫が、今は冒険者の真似事か?」
アルトリアは大剣を背に戻し、警戒を解いて歩み寄った。
背後でマリエルが「アル様、その野良猫はどこの低火力ですの!?」と杖を構え、レベッカが「私のプロテインを盗む気なら容赦しないのです!」と聖印を握りしめているが、アルトリアは手で制した。
「よせ。彼女は昔、私が逃がした……いや、道を見失っていただけの迷い猫だ」
「……相変わらず甘いんだから。でも、その甘さに救われた奴がここに一人いるのも事実だけどさ」
シェリーは苦笑いしながら壁に背を預けた。
アルトリアは迷いなく、レベッカを手招きする。
「レベッカ、彼女の足を診てやってくれ。毒が含まれている。……頼めるか?」
「アル姉様の頼みとあれば、例えドブネズミの治療でも喜んで引き受けるのです! さあ、大人しくしなさい、このガリガリの野良猫。私の活性化魔法で、ついでにふくらはぎの筋肉も二倍にして差し上げますわ!」
「えっ、筋肉はいらないんだけど!? ちょっと、熱い、熱いってば!」
レベッカの放つ『オーバー・ヒール』の光がシェリーを包む。
瞬時に傷口が塞がり、毒が浄化される。同時に、なぜかシェリーの太ももが少しだけパンパンに張ったような気がしたが、彼女はあえて無視することにした。
「……ふぅ。助かったよ。恩に着る」
「礼ならレベッカに言え。……それで、シェリー。お前、なぜこんなところにいる? ただの探索者として潜っているようには見えんが」
アルトリアの鋭い眼差しに、シェリーは一瞬言葉を詰まらせた。
懐には、カイル王子から受け取った「アルトリア失墜計画」の書状が入っている。
だが、今目の前で自分を助けてくれたアルトリアの、無自覚に色気を放つ「ジゴロ 力」を前にして、彼女の泥棒としてのプライドは霧散していた。
(……あんなバカ王子のために、この人を裏切る? ……冗談。私の審美眼が腐ってなきゃ、どっちに付くべきかは一目瞭然でしょ)
「……実はさ、アンタの元婚約者のバカに、アンタの弱みを探れって頼まれてたんだよね」
「「なんですって!?」」
マリエルとレベッカが同時に叫び、第四階層の気温が五度ほど上がった。
しかし、アルトリアだけは「ああ、あいつか」と、賞味期限切れのパンでも思い出したかのような反応を見せた。
「……あいつ、まだ私のことを気にしていたのか。暇な男だな」
「気にしてるどころか、アンタが泣いて縋ってくるのを全裸待機してるレベルだよ。……でも安心しな。私は今、その依頼をゴミ箱に捨てたから」
シェリーは懐の書状をびりびりに破り捨て、不敵に笑った。
「その代わり……。アンタたちのパーティ、スカウトが足りてないでしょ? 罠解除も宝箱の開錠も、私がいなきゃ苦労するはずだよ」
「……私を裏切るように命じられた女を、仲間にしろと言うのか?」
「裏切る相手を間違えただけさ。私は『強い奴』と『格好いい奴』の味方なんだ。……ねえ、ダンナ。私を、アンタの影にしてくれない?」
シェリーが、アルトリアの首筋に顔を寄せ、囁くように言った。
その距離、わずか数センチ。
アルトリアは全く動じず、シェリーの頭を「よしよし」と乱暴に撫で回した。
「いいだろう。お前の腕前は知っている。……マリエル、レベッカ、いいな?」
「アル様が決めたことなら……。でも、アル様の背後一メートル以内に入ったら、即座に爆破しますわよ、泥棒猫さん」
「アル姉様の健康管理に口を出さないなら、プロテインの配給リストに入れてあげてもいいのです」
新メンバー加入の空気(と殺気)が流れる中、第四階層のボス――『ミラー・クイーン』が鏡の中から巨大な姿を現した。
「……挨拶は後だ。シェリー、お前の初仕事だ。あのボスの『核』を見つけ出せ。マリエルとレベッカは私を援護しろ!」
「了解っ! ――そこだ、左から三番目の鏡が本尊だよ、ダンナ!」
シェリーの鋭い眼光が、ボスの実体を見抜く。
アルトリアが突っ込み、盾で攻撃を弾き飛ばす。その隙間に、マリエルの極大魔法が叩き込まれ、レベッカの強化バフがアルトリアの筋肉を極限まで硬化させる。
「おおおおおっ!!」
大剣の一閃が、女王の鏡を粉砕した。
◇
その頃。王宮の『バカ日記』には、こう綴られていた。
『○月×日。
シェリーからの報告がまだ来ない。
きっと、アルトリアがあまりにも無様な姿を見せているので、書くのが憚られるほどなのだろう。
愛しいアルトリア……。僕という光を失った君は、今頃暗闇の中でシェリーに冷たくあしらわれているに違いない。
フッ、そろそろ僕が颯爽とダンジョンへ救いに行ってあげてもいい頃かな? もちろん、特注の白い鎧を着てね』
王子が自分専用の「汚れ一つない白い鎧」を鏡の前で試着している間に。
第四階層の奥では、例のハープが爆音で鳴り響いていた。
『――判定:アンビリーバブル・フォーメーション! 盗む女、焼く女、直す女、耐える女! これぞ美のカルテット! さあ、四人に『美神のチームエンブレム(金縁)』と、お揃いの『特製ヘアゴム』を差し上げましょう!』
「……またお揃いが増えたな」
アルトリアは、差し出されたヘアゴムで髪を結び直した。
マリエル、レベッカ、そして照れくさそうにそれを受け取るシェリー。
最強の四人パーティが、ついに完成した瞬間であった。
「……さて。あいつ(王子)が変な気を起こす前に、さっさと最深部まで突き抜けるぞ!」
アルトリアの号令と共に、四人の乙女たちはさらなる深淵へと足を踏み入れた。
王子の絶望が始まるまで、あと、わずか。




