第4話:休息日の令嬢たちは、ドレスよりも可動域を求める
雲一つない秋晴れ。ナルシスタ王国の王都は、今日も平和(王子を除けば)であった。
史上最年少副団長の座を追われ、婚約破棄まで突きつけられたアルトリア・ベルンシュタインにとって、今日は人生で初めて迎える「本当の意味での休日」だった。
「……落ち着かんな」
宿屋の一室。アルトリアは、鏡の前で自分の姿を見て唸っていた。
騎士団時代は常に軍服か、王子の好みに合わせた「肩が凝るほど重層的なフリルドレス」の二択だった。しかし今の彼女は、ダンジョン『美神のクローゼット』から贈られた『美神のチームジャージ(ピンク)』に身を包んでいる。
「アル様! 準備はよろしくて!?」
「アル姉様! 本日のプロテイン、ストロベリー・ショコラ味をご用意しましたわ!」
扉を景気よく開けて入ってきたのは、爆裂魔法の天才マリエルと、筋肉信仰の聖女レベッカだ。
マリエルは「アル様とお揃い」という事実だけで幸せそうにピンクのジャージを着こなし、レベッカに至ってはジャージの袖を捲り上げて自慢の二頭筋を強調している。
「ああ、二人とも。……今日は王都の市場へ買い出しに行くんだったな。この格好で街を歩くのは、少し勇気がいるのだが……」
「何を仰いますの! この『機能美』こそが真の美しさですわ!」
「左様ですわ、アル姉様。王子の選んでいたドレスなんて、大胸筋の収縮を妨げるだけの拘束具に過ぎませんでしたもの。さあ、胸を張って街へ繰り出しましょう!」
アルトリアは、熱狂的な二人の部下(?)に押し切られる形で、王都の中心街へと足を踏み出した。
◇
一方、王宮のバルコニーでは、カイル王子が優雅に(と本人は思っている)ハーブティーを啜っていた。
彼の『バカ日記』には、この日の朝の妄想がこう綴られていた。
『○月◇日。
アルトリアを追い出してから数日。彼女は今頃、職も男も失い、場末の酒場でボロ布を纏って泣き暮らしていることだろう。
フッ、あまりに可哀想なので、慈悲深い僕が「僕の靴を磨く仕事」くらいは与えてあげてもいいかもしれない。
一方、僕の愛するマリエルとレベッカは、僕への愛が募りすぎて一時的に姿を隠しているようだ。
きっと、僕を驚かせるためのサプライズ・パーティーの準備でもしているのだろう。罪な男だ、僕は。早く彼女たちのドレス姿を拝みたいものだね』
王子の頭の中では、現実という名の馬車が既に脱輪し、あらぬ方向へ暴走していた。
◇
王都の大通り。
ピンク色のジャージを着た、モデル級の美女三人が歩く姿は、当然ながら道ゆく人々の注目を集めた。
だが、彼女たちの会話は、周囲の期待とは大きくかけ離れていた。
「マリエル、この杖の店はどうだ? 魔法媒体の補充が必要だろう」
「あら、アル様。私はあんな既製品には興味ありませんわ。今の私の杖は、アル様の『覇気』を浴びて魔力伝導率が上がっておりますの。……それより、アル様に相応しい『街着』を探しに行きましょう!」
マリエルが指差したのは、王都でも指折りの高級ブティック『ヴィーナスの溜息』だった。
かつてアルトリアが王子に連れ回され、数時間にわたる苦行(試着)を強いられた場所だ。
「……あそこか。あまり良い思い出がないのだが」
「安心してください、アル姉様! 今日選ぶのは、あのもやし王子の趣味ではなく、我ら『アルトリア親衛隊』が選定する、至高の戦衣ですわ!」
三人が店内に踏み込むと、店員たちは一瞬で察した。「あ、この人たちは、ただのお客じゃない。命懸けでお洒落をしに来た猛者だ」と。
「失礼、店員。この店で一番『腕が回しやすい』服はあるか?」
開口一番、アルトリアが求めたのは機能性だった。
店員が困惑する中、マリエルとレベッカが両脇から口を出す。
「背中の筋肉が浮き出るような、薄手かつ頑丈な生地を要求しますわ! アル様の美しい広背筋を隠すなんて、国家的な損失ですもの!」
「何を言っているの、この火力おバカ! アル姉様の魅力は、その細いウエストと、そこから伸びるしなやかな脚線美よ。ショートパンツ一択に決まっているでしょう!」
「なんですって? 火力のない筋肉シスターが、アル様のコーディネートに口を挟むなんて百年早いですわ! アル様には、魔法の発動を妨げないシルクのブラウスが似合います!」
「魔法なんてアル姉様の拳があれば不要ですわ! 必要なのはプロテインを持ち運ぶための機能的なポケットがついたカーゴパンツです!」
店内で火花を散らす二人。マリエルの周囲には小さな火の粉が舞い、レベッカの背後には後光(威圧感)が差している。
アルトリアは溜息をつき、適当に棚にあった一着のシンプルな黒いシャツと、レザーのパンツを手に取った。
「……これでいい。動きやすそうだし、汚れも目立たん」
試着室から出てきたアルトリアの姿に、店内は一瞬で静まり返った。
ただの黒シャツ。だが、彼女が着ると、その鍛え抜かれた体幹が服を内側から支配し、恐ろしいほどの気品と野性味が同居していた。
「「…………神(尊い)。」」
マリエルとレベッカが、同時に膝をついて祈りを捧げた。
アルトリアは困ったように笑い、「ジゴロ 力」を無自覚に撒き散らしながら、店員の差し出した高級ワイン(サービス品)を一口煽った。
「よし、買い物は終わりだ。次は……腹が減ったな。肉を食いに行こう」
「はい! アル様、最高級の赤身肉をご馳走いたしますわ!」
「いいえ、私がアル姉様に最適な鳥ささみのフルコースをご案内しますわ!」
結局、二人の争いは街一番のステーキハウスまで続いた。
三人がテーブルを囲み、山盛りの肉を頬張っていると、不意に隣の席から不快な声が聞こえてきた。
「おいおい、なんだよ。ジャージ姿の女が三人で肉に食らいつくなんて、品がねえな」
それは、王宮勤務をクビになったばかりの、素行の悪い元門番たちだった。彼らはアルトリアが副団長だった頃、彼女に厳しく指導されたことを逆恨みしていた連中だ。
「おい、その黒髪の女。どっかで見たことあると思ったら、王子に捨てられた『筋肉副団長』じゃねえか。ガハハ! 惨めなもんだな、こんな店で肉を食うのが精一杯か?」
アルトリアは、ステーキを飲み込み、静かにナイフを置いた。
彼女自身は、何を言われても気にならなかった。だが――。
「……マリエル、レベッカ。肉が冷める。座っていろ」
アルトリアが制止するよりも早く、二人の周囲の温度が劇的に変化した。
マリエルの瞳には紅蓮の炎が宿り、レベッカの拳はミシミシと音を立てていた。
「今……なんて言いましたの? この、低火力の粗大ゴミが」
「神が与えし至高の肉体を侮辱するとは……。貴方たちの骨、ここで粉砕して『超回復』の実験台にして差し上げましょうか?」
次の瞬間、ステーキハウスの窓から二人の男が噴水のように外へ飛び出していった。
一人は尻に火がついた状態で、もう一人は全身の関節をあり得ない方向に固められた状態で。
「……ふぅ。お騒がせしましたわ、アル様。お肉、お代わりしましょうか?」
マリエルは何事もなかったかのように微笑み、レベッカは男たちを投げ飛ばした際についた埃をパンパンと払った。
アルトリアは、少しだけ遠い目をして呟いた。
「……お前たち。私は、一応、平和な休日を過ごしたかったのだがな」
「これが私たちの『平和』ですわ!」
「アル姉様の微笑みこそが、世界の平和です!」
三人で笑い合いながら、肉を食らい、ワインを飲む。
そこに王子の入り込む余地など、1ミリも存在しなかった。
夕暮れ時。
三人は、大量の買い出し品(主にプロテインと魔石)を抱えて宿屋への道を歩いていた。
アルトリアは、ふと夜空を見上げた。
「……婚約破棄、か。あいつ(王子)に感謝せねばな。こんなに楽しい休日があるとは、三年前の私には想像もできなかった」
「アル様……。ずっと、お傍にいますわ」
「私もです! アル姉様の筋肉を、誰にも邪魔させません!」
その頃。
カイル王子は、自分の部屋で自慢のバラの花束がなぜか萎れているのを見て、「これは、誰かの嫉妬の魔法だ!」と、再びバカ日記を書き殴っていた。
休日を終えたアルトリアたちの次なる目的は、ダンジョン第四階層の突破。
そこで彼女たちは、運命の四人目――銀髪の野良猫、シェリーの影と遭遇することになるのだが、それはまた別の話である。




