第18話:鉄血女王の冷徹なる計算と、それを砕く銀色の覇道
王都ナルシスタの正門前は、今や巨大な「鉄の墓場」と化していた。
銀色の流星となって降臨したアルトリア・ベルンシュタインの足元には、先ほどまでハンスたちを追い詰めていた自動人形『アイアン・レギオン』の残骸が、歪んだ歯車を虚しく散らして転がっている。
「……何者ですか、貴女は。……私の計算機(脳内)が、貴女の存在を『測定不能なノイズ』と判定し続けています」
数万の軍勢の中央、巨大な多脚魔導機台に鎮座する鉄血の女王エリザベートが、冷徹な声を響かせた。
彼女の瞳は、感情の揺らぎを一切見せない灰色の水晶のようであり、その手元にある魔導端末には、彼女の『冷徹なる計算ログ(鉄血日記)』が、地の文でこう刻まれていた。
『――事象記録:ターゲット、アルトリア。
推定筋力、測定上限を突破。魔力反応、筋肉の振動により相殺。
生存確率:0.001%。……非論理的です。
この個体は、国家運営における「美」や「情熱」といった不純物の集大成。
速やかに排除し、この大陸に効率的な静寂をもたらすべきである』
「……ノイズか。面白いことを言うな、女王様」
アルトリアは、銀色の『美神の白銀鎧』を軋ませ、一歩、また一歩と、鉄の軍勢に向かって歩み出した。
彼女の背後では、マリエルが杖に紅蓮の劫火を纏わせ、レベッカが聖印を握りしめて「不浄なネジを粉砕するのですわ!」と息巻いている。シェリーは既に影へと溶け込み、シグルドは巨大な戦斧を旋回させて、飛来する鉄の矢をすべて叩き落としていた。
「エリザベートと言ったか。……お前の軍勢には、熱がない。……戦いとは、生きる喜びを爆発させる神聖な演武だ。……ただ効率的に壊すだけの機械に、この国の門を潜らせるわけにはいかん」
「……熱? ……無駄なエネルギーの消費です。……アイアン・レギオン、殲滅を開始せよ。……陣形、パターン・ゼータ。……一秒間に百回の打撃で、その筋肉を細胞レベルで分解しなさい」
女王の命令と共に、数千体の自動人形が一斉に跳躍した。
それらは感情を持たず、死を恐れず、ただ最短距離でアルトリアの急所を狙う「効率の刃」となって降り注ぐ。
だが。
「――おどきなさい、このポンコツ人形ども! アル様の美しき道を塞ぐのは、不敬! 万死! 最大火力の燃料がお似合いですわ!!」
マリエルの叫びと共に、王都の空が真っ赤に染まった。
彼女が放ったのは、ダンジョン第10層でアルトリアに「あー」をされて覚醒した新技『極彩色の終焉』。
それはただの爆炎ではない。熱を一点に凝縮し、鉄の融点を一瞬で超えさせる、超精密な破壊の光。
突撃してきた人形たちが、空中でドロドロの鉄塊へと変わり、雨のように降り注ぐ。
「……計算外です。……魔法の出力が、理論値を三倍上回っています」
「驚くのは早いのですわ、鉄の女! 私のバフを受けたアル姉様の筋肉は、もはや神の摂理さえもねじ曲げるのです! 聖なる重圧、くらえなのですわ!!」
レベッカが放った『オーバー・ヒール』の光が、アルトリアの全身を包む。
膨れ上がる覇気。
アルトリアがただ一歩、地面を踏みしめただけで、正門前の石畳が津波のように逆立ち、迫り来る重装甲ゴーレム兵を物理的に粉砕した。
「……何……!? ……ただの踏み込みで、装甲厚二十インチを貫通したというのですか!?」
「ひゃはは! 計算ばっかりしてると、目の前の『現実』が見えなくなるよ、女王様!」
影から現れたシェリーの短剣が、エリザベートの魔導機台の脚部を、精密に切り裂いた。
さらに、シグルドの戦斧が空を舞う。
「バルクの誇りに賭けて! アル様の道を、私が切り拓く!!」
一振りで、鉄の人形百体がゴミ山へと変わる。
鉄血の女王エリザベートは、初めて椅子から立ち上がった。
彼女の冷徹な顔に、わずかな「焦り」という名のバグが生じ始めていた。
「……やむを得ません。……私自らが、この『不合理』を修正します」
女王が叫ぶと、背後の巨大な運搬車から、漆黒の巨大魔導アーマー『アイアン・エンプレス』が出現した。
エリザベートはそのコックピットに飛び乗り、高出力の魔導レーザーをアルトリアに向けた。
「……アルトリア。貴女は、この大陸の進化を妨げる『美しき毒』です。……感情や筋肉などという不確定要素で、国を導けると思わないことね。……消えなさい、最大出力――殲滅の光!!」
直撃すれば、城壁すら蒸発させる極大の熱線。
王都の民たちが悲鳴を上げる。
だが、アルトリアは、その銀色の輝きを増した大剣を、鞘に納めたまま正眼に構えた。
「……効率を求めるなら、お前のその『鉄の箱』こそが無駄だ。……真の強さは、内に宿る。……見せてやろう、私がこの指先一本で、どれほどの『効率』を生み出せるかを」
アルトリアが、大剣の鞘の先で、迫り来る魔導レーザーを「突いた」。
パキィィィィィィィィィィン!!
あり得ない光景だった。
空間を焼き尽くすはずの光の柱が、アルトリアの指先一つから伝わる「筋肉の共鳴」によって、真っ二つに割れ、背後の鉄の軍勢へと反射されたのである。
「……リフレクト!? ……生身の人間が、魔導出力を反転させるなど……っ!」
「――次だ。エリザベート」
アルトリアの姿が消えた。
次の瞬間、彼女は魔導アーマーの目前にいた。
銀色のガントレットを外した、生身の右拳。
それが、重厚な魔導装甲を、吸い込まれるように「撫でた」。
「……ジゴロ・インパクト(物理)」
ドゴォォォォォォォォォォォン!!
轟音。
だが、それは外側に向けたものではなく、内側へと響く「破壊の鐘」の音だった。
エリザベートの魔導アーマーは、爆発すら許されず、内部の精密機械だけがアルトリアの「波動」によって粉砕され、そのまま静かに膝をついた。
装甲が剥がれ落ち、エリザベートが泥の上に転がり出る。
彼女のトレードマークであった冷徹な眼鏡が割れ、その瞳には、初めて「恐怖」という非効率な感情が溢れていた。
「……あ……あり……得ない。……私の論理が……すべて、壊されて……」
「……お前の論理には、自分自身への愛が足りない。……鉄を愛するように、人を愛してみろ。……さもなくば、お前の国も、いずれ錆びついて朽ち果てるだろう」
アルトリアは、倒れ伏す女王に手を差し出すこともしなかった。
彼女はただ、王都を守り抜いた銀色の背中を、女王に見せつけるようにして立ち去った。
「……帰れ、鉄の女。……この国の美しさを、二度と汚すな」
エリザベートは、震える手で地面を掴み、アルトリアの背中を仰ぎ見た。
彼女の計算機は、今、一つの結論を弾き出していた。
『――解析完了:アルトリア。
……彼女は、世界そのものの「バグ」ではない。
……彼女こそが、この腐り果てた大陸を再起動させる、唯一の正解である』
鉄血の女王は、自尊心を粉々にされながらも、どこか晴れやかな顔で撤退の合図を送った。
それは、ナルシスタ王国が「筋肉と美」によって、世界最強の国家として認められた瞬間であった。
◇
王都に、勝利の凱歌が響き渡る。
ハンスたち騎士団は号泣し、民たちは「アルトリア摂政万歳!」と声を枯らした。
マリエル、レベッカ、シェリー、シグルド。
四人の乙女たちは、ボロボロになりながらも誇らしげなアルトリアを囲み、これまでのどんな戦いよりも熱い抱擁を交わした。
「アル様……! 最高に、最高に熱かったですわぁぁ!!」
「……ああ。……だが、これで終わりではないぞ。……ダンジョンの最深部。……そこにこそ、真の『決着』が待っている」
アルトリアの瞳は、既に空の彼方、ダンジョンの深淵へと向けられていた。




