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第3話:【前編】聖女の祈りは、不浄な王子ではなく「鋼の腹筋」に捧げられる

 ナルシスタ王国の王都にある聖ナルシスタ大教会。

 そこには、国中から『慈愛の聖女』と崇められる一人の女性がいた。

 レベッカ・プロテイン――もとい、レベッカ・グラハムである。


 彼女は今、教会の地下深くにある隠しトレーニングルームで、純白の修道服を脱ぎ捨て、薄手の訓練着姿で呻いていた。


「……足りない。これでは、神の御許みもとへ至るための『厚み』が足りませんわ……っ!」


 彼女が持ち上げているのは、特注の巨大な聖印(アイアン製・五十キロ)。

 それを軽々とベンチプレスしながら、彼女の脳裏には、かつて王宮の修練場で見かけた「ある御方」の背中が焼き付いていた。


 史上最年少副団長、アルトリア・ベルンシュタイン。

 彼女が鍛錬の末に手に入れた、あの彫刻のような広背筋。

 大剣を振るうたびに波打つ、鋼のような大腿四頭筋。


「ああ、アル姉様……。貴女こそが、この地上に降臨された唯一の『神体』ですのに……。それを、あのもやし……いえ、カイル王子ときたら……っ!」


 レベッカは憤怒と共に聖印をラックに戻した。

 その怒りの原因は、つい先ほど届いた王子の招待状だ。


 カイル王子の『バカ日記』には、その時の自信満々な心境がこう綴られていた。

『○月×日。

 マリエルが消えた今、僕を癒やせるのは聖女レベッカしかいない。

 彼女は信心深く、僕という王国の光を敬愛している。

 今夜の晩餐会で、彼女に僕の専属ヒーラーになる栄誉を与えてあげよう。

 きっと彼女は、喜びのあまり僕の足元に跪き、感謝の祈りを捧げるに違いない。

 やはり、最後は清楚で大人しい女性に限るね。フッ、僕の審美眼は完璧だ』


 実際には、レベッカはその招待状を握り潰し、プロテインシェイカーの材料(粉末)として磨り潰したい衝動を必死に抑えていたのだが、王子の耳に届くことはなかった。


 ◇


 その頃、ダンジョン『美神のクローゼット』第三階層。

 アルトリアとマリエルの二人パーティは、順調という言葉を通り越して「爆進」していた。


「アル様! 前方から『毒針サソリ』の群れが来ますわ! まとめて灰にして差し上げます!」


「頼む、マリエル。撃ち漏らしは私が叩き切る!」


 マリエルの放つ爆炎が通路を埋め尽くし、生き残ったサソリをアルトリアが大剣の一振りで粉砕する。

 二人の連携は、まるで長年連れ添った夫婦のように噛み合っていた。


「ふぅ……。マリエル、助かった。お前の魔法は、本当に頼りになるな」


 アルトリアが、煤で汚れたマリエルの頬を、例の『美神のスポーツタオル』で優しく拭ってやる。

 その瞬間、マリエルの顔面が別の意味で爆発(赤面)した。


「あ、あ、アル様……! そんな、私のような低火力な女に、ご自身の大事なタオルを……! ああ、幸せすぎて魔力回路がショートしそうですわ!」


「何を言っている。お前は私の大事な相棒だろう?」


 さらりと言ってのけるアルトリア。

 その無自覚な「ジゴロ りょく」は、魔物に対しても効果を発揮し始めていた。

 通りがかりのゴブリンが、アルトリアのあまりの男前さに戦意を喪失し、そっと「特選上質肉」を差し出して逃げていくほどである。


 すると、壁からいつものハープが鳴り響く。


『――判定:神々しき(ゴッド・ライク)慈愛。仲間の頬を拭うその指先、その筋肉の弛緩と緊張のバランス! 貴女、もしや聖職者も兼ねておいでで? さあ、信心深き貴女に相応しい『お召し物』をどうぞ!』


 ガコン、と壁から出てきたのは……。


「……これは、聖職者の法衣か? いや、『美神の加圧式バトル・シスター服』とあるな」


 それは、見た目は可憐なシスター服だが、着ているだけで筋肉に適度な負荷を与え、かつ防御力はミスリル銀に匹敵するという、狂気と実用性が同居した装備だった。


「いいな、これ。動きやすそうだ」


「アル様……! それを着たアル様を拝めるなんて、このダンジョン、実は神殿だったのですか?」


 アルトリアは早速、鎧の下にそのバトル・シスター服を着込んでみた。

 すると、どうしたことか。

 彼女の全身から、凄まじいまでの「聖なる覇気とフェロモン」が溢れ出したのである。


「よし、身体がさらに引き締まった気がする。マリエル、一旦地上に戻って補給をしよう。この服に合う『もっと頑丈な盾役ヒーラー』を探しにいくつもりだ」


「アル様のお望みとあらば、どこへでも! ……あ、でも、あのバカ王子のいる王宮方面には近づきたくないですわね」


「安心しろ。私はもう、あの男の顔すら思い出せん。……名前、なんだっけ? カイル? カエルだったか?」


 アルトリアの記憶から、王子の存在は「プロテインのカス」程度にまで薄まっていた。

 二人は意気揚々と地上へ向かう。

 そこでは、王子による「聖女レベッカ囲い込み晩餐会」が始まろうとしていた。


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