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第19話:美神のクローゼット最深部、真実の鏡が映す「無垢なる力」

第19話:美神のクローゼット最深部、真実の鏡が映す「無垢なる力」


 鉄血の女王エリザベートを「筋肉の正論」で叩き伏せ、王都に束の間の安寧が訪れたのも束の間。

 アルトリア・ベルンシュタイン率いる最強の乙女たちは、再び『美神のクローゼット』の最深部へと足を踏み入れていた。

 そこは第13層。これまでの絢爛豪華な装飾や、騒がしい魔物たちの宴が嘘のように消え失せ、ただ一面の「白」と、無限に続く「合わせ鏡」に囲まれた、静寂の極致であった。


「……落ち着かんな。これまでの階層のような、お節介なハープの音もしない」


 アルトリアは、銀色の『美神の白銀鎧』のガントレットを握り締め、一歩ずつ慎重に進む。

 背後では、マリエルが杖を構え、レベッカが聖印を握りしめ、シェリーが影に潜み、シグルドが戦斧をいつでも振り抜けるよう構えていた。彼女たちの瞳には、これまでの試練を乗り越えてきた「真の戦士」としての覚悟が宿っている。


 不意に、フロア全体が眩い光に包まれた。

 それは物理的な光ではなく、直接精神を揺さぶるような、神聖にして残酷な波動。


『――最終判定:汝の美は、誰がために。その筋肉は、何を壊し、何を救うのか』


 鏡の中から、何かが這い出してきた。

 それは、漆黒のドレスに身を包み、カイル王子の前で怯えるように俯いていた「かつてのアルトリア」の幻影だった。

 さらに、マリエルの前には「破壊の衝動に呑まれ、故郷を焼き尽くす自分」が。レベッカの前には「筋肉を崇めるあまり、慈愛を忘れた冷酷なシスター」が。それぞれが、自分の内なる「弱さ」や「傲慢」を突きつける実体となって襲いかかる。


「……あ。……アル様。……私は、あんな風に……人を……」


 マリエルが、鏡の中の自分を見て杖を震わせる。

 だが、アルトリアは一歩も引かなかった。彼女は迷いなく、大剣を鞘のまま「かつての自分」の頭上へと振り下ろした。


 ガシャァァァァァァァァァァァン!!


 幻影が、ガラスの破片のように砕け散る。


「……惑わされるな、お前たち! 過去の自分も、犯した過ちも、すべては今の自分を作り上げるための『負荷(重り)』に過ぎん! それを担ぎ上げ、さらに高みへと踏み出すのが、我らの流儀だろうがッ!!」


 アルトリアの咆哮が、精神の檻を粉砕した。

「……そうですわ。……過去の私など、今のアル様の隣にいる私に比べれば、低火力なゴミ以下ですわ!」

「左様ななのですわ、アル姉様! 迷いは筋肉のキレを鈍らせる不純物! 今こそ、全細胞を挙げて、この偽りの自分を筋肉痛(浄化)にして差し上げるのですわ!!」


 乙女たちが覚醒した。

 幻影を次々と物理的に粉砕し、一行はついに、フロア中央にそびえ立つ黄金の祭壇へと到達した。


 ◇


 祭壇の上には、一体の美しい女性像が鎮座していた。

 それは、このダンジョンの意志そのもの――『美神』の化身。

 彼女は、銀色の瞳を細め、アルトリアを見据えて慈愛に満ちた声を響かせた。


『……見事です、アルトリア・ベルンシュタイン。貴女は、私が用意したすべての試練を、その「無垢なる力」でねじ伏せてきました。……貴女の美しさは、もはや一国の摂政に留まる器ではありません』


 美神が手を差し伸べると、アルトリアの頭上に、虹色に輝く「真なる王冠」が出現した。


『……さあ、私の力を受け継ぎなさい。この王冠を戴けば、貴女はこの大陸のすべてを、その指先一つで支配する「真の女王」となれるでしょう。……不条理な婚約破棄も、愚かな争いも、貴女の「絶対的なちから」ですべてを正すことができるのです』


 マリエルたちが、そのあまりの神々しさに息を呑む。

 世界の支配。

 それは、虐げられてきた者にとって、この上ない甘美な誘惑。

 だが、アルトリアは鼻で笑った。

 彼女は、銀色のガントレットを外すと、その素手で、神の王冠を無造作に掴み取った。


「……支配、だと? ……女王、だと? ……笑わせるな」


 パキィィィィィィィィィィン!!


 アルトリアの掌の中で、虹色の王冠が粉々に砕け散った。


「……何……!? ……神の権威を、拒絶するというのですか!?」


「当たり前だ。……私は、誰かを支配するために筋肉を鍛えたのではない。……私は、明日もこの仲間たちと美味い肉を食い、自由に剣を振り、気に入らない不浄をぶん殴るために、この肉体を磨き上げたのだ。……お前の用意したその『椅子』など、私のベンチプレスの台にもならん!」


 アルトリアの一言が、ダンジョンのことわりを根底から覆した。

 彼女が求めているのは、世界の頂点ではない。

 自分の人生を、自分の筋肉で切り拓く「自由」そのもの。


「……美神よ。お前が私に『美』を説くのは勝手だが、私の美意識を勝手に決めるな。……私の美しさは、この大剣を振るう瞬間に、そしてこの仲間たちが笑う瞬間にのみ宿る。……支配なんていう退屈な仕事、他の誰かにでもやらせておけ」


 アルトリアの「ジゴロ りょく」が、ついに神という概念さえも蹂躙した。

 美神は、呆然とした後、くすりと小さく笑い声を漏らした。


『……ハハハ……。……面白い。……本当に、面白い方ですね。……権力さえも「重りの無駄」と切り捨てる、その傲慢なまでの無欲。……それこそが、私が最後に求めていた、真の「自立した美」なのかもしれません』


 美神の化身が、静かに光となって霧散していく。

 同時に、最深部の空間が崩れ始め、代わりにアルトリアの手にしていた「折れかけた大剣」が、眩い光に包まれた。


『――最終判定:真実の英雄。……力に溺れず、己を貫くその魂に、私の最後の「お宝」を授けましょう。……もう、私のクローゼットは不要ですね。……貴女自身が、世界で最も輝く「宝」なのだから』


 光が収まった時、アルトリアの手にあったのは、以前よりも数倍の重量と鋭さを増した、透明な水晶の刃を持つ大剣――**『美神の真実(アビス・真)』**であった。

 それは、使用者の「覇気」に反応して威力を増し、不浄なものを一振りで浄化する、世界で唯一の「真理の剣」。


「……いいバランスだ。……しっくりくるぞ」


 アルトリアが剣を一閃させると、崩壊しつつあったダンジョンの空間に「光の出口」が切り拓かれた。


「……行くぞ、お前たち! ここはもう終わりだ! ……地上へ戻り、私たちの『新しい日常』を、この筋肉で守り抜くぞ!」


「「「「はいっ!! アル様!!(ダンナ!!)」」」」


 乙女たちが、アルトリアの背中を追って光の中へ飛び込む。

 ダンジョン『美神のクローゼット』は、その役割を終え、静かに歴史の表舞台から姿を消した。


 ◇


 王都ナルシスタの広場。

 突然、空に巨大な「美の女神」の幻影が現れ、そして優しくアルトリアたちの帰還を祝うように微笑んで消えた。

 民たちは、その神聖な光景に跪き、涙を流して「アルトリア摂政」への忠誠を新たにした。


 だが、当の本人は。


「……ふぅ。……ようやく戻ったか。……さて、ハンス。祝杯の前に、一つだけ言わせてくれ」


 出迎えた騎士団長ハンスに対し、アルトリアは銀色の剣を掲げて笑った。


「……今すぐ、王都で一番いい赤身肉を三千キロ分用意しろ。……それと、最高級のプロテインだ。……私の筋肉が、今、猛烈に栄養を求めているんだ!!」


「「「「おおおおおっ!!!」」」」


 ハンスたちの咆哮が、夕焼けの空に響き渡る。

 アルトリアの「ジゴロ りょく」は、ついに神すらも認めさせ、彼女の物語はいよいよ「中目標」の完結――世界最強女子パーティによる、真の凱旋へと向かっていく。


 一方。

 国外追放されたカイル王子の『バカ日記(の灰)』は、今や北の果ての凍土で、雪に埋もれて凍りついていた。

 かつて「自分の左腕」と結婚しようとした男の影は、もはやこの世界のどこにも、その痕跡を残してはいなかった。


 アルトリア・ベルンシュタイン。

 彼女の筋肉の輝きが、明日もこの世界を、少しだけ美しく、そして騒がしく変えていく。


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