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第7話:【後編】隣国の女傑王女、筋肉の聖域に殴り込みをかける

 もうもうと立ち込める土煙の中から、カツン、カツンと金属音が響く。

 現れたのは、漆黒のフルプレートアーマーを纏ったアルトリアだ。

 その背後には、マリエル、レベッカ、シェリーの三人が「これ以上ないほど不機嫌な顔」で控えている。


「……アル、様……?」


 先ほどまで鬼のような形相で戦斧を振り上げていたシグルド王女が、子供のように目を丸くした。

 カイル王子は、自分の前にアルトリアが降り立ったのを見て、これまた都合よく解釈する。


「フッ、やはり来たかアルトリア。僕のピンチに駆けつけるとは、やはり君も僕を愛しているのだね。さあ、シグルド王女に言ってあげなさい。僕の隣はもう埋まっていると――」


「黙れ、もやし」


 アルトリアは王子を一瞥もせず、真っ直ぐにシグルドへと歩み寄った。

 そして、振り上げられたままの巨大な戦斧の刃を、素手の指先でスッと押し下げた。


「シグルド。久しぶりだな。……また少し、広背筋のキレが甘くなったんじゃないか? そんなことでは、私の大剣は受け止められんぞ」


「…………っ!」


 シグルドの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。

 怒りではない。それは、憧れの君に声をかけられた乙女の、純粋な「羞恥と歓喜」だった。


「アル様……! ああ、アル様! 生きて……いえ、以前よりもさらに……その、お美しく、強くなって……!」


 ガシャンッ! と、バルク帝国の誇る最強の戦斧が地面に投げ捨てられた。

 シグルドは膝から崩れ落ち、アルトリアの腰にしがみついた。


「申し訳ありません! 貴女が不当な扱いを受けたと聞き、私は……私は……! あんなもやし王子、今すぐ私がこの斧でまきにして、アル様を我が国へお連れしようと……!」


「気持ちは嬉しいが、シグルド。私の筋肉は、誰かに飼われるためにあるのではない。私は今、自由を謳歌しているんだ。……仲間に会うか?」


 アルトリアが背後の三人を紹介する。

 マリエルが「アル様の背中に触れていいのは、私だけですわ」と火花を散らし、レベッカが「王女様といえど、筋肉のバランスが悪いのです。再教育リハビリが必要ですね」と毒を吐く。


「な、なんだ……この異様な熱量は……!? アル様、貴女はこんなにも多くの女性を……!」


勧誘スカウトだ。……それよりシグルド。軍を引きろ。お前がここで暴れれば、私の『自由』が外交問題という名の事務作業で埋め尽くされてしまう」


 アルトリアが、シグルドの頬を例の『美神のスポーツタオル』で優しく拭った。

 その瞬間、バルク帝国の精鋭五千人が見た。

 大陸最強の女傑と謳われたシグルド王女が、借りてきた猫のように「はふぅ……」と熱い吐息を漏らす姿を。


「……わかりました。アル様がそう仰るなら、私は……私は、どこまでも従います……!」


 ◇


 一方、完全に蚊帳の外に置かれたカイル王子の『バカ日記』には、この衝撃の結末がこう綴られていた。

『○月×日。

 驚いた。シグルド王女は、僕に会えた衝撃で、腰が抜けて戦えなくなったようだ。

 アルトリアが仲裁に入ったのは、僕をシグルドの愛の猛攻から守りたかったからに違いない。

 やはり、僕の魅力は国境さえも変えてしまう。

 アルトリアは僕に感謝すべきだ。僕がいたからこそ、彼女はバルク帝国とのパイプを築けたのだからね。フッ、僕の功績は計り知れないな』


 日記を書き終えた王子が顔を上げると、そこには自分の近衛兵たちが「もう付いていけない」という絶望的な目で自分を見ていることに、彼はまだ気づいていなかった。


 ◇


 国境の会談場跡。

 シグルド王女は、撤退の条件として「アルトリアとの個人的な訓練時間の確保」を強引に約束させ、意気揚々と軍を引き上げた。


「……ふぅ。これで一安心だな」


「アル様、あのような野蛮な女にまで優しくする必要はありませんわ! 私の火力が、いつかあの女の筋肉を焼き尽くしてしまいますわ!」


「アル姉様! あの方、広背筋だけでなく脊柱起立筋も鍛えるべきなのです! 私が今すぐプロテインの刑に……!」


「まーまー、ダンナ。これでお宝探しに専念できるでしょ?」


 アルトリアは仲間たちの騒がしい声を背に、再びダンジョンへと視線を向けた。

 彼女の「ジゴロ りょく」は、もはや一国の王女さえも手懐けるレベルに達していた。


 だが、事態はこれで終わらない。

 バルク帝国のシグルド王女が「アル様に恋をした(武人的に)」という噂は、周辺諸国の女王や女傑たちの間を、凄まじい速さで駆け抜けていった。


「アルトリア・ベルンシュタイン……。あの最強の女騎士が、自由になっただと……?」



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