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第20話:全大陸・美の女神降臨! 筋肉は国境を越えて

 ナルシスタ王国の歴史が塗り替えられた、あの日。

 空には虹色の雲が立ち込め、ダンジョン『美神のクローゼット』の消滅と共に解き放たれた神聖な魔力が、王都全体を淡い銀色の光で包み込んでいた。

 王都の正門から王宮へと続くメインストリート。そこには、建国以来最大、いや大陸史上空前絶後の「熱狂」が渦巻いていた。


「……ハンス。この人だかりは何だ。……敵襲か?」


 白馬(その正体は、アルトリアに懐きすぎて小型化した第11層の『獄炎竜』である)に跨るアルトリア・ベルンシュタインは、困惑したように眉を寄せた。

 彼女は今、ダンジョン最深部で手に入れた最高級の『美神の摂政礼装』を身に纏っている。

 銀糸で筋肉のラインを強調するように刺繍されたその服は、動くたびに虹色の光を放ち、アルトリアの持つ凛とした美しさを「神域」へと引き上げていた。


「敵襲なわけがないでしょう、アルトリア様! これは貴女を称える、民たちの歓喜の叫びですよ!」


 隣を歩く近衛騎士団長ハンスは、感極まって鼻をすすりながら答えた。

 沿道を埋め尽くす数十万の民たちは、銀色の英雄が現れた瞬間、地鳴りのような歓声を上げた。

「アルトリア摂政万歳!!」

「筋肉の女神様だ!!」

「俺たちも鍛えれば、あんなに格好よくなれるのか!?」


 かつてカイル王子が「醜い」「野暮ったい」と切り捨て、重税で苦しめていた民たち。

 彼らの瞳には今、絶望ではなく、自分たちの手で運命を切り拓く「強さ」への憧憬が燃えていた。

 アルトリアの「ジゴロ りょく」は、もはや特定の個人に留まらず、一国の民草すべてを「恋」という名の希望で塗り替えてしまったのである。


 アルトリアの背後には、彼女の誇る「最強の乙女たち」が、これまた目も眩むような正装で続いていた。


「見てくださいまし、アル様! 民たちが私の爆炎を『聖なる灯火』として拝んでおりますわ! ああ、アル様の隣を歩けるこの瞬間、私の火力は今、宇宙を焼き尽くせるほどに高まっておりますわ!」


 マリエルが杖を掲げ、空に美しい火の粉を散らす。

 その隣では、レベッカが聖印を高く掲げ、沿道の病弱な子供たちに「超回復」の光を振りまいていた。


「不純! この熱気、あまりにも純粋で不純なのですわ! アル姉様の覇気が、民たちの毛細血管まで活性化させている……。これぞ真の『国家規模のビルドアップ』なのですわ!!」


「ひゃはは、ダンナ。……王宮の金庫を空にする必要もなかったね。……ほら、あそこの貴族たち、自分たちの宝石をアンタの足元に投げ捨てて、『弟子にしてください』って泣いてるよ?」


 シェリーの指摘通り、アルトリアが通る道には、金銀財宝ではなく「武への誓い」として捨てられた虚飾の品々が積み上がっていく。

 さらには、隣国バルク帝国のシグルド王女が、五千の鉄甲騎兵を「パレードの警備(自称:アル様の露払い)」として勝手に参列させ、地響きのような雄叫びを上げていた。


「バルクの民よ、見よ! あれこそが我が魂の師、アルトリア様だ!! 全軍、アル様に敬礼ッ!!」


 国境を越え、種族を越え、筋肉という名の共通言語で結ばれた異様なほどに熱いパレード。

 その終着点、王宮のバルコニーにアルトリアが立った。


 ◇


 バルコニーから見下ろす王都の光景は、圧巻だった。

 ナルシス三世国王が、震える手でアルトリアの肩に手を置いた。


「……アルトリアよ。……見てみよ。……この国に、これほどまでの笑顔が溢れたことがあっただろうか。……貴公こそが、真の王だ」


「……陛下。私は、王になるつもりはありません」


 アルトリアは、静かに、しかし王都の隅々まで届くような透き通った声で宣言した。

 彼女は、腰に佩いた『美神の真実(アビス・真)』を、天に向かって真っ直ぐに突き上げた。


「――ナルシスタの民よ! そして、この地を訪れたすべての人々よ! 私が守るのは、王宮の玉座でも、歴史ある血統でもない!」


 一瞬の静寂。

 アルトリアの銀色の瞳が、夕焼けに照らされて神々しく輝く。


「私が守るのは、お前たちの『自由』だ! ……己の弱さに甘んじず、今日より明日、少しでも高く、少しでも強くあろうとするその『意志』だ! ……筋肉は裏切らん! 努力は嘘をつかん! 私について来い! お前たち一人ひとりが、自分自身の人生という名のダンジョンを、その拳で切り拓くのだ!!」


 あまりにも脳筋。あまりにも豪快。

 だが、その言葉には、どんな高名な学者の説法よりも重い「真実」が宿っていた。

 民たちは涙を流し、拳を突き上げ、地鳴りのような叫びで応えた。


「「「「アルトリア摂政! 万歳!! 筋肉、万歳!!!」」」」


 この日、ナルシスタ王国は「筋肉と自由の聖域」として、世界最強の国家へと生まれ変わった。

 鉄血の女王エリザベートさえも、密かに民衆の中に混じり、割れた眼鏡の奥でアルトリアの姿を焼き付け、「……計算、不可能です。……愛、ですね」と小さく呟いたという。


 ◇


 その夜。狂乱の宴が続く王都の片隅。

 城門の近くの泥濘ぬかるみに、一人の男が這いつくばっていた。

 ボロボロの布を纏い、異臭を放つその男――国外追放されたカイル・ド・ラ・バカデミアであった。


 彼は追放された先で、自分の「左腕への愛」が解けた瞬間の絶望に耐えられず、すべてを失い、物乞いとしてこの都に辿り着いたのだ。


「……あ、あ。……アル、トリア……。……僕だ。……カイルだ。……迎えに来てくれたのか……?」


 カイルは、遠くバルコニーで輝くアルトリアを見上げ、震える手を伸ばした。

 だが、彼の視界に映ったのは、自分の想像を遥かに絶する「光」であった。


 アルトリアの隣で、マリエルが幸せそうにワインを注ぎ、レベッカがその背中を愛おしそうに拭い、シェリーが肩に顎を乗せて笑い、シグルドが「今夜は寝かせませんぞ!」とアルトリアを担ぎ上げようとしている。


 そこには、自分のような「不浄」が入り込む余地など、一ミリも存在しなかった。

 アルトリアは、彼の方など一瞥もせず、ただ隣の仲間たちと「明日は第何層まで行くか」を、心底楽しそうに話し合っている。


「……が、は……っ。……あ……あぁぁぁ……っ!」


 カイル王子は、あまりの「格の違い」に、心臓を直接握りつぶされたような絶望を覚えた。

 自分が「醜い」と捨てた女が、今や世界の中心で、神さえも傅かせる女王となっている。

 その事実は、どんな拷問よりも深く、重く、彼を絶望の淵へと叩き落とした。


 彼は、誰に気づかれることもなく、自分のバカ日記の最後の一片が風に舞うのを見送りながら、暗い路地裏へと消えていった。

 彼が再び表舞台に現れることは、二度となかった。


 ◇


 深夜。宴を抜け出した五人の乙女たちが、王宮の裏門に集まっていた。

 彼女たちは全員、正装を脱ぎ捨て、お揃いの『美神のパーティウェア(金刺繍ジャージ)』に着替えている。


「……さて。お前たち。……宴もいいが、そろそろ体が鈍ってきたな」


 アルトリアが大剣を背負い、不敵に笑う。


「アル様、当然ですわ! 私の火力は、既に次のターゲットを求めておりますわ!」

「アル姉様! 夜中のスクワットこそが、真の美を作るのですわ!」

「ひゃはは! 世界の果てまで、お宝を盗りに行こうよ、ダンナ!」

「アル様! 私の筋肉、今夜も貴女に捧げさせていただきますぞ!!」


 賑やかな仲間たちの声。

 アルトリアは、月明かりに照らされた己の拳を見つめ、静かに、しかし力強く踏み出した。


「行くぞ。……私たちの、新しい冒険の始まりだ」


 銀色の流星が、再び夜の地平線を駆け抜ける。

 追放された女騎士と、彼女に魂を盗まれた乙女たちの伝説。

 その第一章は、ここに、これ以上ないほど輝かしい幕引きを迎えた。


 だが、彼女たちの筋肉の輝きが消えることはない。

 明日も、その次も。

 アルトリア・ベルンシュタインの進撃は、この世界のあらゆる「不浄」を粉砕し、真実の美を刻み続けていく。

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