第6話:【後編】勘違い王子、地獄の業火と筋肉の洗礼を浴びる
「くらえ! 僕の愛の重み、ナルシスタ流華麗剣術――『一輪の薔薇』!!」
カイル王子が、宝石を散りばめた重たい特注剣を振り回し、アルトリアに斬りかかった。
それは剣術と呼ぶにはあまりにも遅く、ただの「派手な踊り」にしか見えない代物だった。
アルトリアは、食べ終わったステーキの骨を皿に置くと、椅子に座ったまま、その剣先をじっと見つめた。
(……遅い。止まって見えるぞ)
かつて副団長だった頃、彼女は王子のこの「踊り」に付き合い、わざと負けてあげるという苦行を強いられていた。
だが、今の彼女にそんな義務はない。
「…………ふん」
アルトリアは、鞘に収まったままの大剣の先を、王子の剣の「柄」の部分に、小指一本分ほどの力でコツンと当てた。
ただ、それだけだ。
パキィィィィィィィィィィン!!
乾いた音が響き渡り、王子の特注剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
宝石が床に飛び散り、王子は自分の手首に残った「柄だけ」を呆然と見つめた。
「……え? あ、あれ? 僕の、一億ナルした聖剣が……?」
「悪い。少し、力が入りすぎたか。……だが、そんな脆い得物でよくダンジョンに入れたな。自殺志願者か?」
アルトリアの言葉は、憐れみすら含まない、純粋な「事実確認」だった。
それが、カイル王子のプライドを粉々に踏み潰した。
「ば、馬鹿な……! 僕の剣が……! おのれ、アルトリア! 卑怯だぞ、何か邪悪な呪いを使ったな! 僕の愛を拒むなんて、君はもう救いようのない悪女だ!」
王子がヒステリックに叫び、地団駄を踏んだその時。
三人の乙女たちの堪忍袋の緒が、同時に、完全に、修復不可能なレベルで千切れた。
「……もう、いいですわ。殿下。貴方のその『低火力な騒音』、私の爆炎で永遠に黙らせて差し上げますわ」
マリエルの杖が、かつてないほどの紅蓮に輝く。
もはや「お嬢様」の仮面は剥がれ落ち、そこにあるのは「災厄」そのものだった。
「神よ、許しを乞う必要はありません。……この『もやし』は、私が直接、地獄のプロテイン槽に叩き込んで、骨の一本一本まで再教育して差し上げるのです!」
レベッカの背後に、巨大な後光(という名の筋肉質なオーラ)が立ち昇る。
シェリーに至っては、いつの間にか王子の背後に回り、その首筋に冷たい短剣を添えていた。
「ねえ、バカ王子。ダンナに無礼を働くなら、その派手な鎧の隙間から、中身を全部引き摺り出しちゃうけど……いいかニャ?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!? ま、待て! 暴力は反対だ! 僕は王子だぞ、不敬だぞ!」
「うるさいのです。アル姉様への侮辱こそが、世界一の不敬なのですわ!」
次の瞬間。
マリエルの『大炎上』が爆発し、レベッカの『物理的な制裁』が炸裂し、シェリーの『罵倒の嵐』が王子の精神を削り取った。
ドォォォォォォォォォン!!
とても王族とは思えない悲鳴を残し、カイル王子は第五階層の壁まで吹き飛ばされた。
ピカピカだった白い鎧は真っ黒に焦げ、特注の王冠はひしゃげ、鼻からは情けないほど鮮血が流れていた。
すると、壁からいつものハープが鳴り響く。
『――判定:アンタッチャブル・クイーン! 不浄な羽虫を寄せ付けぬ、圧倒的な統率力! これぞ、これぞ美の鉄壁ですわッ!!』
壁が開き、中から出てきたのは……。
「……『不浄避けの黄金石』? ……まあ、虫除けくらいにはなるか」
アルトリアが呆れていると、ダンジョンの強制転送機能が発動した。
重傷を負った、あるいは「美しくない」と判定された者を地上へ強制送還するシステムだ。
「ま、待て……! アルトリア……! 僕はまだ、負け……て……」
王子は、泡を吹いて気絶したまま、魔法の光に包まれて消えていった。
彼が狙っていた三人の美女たちが、冷たい目でその消滅を見送っていた。
◇
その数時間後。
王都の王宮の門前には、全身真っ黒に焦げて転がるカイル王子と、気絶した近衛兵たちの姿があった。
後に晒された王子の『バカ日記』には、この時の惨状がこのように記録されていた。
『○月×日。
惜しい。実に惜しかった。
アルトリアは、僕のあまりの強さに恐れをなし、禁断の召喚術で僕を強制的に追い出したのだ。
きっと、僕がそばにいると、自分の醜さが際立ってしまうのが耐えられなかったのだろう。
フッ、嫉妬とは恐ろしいものだね。……だが、僕は諦めない。
次は、王国最強の騎士団を動かして、彼女を力ずくで連れ戻し、僕の愛を刻み込んであげよう』
もはや病院へ行くべきレベルの妄想であった。
一方、ダンジョン第六階層。
アルトリアたちは、さらなる深部を目指して歩みを進めていた。
「アル様、さっきのゴミのせいで、少し空気が淀みましたわ。私が浄化の爆破をしましょうか?」
「いや、いい。……それよりマリエル、あそこに見えるのが第六階層の番人か?」
「あれは……『美神の番犬』ですわね。アル姉様、あの子の毛並みを整えてあげれば、きっと通してくれますわ!」
四人の乙女たちの笑い声が、ダンジョンの闇を明るく照らす。
王子という名の「不浄」を払い、彼女たちの絆はさらに強固なものとなっていた。




