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第6話:【前編】勘違い王子、地獄の業火と筋肉の洗礼を浴びる

 ダンジョン『美神のクローゼット』第五階層。

 ここは「試練の門」と呼ばれ、四つの属性の試練を乗り越えた者だけが先へ進める、中層の難所である。

 だが、今のアルトリア率いる四人パーティにとって、それはもはや「試練」という名のレクリエーションに過ぎなかった。


「シェリー、右の石像の陰に毒矢の罠だ」

「了解、ダンナ! ……はい、解除。ついでにこの矢、毒を抜き取って再利用できるようにしといたよ」

「助かる。マリエル、前方の氷結ゴーレムを」

「任せてくださいまし、アル様! ……焼き尽くせ、紅蓮の咆哮プロミネンス・ハウリング!!」


 轟音と共に氷の巨像が蒸発する。

 その背後から漏れた冷気を、アルトリアは重厚な盾一つで完全に遮断し、仲間たちを守り抜く。


「……ふぅ。よし、一休みしよう。レベッカ、例のブツを頼む」

「承知いたしました、アル姉様! 本日のメインディッシュ、ダンジョン牛のTボーンステーキ、プロテインソース添えでございます!」


 殺伐としたダンジョンの中で、四人は優雅に(?)焚き火を囲んでいた。

 アルトリアは、焼き上がった肉を大剣の先で器用に切り分けると、隣に座るマリエルの口元へ運んだ。


「ほら、マリエル。さっきの魔法、いい火力だったぞ。ご褒美だ」

「あ……あ……アル様……! あ、あーん、ですわ!? ああ、幸せすぎて魔力回路がオーバーヒートしてしまいますわ……っ!」


 マリエルがとろけた顔で肉を咀嚼する横で、レベッカが「卑怯なのです! 次は私の腹筋に肉を置いてください!」と叫び、シェリーが「ダンナ、私にも一口ちょうだいよ」とアルトリアの腕に絡みつく。

 まさに、ここは地獄の底ではなく、アルトリアを王とする「楽園」と化していた。


 ◇


 一方、地上からようやく第一階層を突破したばかりの人物がいた。

 カイル・ド・ラ・バカデミア王子である。


 彼は今日、金に物を言わせた特注の「白い鎧(一度も汚れたことがない)」を身に纏い、十数人の近衛兵を引き連れてダンジョンへ乗り込んでいた。

 彼の『バカ日記』には、この出陣の際の高潔な(と本人は信じている)決意が、地の文でこう晒されていた。


『○月×日。

 いよいよだ。僕は今日、迷える子羊……アルトリアを救いに行く。

 彼女は今頃、自分の無能さを呪い、僕という光がなければ一歩も歩けないことに気づいているはずだ。

 そこへ僕が颯爽と現れ、彼女を抱き寄せ、「もういいんだよ、僕の隣に戻っておいで」と囁く。

 ああ、なんと劇的な再会だろう。彼女は涙ながらに僕の足元に跪き、僕の寛大さに一生を捧げることを誓うに違いない。

 フッ、愛の救世主とは僕のことだね』


 だが、現実は非情だった。

 第一階層のスライム一匹に「僕の美しい鎧が汚れる!」と騒ぎ立て、進軍を遅らせているのは王子本人であった。


「殿下、いい加減にしてください! このペースではアルトリア様に追いつく前に日が暮れます!」

「黙れ! この汚れは僕の尊厳への冒涜だぞ!? ……ええい、仕方ない。秘蔵の魔導具『空間跳躍の栞(一度きりの超高級品)』を使う! 一気に、アルトリアがいるはずの第五階層まで飛ぶぞ!」


 王子は、国家予算の数ヶ月分に相当する使い捨ての超高級魔導具を、迷うことなく起動した。

 目的はただ一つ。「アルトリアの前で格好をつけるため」だけに。


 ◇


 第五階層、休憩地点。

 アルトリアがシェリーに「お前の身のこなしは、やはり素晴らしいな」と頭を撫でていたその時。

 空中に巨大な魔法陣が出現し、そこから金ピカでヒラヒラした集団がドサドサと落ちてきた。


「ゲホッ、ガホッ! ……フッ、待たせたね、アルトリア!」


 煙の中から現れたのは、白い鎧(少し煤けた)を身に纏い、ポーズを決めたカイル王子だった。


「…………誰だ?」


 アルトリアは、ステーキの最後の一切れを口に運ぼうとした手を止め、心底不思議そうな顔で問いかけた。

 その瞳には、かつての婚約者への愛憎どころか、道端に落ちている石ころを見るような無関心さが宿っていた。


「な、なんだとその態度は! 僕だよ、カイルだよ! 君を救いに来た、君の太陽、カイル・ド・ラ・バカデミアだ!」


「カイル……? ああ、あの……婚約破棄をしてくれた親切な人か。……何か用か? 見ての通り、今は食事中なんだ。取り込み中なら後にしてもらえるか?」


「親切な人だと!? それに食事だと!? 見ればマリエルにレベッカ、さらには指名手配中のシェリーまで……! アルトリア、貴様、僕の愛する女性たちに一体どんな卑劣な魔法をかけたんだ!」


 カイル王子は、自分の理想(泣き叫ぶアルトリア)と現実(美女たちに囲まれて肉を食うアルトリア)のギャップに、顔を真っ赤にして叫んだ。


「魔法? そんなものはない。ただの『勧誘スカウト』だ。……マリエル、彼は、知り合いか?」


「ええ、アル様。……昔、私の視界を汚していた『低火力のゴミ』ですわ。あ、ちょうど火力が欲しかったところですの。殿下、そのヒラヒラの鎧、よく燃えそうですわね?」


 マリエルの杖の先が、不気味な赤色に発光し始めた。

 レベッカに至っては、無言で王子の全身の骨格を値踏みし、「……矯正の余地なし、不浄な骨なのです」と吐き捨てた。


「な、な……! マリエル、君まで! 目を覚ますんだ、そんな筋肉だるまに誑かされてはいけない! さあ、僕の手を取りなさい。今なら君たちを、僕の側室として――」


「「死ね(ばいいのです)!!」」


 マリエルの爆炎とレベッカの威圧が、王子の目の前で炸裂した。

 衝撃波で王子の白い鎧がミシミシと悲鳴を上げる。


「ひ、ひぃぃっ!? わ、分かった、力ずくで分からせてやる! 見ろ、僕の特注剣『ナルシスタの光』を! この一撃で、君の洗脳を解いてあげるよ、アルトリア!」


 カイル王子は、一度も実戦で抜いたことのない、宝石だらけの剣を抜いた。

 それは、実用性を完全に無視した、ただの「重い飾り」であった。


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