第14話:【シグルド回】隣国の女傑王女、筋肉の共鳴と拳で語る真の愛
王都ナルシスタの王立大演習場。
夕刻の陽光が石畳を黄金色に染め上げる中、そこには一国の軍隊を沈黙させるほどの凄まじい「闘気」が渦巻いていた。
「……お黙りなさい! 火力だのプロテインだの、果ては夜這いだの……。お前たちの愛は、あまりにも矮小で、小賢しすぎるのだ!」
ドォォォン!! という衝撃音と共に、巨大な戦斧が演習場の床に叩きつけられた。
叫んだのは、隣国バルク帝国の第一王女、シグルド・バルク・アイアンメイデンである。
彼女は、摂政公邸で連日繰り広げられるマリエル、レベッカ、シェリーの「アル様争奪戦」に、ついに堪忍袋の緒を切らしたのだ。
「いいか、小娘ども。我らバルクの民にとって、魂とは『拳』で語るもの。愛とは『筋肉の共鳴』によって証明されるものだ! アル様という孤高の頂を汚すのは、言葉ではなく、全霊を込めた一撃であるべきだろうがッ!!」
「なんですって……!? この野蛮王女、アル様の隣を暴力で奪おうというのですわね!?」
「不浄ですわ! アル姉様の神聖な肉体に、そんな物騒な鉄の塊を向けるなんて、聖職者として見過ごせないのですわ!」
マリエルとレベッカが杖と聖印を構え、一触即発の事態となる。
だが、その殺気の渦の真ん中で、アルトリア・ベルンシュタインは静かに、自らの「美神の白銀鎧」のガントレットを外していた。
「……いいだろう、シグルド。お前の言いたいことは分かった」
アルトリアの声が、騒然とする演習場を静寂に包み込む。
彼女は、摂政としての重厚なマントを脱ぎ捨て、動きやすさを重視した漆黒の訓練着姿になった。
「マリエル、レベッカ、シェリー。……下がっていろ。シグルドは、私を『摂政』としてではなく、一人の『武人』として呼んでいるんだ。……応えないわけにはいかないだろう?」
「ア、アル様……」
「……分かりましたわ。……ですが、もしその王女がアル様の髪の毛一本でも傷つけたら、私はバルク帝国ごと地図から消し飛ばしますわよ?」
仲間たちが不承不承ながらも観客席へと退く。
演習場には、アルトリアとシグルド、二人の女傑だけが残された。
「……感謝する、アル様。……貴女に憧れ、貴女に敗れ、貴女を追ってここまで来た。……今の私が、貴女の隣に立つ資格があるか、この一撃で確かめさせていただく!」
「来い、シグルド。……お前の広背筋が、どれほど熱く吠えているか、私に聴かせてみろ!」
◇
激突は、一瞬だった。
シグルドが地を蹴り、巨大な戦斧を旋回させる。
それは風を切り裂き、真空の刃を生み出すほどの豪速の一撃。
対するアルトリアは、大剣を抜かず、鞘のままそれを受け止めた。
ガギィィィィィィィィィィン!!
火花が散り、衝撃波が演習場の観客席まで届く。
ハンス率いる騎士団が、その余波に耐えながら息を呑む。
「……っ、重いな。……だが、いい重さだ!」
アルトリアは不敵に笑うと、大剣を払い、シグルドの懐へ踏み込んだ。
二人の肉体がぶつかり合う。
鎧を脱ぎ捨て、訓練着一枚の姿で繰り広げられるのは、誤魔化しの利かない「純粋な力の対話」だった。
シグルドの斧が舞い、アルトリアの鞘がそれを弾く。
十手、二十手。
攻防が続くにつれ、二人の肌には玉のような汗が浮かび、荒い息が白く混ざり合う。
シグルドの瞳には、歓喜の涙が溜まっていた。
(ああ……これだ。この感覚だ。……アル様の拳から伝わる、この圧倒的なまでの『包容力』。……私の全力を受け止め、さらに高みへと引き上げてくれる……。貴女こそが、私の求める唯一の太陽!)
「アル様ぁぁぁ!! 受け取ってください、我が魂の咆哮をぉぉ!!」
シグルドが斧を投げ捨てた。
彼女は、武器という道具すらもどかしくなったのだ。
丸腰で、無防備な拳を突き出し、アルトリアの胸元へ飛び込む。
アルトリアもまた、大剣を放り投げた。
彼女は正面から、シグルドの突進を受け止める。
二人はそのまま地面に組み伏せ、レスリングのような泥臭い組み手へと発展した。
「……っ、シグルド! お前、以前よりもさらに……筋肉の密度が上がったな!」
「貴女に……っ、認めてもらいたくて……! 毎日、貴女の名前を呼びながら、一万回の素振りを欠かしたことはありませんわ!」
汗と泥にまみれ、互いの鼓動を肌で感じ合う二人。
もはやそこに、王女も摂政もなかった。
ただ、強さを求め、互いを認め合う二人の「女」がいた。
アルトリアは、シグルドの背中に腕を回し、その強靭な広背筋を力強く引き寄せた。
彼女の「ジゴロ 力」が、戦いの高揚感と共に、最大出力で放出される。
「……シグルド。お前は強い。……お前のような女が隣にいてくれるなら、私はどんな世界の果てでも突き進める気がするぞ」
「……っ、アル……様……」
「お前のその熱い拳、そして迷いのない魂。……私が、一生預かってやる。……国境など、私たちの前ではただの線に過ぎん。……お前は、私の大切な『盟友』だ」
アルトリアが、耳元で囁く。
その低く、慈愛に満ちた声に、シグルドの理性は完全に消し飛んだ。
「あああああぁぁぁ!! アル様! アル様ぁぁぁ!! 好きです! 貴女の筋肉も、その無愛想な優しさも、すべて愛しておりますわぁぁ!!」
シグルドは号泣しながら、アルトリアの首筋に顔を埋め、全力で抱きついた。
それはもはやハグというより、魔物を絞め殺すためのバックドロップに近い威力だったが、アルトリアの強靭な肉体はそれを「心地よい抱擁」として受け入れた。
◇
夜の帳が下りる頃。
演習場の真ん中で、大の字になって横たわる二人の女傑がいた。
夜空を見上げるアルトリアの横顔は、戦い終えた後の清々しさに満ち、隣で彼女の手を握りしめたまま泣き腫らしているシグルドは、幸せそうな寝息を立て始めていた。
「……やれやれ。シグルド。……お前まで、こんなに手がかかるとはな」
アルトリアが苦笑いしながら立ち上がろうとすると、観客席から凄まじい勢いで三つの影が飛び込んできた。
「アル様! 今すぐその野蛮王女の手を離してくださいまし! 密着時間が長すぎますわ!」
「不浄! 汗の混じり合いなど、神聖な儀式を越えて合体事故なのですわぁぁぁ!!」
「ひゃはは! ダンナ、ついに他国の王女まで完全にオトしちゃったねぇ。……これはもう、世界制覇も近いかな?」
マリエル、レベッカ、シェリーによる「アル様奪還作戦」が再び開始される。
アルトリアは、またしても始まった乙女たちの騒動に溜息をつきながらも、自分の周囲に集まったこの「最強のパーティ」を見渡し、誇らしげに胸を張った。
「……よし、お前たち。……シグルドの合流も祝って、今夜は宴だ。……そして明日の朝には、いよいよダンジョンの最深部――『美神のクローゼット』の真の正体を突き止めにいくぞ!」
「「「「おおおおおっ!!!」」」」
アルトリアの「ジゴロ 力」は、ついに国内の不浄を払い、隣国の絆さえも筋肉で繋ぎ止めた。
彼女たちの伝説は、一国の政変を越え、大陸全土を揺るがす「美の革命」へと昇華されていく。
一方、国外追放されたカイル王子の『バカ日記(の燃えかす)』は、もはや風に舞う灰となり、誰の記憶にも残ることはなかった。
アルトリア・ベルンシュタイン。
彼女の進撃は、まだ始まったばかりである。




