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第17話:美神の鏡の間と、鉄血女王の冷徹なる進軍

 ダンジョン『美神のクローゼット』第12層――通称『美神の鏡のミラールーム』。

 そこは、どこまでも続く水晶の回廊であり、壁一面に埋め込まれた巨大な鏡たちが、侵入者の「魂が真に望む姿」を容赦なく映し出す、精神の試練場であった。


「……ふむ。自分の姿ばかりで、足元がおぼつかんな」


 アルトリア・ベルンシュタインは、銀色の『美神の白銀鎧』を軋ませ、警戒を崩さずに進む。

 だが、彼女の背後に続く乙女たちの様子は、明らかに常軌を逸していた。


「あ、あ、アル様……! 見てくださいまし! 鏡の中の私が……アル様と同じベッドで、朝食のプロテインを『あーん』されていますわ! ああ、これが私の真の願い……! 火力なんて二の次ですわぁぁ!」


 マリエルが、鏡に映る「幸せボケした自分」を見て、鼻血を出しながら崩れ落ちる。

 レベッカに至っては、鏡の中のアルトリアが自分の全身を「聖なるオイル」でマッサージしてくれている光景を凝視し、拝むように跪いていた。


「……不浄。あまりにも不浄な喜びなのですわ……! アル姉様のその逞しい指先が、私の大胸筋を……! ああ、神(アル様)よ、私をこの鏡の中に閉じ込めてくださいまし!!」


 シェリーは「ダンナと二人で、世界の秘宝を盗んで回る自分」をニヤニヤと眺め、シグルドは「アル様とレスリングで決着をつけ、そのまま婚姻届に血判を押す自分」を見て、咆哮を上げていた。


「……お前たち、しっかりしろ。それはただの幻だぞ」


 アルトリアは溜息をつき、自らの前に立つ最も巨大な鏡――『真理の鏡』へと歩み寄った。

 彼女の魂は、一体何を望んでいるのか。

 王座か。富か。あるいは、かつて自分を捨てた王子へのさらなる復讐か。


 鏡が映し出したのは、それらとは無縁の、あまりにも「純粋」な光景だった。


 そこには、泥にまみれ、汗を流しながらも、満面の笑みで巨大な大剣を振り抜くアルトリア自身の姿があった。

 そしてその隣には、今まさに鏡の前で悶絶している、騒々しくも愛おしい仲間たちが、共に剣を掲げて笑い合っている。


「……ふっ。そうか。私は、ただこうしてお前たちと、昨日より少しだけ強くなっていたいだけなのだな」


 アルトリアの迷いのない「自己肯定」が、鏡の間全体に銀色の波動となって伝播した。

 彼女の「ジゴロ りょく」の源泉は、己への絶対的な信頼と、仲間への無私なる愛。

 その輝きが、鏡の呪いを焼き払い、第12層の守護者である『鋼鉄の美神像』を震え上がらせた。


 ◇


 その頃。地上――王都ナルシスタの城壁。

 平和を取り戻したはずの都は、今、かつてない絶望的な「灰色の波」に飲み込まれようとしていた。


「……感情は不要。美は無駄。……ただ、鉄の論理のみが、世界を正しく導く」


 王都を包囲する数万の軍勢。その中心に立つのは、鉄血の女王エリザベート・フォン・アイアンサイド。

 彼女が率いる自動人形軍団『アイアン・レギオン』は、恐怖も、痛みも、慈悲も持たない。ただ、効率的に城壁を削り、民を圧殺するための機械仕掛けの死神であった。


「……ボルドー元団長のような汚職も、カイル元王子のような狂気も、すべては『心』などという不確定要素があるから生まれるバグだ。……私がすべてを平らげ、無機質な静寂を与えてやろう」


 女王が冷酷に指を振るうと、巨大な投石機カタパルトから鉄の塊が放たれ、王都の美しい尖塔を無残に粉砕した。


「……アルトリア様が不在の今、この門を抜かせるわけにはいかないのだッ!!」


 城門を守るのは、ハンス率いる五十名の元近衛騎士たち。

 彼らはアルトリアから授かった『美神の鉄甲』を血に染め、死に物狂いで応戦していた。

 だが、相手は倒しても倒しても、スペアの部品で修復されて立ち上がってくる鉄の人形。

 ハンスの盾は砕け、脚は震え、意識は混濁していく。


「……ここまで、か。……申し訳ありません、アルトリア様……」


 ハンスが膝をつき、女王の放った巨大なゴーレムが、その鉄の拳を振り上げた、その瞬間。


 ◇


 ダンジョン最深部手前。

 アルトリアの胸に、かつてないほどの「筋肉の共鳴ざわつき」が走った。


「……ハンス。……王都が、泣いているな」


 アルトリアの銀色の瞳が、殺気に燃えた。

 彼女は目の前の『鋼鉄の美神像』に対し、大剣を鞘に納めたまま、全霊の「覇気」を込めた正拳突きを放った。


 ドォォォォォォォォォォォン!!


 美神像の強固な装甲が、一撃で紙細工のように粉砕される。

 第12層突破。

 だが、階段を降りる時間など、今の彼女には惜しかった。


『――判定:真の守護者の覚醒! 美を汚す者への憤怒、それこそが真の気高さ! さあ、五人に『美神の帰還の翼(全体即時転送)』を授けましょう! ……行って、美しき嵐たちよッ!!』


 アルトリアの背中に、光り輝く銀色の翼が出現した。

 マリエルたちがその翼に手を触れた瞬間、五人の姿はダンジョンの闇から消え、光の奔流となって地上へと射出された。


 ◇


 王都、崩壊寸前の正門前。

 エリザベート女王は、勝利を確信し、冷たく唇を歪めていた。


「……消去せよ。この都の記録を」


 ゴーレムの拳が、ハンスの頭上に振り下ろされる――その直前。

 空を切り裂き、銀色の流星が、垂直に戦場の中央へと突き刺さった。


 ズドォォォォォォォォォォォン!!


 爆心地から放たれた衝撃波だけで、周囲の自動人形数十体が、ネジ一つ残らず吹き飛んだ。

 もうもうと立ち込める砂塵の中から、静かに、しかし地獄の底から響くような声が聞こえてくる。


「……私の庭で、随分と無機質な遊びをしているようだな、女王様」


 砂塵が晴れる。

 そこには、以前よりも遥かに神々しく、全身から「美の暴力」とも呼ぶべき圧倒的な威圧感を放つアルトリア・ベルンシュタインが立っていた。

 彼女の背後からは、マリエルの業火、レベッカの覇気、シェリーの殺意、そしてシグルドの咆哮が、鉄の軍勢を圧倒していく。


「……何? ……この存在、私の計算には……あ、あり得ない。……何ですか、その筋肉の熱量は……!?」


 女王エリザベートの冷徹な瞳が、初めて激しく揺らいだ。

 彼女の計算機(脳内)が、アルトリアという「論理を越えた美」を前にして、エラー音を上げ始めたのである。


「……計算など不要だ。……お前のその冷たい鉄の思想、私の筋肉こぶしで、跡形もなく粉砕してやる」


 アルトリアが、ゆっくりと右拳を固める。

 彼女のガントレットから漏れる銀色の光が、王都の民たちの希望の灯火となった。


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