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第7話:【前編】隣国の女傑王女、筋肉の聖域に殴り込みをかける

 ナルシスタ王国の国境付近。そこには、隣国「バルク帝国」が誇る精鋭鉄甲騎兵連隊が、地響きを立てて陣を敷いていた。

 バルク帝国は「力こそ正義」を国是とする軍事大国であり、その先頭に立つのは第一王女、シグルド・バルク・アイアンメイデン。

 身長百八十センチを超え、身の丈ほどもある巨大な戦斧を軽々と操る彼女は、大陸全土にその名を轟かせる女傑である。


「……報告は真か。ナルシスタのあの『もやし王子』が、アル様を追放したというのは」


 シグルドの声は、低く、地を這うような怒りに満ちていた。

 彼女にとってアルトリア・ベルンシュタインは、かつて国境紛争で刃を交え、完膚なきまでに叩きのめされた唯一の「超えるべき壁」であり、同時に「魂の師」とも仰ぐ存在だった。


「はい。アルトリア副団長は婚約破棄を突きつけられ、騎士団も解雇。現在は行方不明とのことです」


「……許さん。あの軟弱な王子め。アル様の広背筋の美しさも、剣筋の鋭さも理解できぬ愚か者が、あの方を辱めたというのか。……全軍、進め! ナルシスタの王都を更地にし、アル様を我が国へお迎えするのだ!」


 一方、この軍勢を「自分への熱烈なアプローチ」だと勘違いしている男がいた。

 ナルシスタ王国のカイル王子である。

 彼の『バカ日記』には、この国家存亡の危機を前にした、あまりにも脳天気な記述が残されていた。


『○月×日。

 困ったものだ。バルク帝国のシグルド王女が、大軍を率いて国境に来ているという。

 理由は明白だ。彼女は以前、僕が送った親愛の書(自撮りの肖像画付き)に、魂を射抜かれてしまったのだろう。

 愛が深すぎるあまり、武力で行使してでも僕を奪おうとする……。

 フッ、愛の重さに耐えきれず、国を挙げて僕を求めてくるとは。罪な男だ、僕は。

 よし、僕が直接出向いて、彼女の熱すぎる情熱を優しく冷ましてあげよう』


 カイル王子は、自分の肖像画がシグルドによって「薪の着火剤」にされていた事実を知る由もなかった。


 ◇


 その頃、ダンジョン『美神のクローゼット』第六階層。

 アルトリアたちは、第六階層の番犬『ケルベロス・ビューティー』を完全に手懐けていた。


「よしよし、いい子だ。右の首、毛並みが少し荒れているぞ。レベッカ、例の『美神のトリートメント』を」


「承知いたしましたわ、アル姉様! この不浄な三つ首犬も、アル姉様の指先にかかれば子犬同然なのです!」


 レベッカが聖水混じりのトリートメントを塗り込み、マリエルが微弱な温熱魔法で乾かす。

 シェリーは巨大な肉球をぷにぷにと押しながら、アルトリアの横顔を眺めていた。


「……ねえ、ダンナ。さっきから王宮の伝令鳥が、必死に外で鳴いてるけど……いいの?」


「……ああ、さっきから聞こえてはいる。だが、今はこいつのブラッシングが先だ。……おい、そんなに鳴くな。今行く」


 アルトリアがようやく伝令の筒を受け取ると、中には王子の殴り書きがあった。

『アルトリアへ。バルク帝国の王女が僕を奪いに来た。君の不手際(僕への未練がましい態度)が彼女を嫉妬させたに違いない。責任を取って、国境まで来い。僕を傷つけないよう彼女を説得しろ。これは王命だ』


「…………」


 アルトリアは無言で、その手紙をケルベロスの真ん中の首に差し出した。

 ケルベロスは「ペッ」とそれを吐き出し、足元の毒沼へ沈めて消した。


「……マリエル、レベッカ、シェリー。すまんが、一旦外へ出るぞ。旧友が暴れているらしい」


「旧友、ですの? アル様に馴れ馴れしい女なら、私がこの場で灰に……」


「マリエル、落ち着け。シグルドだ。バルク帝国の王女。あいつ、私がいないとすぐに加減を忘れて暴れるからな」


 アルトリアはそう言うと、大剣を背負い直し、重厚な足音を響かせてダンジョンの出口へと向かった。

 その背中は、どんな王族よりも威厳に満ちていた。


 ◇


 国境の会談場。

 カイル王子は、特注の白いマントをなびかせ、シグルド王女の前に立った。

 シグルドは巨大な戦斧を地面に突き立て、殺気まみれの瞳で王子を睨みつけている。


「シグルド王女。君の気持ちはよく分かっているよ。だが、あまりに強引な求愛は、淑女として感心しないな」


「……は? 貴様、今なんと言った」


「照れなくていい。僕を奪いたいのだろう? アルトリアを追い出したことで、君にチャンスが巡ってきたと勘違いしたんだね。だが、僕は――」


 シグルドの堪忍袋の緒が、音を立てて弾け飛んだ。

 彼女が戦斧を振り上げ、カイル王子の首を一気に刈り取ろうとしたその瞬間。


「そこまでだ、シグルド!」


 会談場の天窓を突き破り、漆黒の影が舞い降りた。

 凄まじい着地衝撃と共に、土煙が舞う。


 土煙の中から現れたのは、磨き抜かれた漆黒の鎧。

 そして、冷徹ながらも慈愛を湛えた瞳を持つ、アルトリア・ベルンシュタインその人であった。


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