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第5話:【前編】新生・脳筋乙女パーティ、爆炎と筋肉の協奏曲(コンチェルト)

 王都の喧騒を離れ、アルトリア・ベルンシュタインは再び『美神のクローゼット(通称:深淵の奈落)』の入り口に立っていた。

 だが、前回までと決定的に違う点が二つある。

 一つは、背後に二人の心強い(そして非常に騒がしい)仲間がいること。

 もう一つは、鎧の下にダンジョン産の『加圧式バトル・シスター服』を着込み、全身から「強者の覇気」を垂れ流していることだ。


「アル様、見てくださいまし! 今日の私の魔力、かつてないほどに高まっておりますわ。これも昨夜、アル様とお揃いのジャージで眠り、その寝顔を八時間ほど観察し続けたおかげですわね」


「マリエル、それは単なるストーカー行為です。アル姉様の安眠を妨げるなど、万死に値するのです。……それよりアル姉様、出発前の仕上げにこちらの『特製・聖水入りプロテイン』を。大腿四頭筋のキレが三割増しになりますわ」


 マリエルとレベッカは、今日も今日とてアルトリアの左右を陣取り、火花を散らしている。

 アルトリアは苦笑しながら、差し出されたプロテインを一気に飲み干した。


「ふぅ……。よし、行くぞ二人とも。今日の目標は第四階層の突破だ。そこからは魔物の質が一段階上がると聞く。油断するなよ」


「「はい、アル様(姉様)!!」」


 三人がダンジョンの闇へと消えていく。

 その様子を、入り口近くの岩陰から、銀色の瞳がじっと見つめていた。


(……見つけた。あれが、カイル王子が言っていた『筋肉だるまの元婚約者』か。……いや、話が違いすぎるでしょ。あんなに格好いい女、騎士団にいたなんて聞いてないんだけど?)


 銀髪を短く切りそろえた少女――シェリーは、手元にある王子の依頼書をぐしゃりと握りつぶした。

 そこには『アルトリアの無様な姿を記録し、弱みを握れ。できればダンジョンの罠に嵌めて、泣いて僕に助けを求めるように仕向けろ』という、最低な指令が綴られていた。


 カイル王子の『バカ日記』には、この時の狡猾な(と本人は思っている)計画がこう記されていた。

『○月×日。

 僕は天才だ。敏腕スカウトのシェリーを雇い、アルトリアに「絶望」を届けることにした。

 彼女がボロボロになって王宮の門を叩き、「カイル様、私が間違っていました、どうかお側に置いてください」と縋り付いてくる日が楽しみだ。

 女というものは、一度突き放して、どん底を見せてから手を差し伸べるのが一番懐くものだからね。フッ、愛のムチというやつさ』


 だが、当のシェリーは、アルトリアが第四階層の強力な魔物を「素手」で投げ飛ばす光景を見て、冷や汗を流していた。


「……あれに罠を仕掛けろって? 死ぬのは私の方なんじゃないの、これ?」


 ◇


 第四階層。そこは「鏡の回廊」と呼ばれる、精神を惑わすエリアだった。

 壁一面が磨き抜かれた水晶でできており、侵入者の姿を幾重にも映し出す。


「……ふむ、自分の姿が多すぎて、距離感が狂うな」


 アルトリアが警戒を強めたその時、鏡の中から実体化した魔物『ミラー・ドッペル』が襲いかかってきた。

 それはアルトリアの姿を模した、偽りの女騎士だ。


「アル様の偽物!? 許せませんわ、あんな低火力のまがい物、一瞬で蒸発させて差し上げます!」


 マリエルが杖を掲げるが、ドッペルは鏡の中を自在に移動し、照準を絞らせない。

 さらにレベッカの方にも、レベッカの姿をした偽物が現れ、棍棒を振り下ろす。


「私の筋肉をコピーするなど、神への冒涜なのです! その偽りの上腕二頭筋、根こそぎへし折って差し上げますわ!」


 混乱する戦場。だが、アルトリアだけは冷静だった。

 彼女は目を閉じ、自身の筋肉に流れる魔力と、周囲の「空気の揺れ」に集中する。


(鏡は光を反射するが、音と風まではコピーしきれん……そこだ!)


 アルトリアが大剣を抜かず、鞘のまま横一文字に薙ぎ払った。

 ガシャァァン!! という音と共に、本物のドッペルが潜んでいた鏡の壁が粉砕される。


「マリエル、十一時の方向だ! レベッカ、足元を固めろ!」


「了解ですわ! ――大炎上プロミネンス・バースト!!」


「聖なる重圧ヘヴィ・プレッシャー! 逃がさないのです!」


 アルトリアの的確な指示。

 レベッカの重力魔法で動きを封じられたドッペルたちに、マリエルの爆炎が直撃する。

 一切の無駄がない、完璧な連携だった。


「……ふぅ。よし、突破したな」


 アルトリアが汗を拭うと、第四階層の奥から例のハープ音が鳴り響く。


『――判定:パーフェクト・セルフ・コントロール。己の姿に惑わされぬその精神、まさに美の極み。さあ、自己愛に満ちた貴女たちに、この『美神の全身鏡ポータブル』を授けましょう』


 出てきたのは、どこでも自分の筋肉を確認できる魔法の鏡だった。


「……いや、いらんだろう。自分を見るのは王子だけで十分だ」


 アルトリアが呆れていると、背後の暗闇から小さな物音がした。

 アルトリアの耳が、鋭くそれを捉える。


「……誰だ。そこにいるのは分かっているぞ」


 大剣を抜かぬまま、アルトリアが暗闇に鋭い視線を投げかける。

 隠れていたシェリーは、心臓が跳ね上がるのを感じた。

(……バレた!? この私が気配を悟られるなんて……!)


 だが、アルトリアの次の言葉は、シェリーの予想を遥かに裏切るものだった。


「……怪我をしているな。その足音の乱れ、放っておけば毒が回るぞ。出てこい、手当てをしてやる」


「……っ」


 シェリーは、かつて王宮の宝物庫で自分を見逃してくれた、あの「大きな手」を思い出した。

 運命の歯車が、王子の意図を完全に無視して、音を立てて回り始めた。


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