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第3話:【後編】聖女の祈りは、不浄な王子ではなく「鋼の腹筋」に捧げられる

 王宮の小ホールでは、カイル王子主催の「聖女レベッカ様を励ます会(実態は強引なナンパ)」が催されていた。

 カイルは特注の、金糸で刺繍されたやけにヒラヒラした礼装に身を包み、ワイングラスを片手に悦に入っている。


「さあ、レベッカ。そんなに緊張しなくていいんだよ。僕の隣は、世界で最も安全で、最も美しい場所なのだから」


「……はぁ。お気遣い、痛み入りますわ」


 レベッカは死んだ魚のような目で、王子の細い手首を見つめていた。

(……細い。細すぎます。神が与えし橈骨とうこつが、あんな貧弱な肉に包まれているなんて……。ああ、私の癒やしの魔力が、あんな無駄な場所に吸い込まれると思うと、慈愛の心も枯れ果てそうですわ)


 そんな王子の『バカ日記』には、この時の光景が誇らしげに綴られていた。

『○月×日。

 晩餐会は完璧だ。レベッカは僕のあまりの神々しさに、言葉を失っているようだ。

 やはり、僕のような繊細な美を持つ男こそが、聖女には相応しい。

 アルトリアのような粗野な女を捨てて正解だった。

 今頃彼女は、泥にまみれて僕を呪っているだろうが、それもまた敗者の美学だね』


 その時。

 ホールの重厚な扉が、物理的な衝撃――おそらく「蹴り」に近い何かによって、勢いよく開け放たれた。


「失礼する。ギルドへの報告のついでに、預かっていた私物を取りに来たぞ」


 朗々と響く、聞き覚えのある低音。

 そこに立っていたのは、ダンジョン『美神のクローゼット』から贈られた『加圧式バトル・シスター服』に身を包んだアルトリアだった。


 修道服でありながら、そのシルエットは驚くほど攻撃的だ。

 加圧機能によって強調された、無駄のない身体のライン。

 深くスリットの入った裾から覗く、鋼のように引き締まった脚。

 そして何より、戦い抜いてきた者だけが放つ、圧倒的な「覇気」。


「ア、アルトリア!? 貴様、なぜそんな格好で――」


 カイル王子が椅子から転げ落ちそうになりながら叫ぶ。

 だが、アルトリアは王子など一瞥もせず、背後に控えていたマリエルと共に堂々と歩を進めた。


「お、おい! 僕を無視するな! 衛兵! この不審者を――」


「黙りなさい、この軟弱な骨格が」


 遮ったのは、レベッカだった。

 彼女は、今までに見たこともないような熱烈な、いや、獲物を見つけた肉食獣のような眼差しでアルトリアを見つめていた。


「……あ、あ。ああ……! 神よ、感謝いたします。これこそが、私が夢に見た……『動く聖像』!」


 レベッカは王子のテーブルを蹴り飛ばし(本人は裾が引っかかったと言い張った)、アルトリアの足元にスライディング土下座を決めた。


「アル姉様! そのシスター服越しに伝わる、大腿四頭筋の躍動……! そして、その神々しいまでの魔力耐性! 私、レベッカ・グラハム。今日この時をもちまして、この不浄な王子を捨て、貴女の『専属筋肉主治医ヒーラー』になることを誓いますわ!」


「……は?」


 アルトリアが呆然と立ち尽くす中、マリエルが不機嫌そうにレベッカを指差した。


「ちょっと、そこの狂犬シスター。アル様の隣は、私の爆炎で埋まっているんですのよ。回復なんて、私が焼けば敵はいなくなるから必要ありませんわ」


「黙りなさい、火力おバカ。組織が破壊された後の『超回復』こそが、筋肉をさらに高みへ導くのですよ! アル姉様の肉体を永劫に美しく保つのは、私の祈りだけですわ!」


「お、おい、お前たち。落ち着け。……レベッカと言ったか? 君、治癒魔法が使えるのか?」


 アルトリアが少し屈んで、レベッカの顔を覗き込んだ。

 その至近距離での「ジゴロ りょく」に、レベッカの鼻から一筋の鮮血が流れた。


「……っ! はい……! 対象の細胞を活性化させ、一時的に筋力を三倍に、かつ即座に疲労を消し飛ばす『オーバー・ヒール』が使えます! さあ、私を……貴女のパーティに、加えてくださいまし!」


「……よし、採用だ。根性がありそうだし、何よりその『オーバー・ヒール』、私の鍛錬に役立ちそうだな」


「喜んでぇぇぇッ!!」


 レベッカの絶叫がホールに響き渡る。

 カイル王子は、口をパクパクさせながら、自分の婚約者候補が、かつて捨てた女に「奪われていく」光景を、ただ眺めることしかできなかった。


「ま、待て! レベッカ! 僕を癒やすという誓いはどうしたんだ!」


「殿下の細腕を癒やしても、細いままですわ。……おーほっほっほ! さらばです、もやし王子! 私は今日から、プロテインの海へ旅立ちますわ!」


 レベッカは聖印を杖のように振り回し、アルトリアの背後に陣取った。

 アルトリア(重騎士)、マリエル(魔導師)、レベッカ(僧侶)。

 この世で最も濃い、そして最強の女性パーティがここに爆誕したのである。


 ◇


 アルトリアたちが嵐のように去った後の小ホール。

 カイル王子は、床に散らばったバラの花びらを握りしめ、ワナワナと震えていた。


「……なんだ。なんなんだ、あいつは! 僕が狙った女を、ことごとく……! くそっ、アルトリアめ……! 次だ、次こそは、絶対に僕の美しさに平伏す女を見つけてやる!」


 カイルの『バカ日記』には、後にこう綴られることになる。

『○月×日。

 レベッカは、僕への愛が深すぎるあまり、一度自分を鍛え直してくると言って旅に出た。

 ああ、なんと健気なのだろう。僕に相応しい女になろうと必死なのだ。

 フッ、待っているよ、僕の小鳥ちゃん。……さて、次は敏腕スカウトと噂のシェリー嬢を誘うとしよう。彼女なら、僕の心の鍵も簡単に開けてしまうだろうね』


 王子のポジティブさは、もはや一種の呪いの域に達していた。

 一方、ダンジョン『美神のクローゼット』では。


『――判定:パーフェクト・トライアングル! 殴る、焼く、直す! これぞ、これぞ乙女の三位一体トリニティ! さあ、三人にお揃いの『美神のチームジャージ』を差し上げましょう!』


「……また、よく分からんものが増えたな」


 アルトリアは、贈られたピンク色のジャージを眺めながら、深まる仲間のとカオスに、少しだけ遠い目をするのだった。


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