第15話:「美神のクローゼット」第10層・試練の晩餐会
ナルシスタ王国の政変が一段落し、アルトリア・ベルンシュタインが「摂政」に就任してから一週間。
王宮の執務室は、連日連夜、山積みの書類と「アル様の隣」を奪い合う乙女たちの怒号で埋め尽くされていた。
「……耐えられん。ハンス、後は頼んだぞ。私は……筋肉の洗濯に行ってくる」
アルトリアは、窓から飛び降りるようにして王宮を脱出した。
目指すは、彼女たちの真の居場所――ダンジョン『美神のクローゼット』である。
だが、当然ながら、彼女の「影」や「翼」や「盾」を自認する乙女たちが、それを黙って見送るはずもなかった。
「アル様! 水臭いですわ! 摂政の激務で鈍った私の火力を、今すぐダンジョンで爆発させる必要がありますわ!」
「左様なのです、アル姉様! 王宮の椅子に座り続けたことで、貴女のハムストリングスが悲鳴を上げておりますわ! 今すぐ第10層の魔物をスクワットの負荷にするべきですわ!」
マリエル、レベッカ、シェリー、そして隣国のシグルド。
最強の四人が揃い踏みし、アルトリアを囲んでダンジョンへと突き進む。
彼女たちが辿り着いたのは、これまでの殺伐とした階層とは一変し、白磁の床と豪華なテーブルセットが並ぶ、優雅なエリアだった。
第10層――通称『美神の晩餐会』。
『――判定:真の絆の証明。美しき者たちよ、戦いだけが美ではありません。共鳴する魂は、同じ食卓を囲むことで完成されるのです。さあ、至高の料理を作り、完食して見せなさい』
いつものハープ音が響くと同時に、巨大な調理台と、見たこともないほど新鮮な「魔物の高級食材」が山積みになって現れた。
「……料理だと? 魔物を斬るのではなく、煮炊きしろというのか」
アルトリアが困惑する中、乙女たちは「アル様に良いところを見せるチャンス!」とばかりに、一斉に調理台へと飛びついた。
「任せてくださいまし、アル様! 私の魔法は、焼くことに関しては世界一ですわ! この『キング・バイソン』の塊肉、一瞬で芯まで熱を通してみせますわ! ――超高温爆破!!」
ドォォォォォン!!
マリエルが杖を振るった瞬間、調理台の上でバイソンの肉が、爆炎と共に炭を通り越して「素粒子」レベルまで分解された。
「……あ。……少し、火力が強すぎましたかしら?」
「お黙りなさい、この火力おバカ! アル姉様の神聖な肉体に必要なのは、味などという虚飾ではなく、純粋な栄養素なのですわ! さあ、この『特製・ブロッコリーと鶏ささみの聖水煮込み』を食べるのです!」
レベッカが差し出したのは、一切の調味料を拒絶し、ひたすらドロドロになるまで煮込まれた、緑色と白色の「泥」のような物体だった。
アルトリアが一口食べた瞬間、その顔がかつてないほどに引き攣った。
「……レベッカ。……これは、砂を噛んでいるような味がするぞ」
「それが筋肉の喜びなのですわ、アル姉様!」
「いや、アル様! そんな泥は捨てて、私の持ってきたバルク伝統の『魔龍の生心臓』を召し上がってください! これを喰らえば、血管が破裂するほどのパワーが漲りますわ!」
シグルドが、ドクドクと動く巨大な心臓を素手で差し出し、シェリーがその隙に「あ、これ美味しそう」と、高級魔石入りのフルーツを勝手につまみ食いしている。
まさに、調理場は地獄の釜の底と化していた。
「……やれやれ。……お前たち、下がっていろ。これではダンジョンが不合格(不浄)と判定してしまう」
アルトリアは、溜息と共に腰の大剣を引き抜いた。
彼女は、ダンジョンの宝箱から出てきた『美神の割烹着』を、銀色の鎧の上に羽織った。
白く清潔な布が、アルトリアの逞しい胸板を包み込む。そのギャップのある姿に、マリエルたちが鼻血を噴き出して倒れそうになるが、アルトリアは構わず調理を開始した。
「……見ていろ。剣術と料理、その神髄は同じだ。……『断ち、整え、芯を通す』」
アルトリアが空中に放り投げた、巨大な『黄金マグロ(魔物)』の身。
大剣が目にも止まらぬ速さで閃き、一瞬にして刺身状に切り分けられた。
さらに、彼女は大剣を高速回転させ、摩擦熱によってフライパンの表面温度を絶妙な「ミディアムレア」に固定する。
「……塩加減は、この『美神の岩塩』でいいな。……シェリー、そのフルーツを寄こせ。ソースにする」
「え、あ、はい! 喜んで、ダンナ!」
アルトリアの「ジゴロ・クッキング」が幕を開けた。
彼女の無駄のない動き、包丁(大剣)捌き、そして食材に向き合う真剣な眼差し。
その一挙手一投足が、一種の演武のように美しく、乙女たちの視線を釘付けにする。
数分後。
テーブルの上には、王宮のシェフでも作れないような、彩り豊かで芳醇な香りを放つフルコースが並んでいた。
「……できたぞ。……マリエル、口を開けろ。お前は火を使いすぎて、魔力欠乏気味だろう?」
「え。……あ、あ、アル様……!? あ、あーん、ですの!?」
アルトリアが、フォークに刺した『黄金マグロの魔力ソテー』を、マリエルの唇へ運ぶ。
至近距離で見つめるアルトリアの銀色の瞳、そして、彼女の指先から漂う微かな鉄とスパイスの香り。
マリエルは、雷に打たれたような衝撃と共に、その肉を咀嚼した。
「……おいしい。……おいしすぎますわ……! アル様の愛(物理)が、私の胃袋を直撃して……あああぁぁぁ!!」
マリエルの全身から、聖なる光が溢れ出す。
アルトリアは続けて、レベッカ、シェリー、そしてシグルドの口にも、次々と料理を放り込んでいった。
「レベッカ、これはタンパク質も豊富だ。……シグルド、生もいいが、熱を通した方が効率よく吸収できるぞ。……シェリー、つまみ食いより、座って食べる方が美味い」
「「「「あ、アル様ぁぁぁ!!(ダンナァァァ!!)」」」」
四人の乙女たちは、アルトリアの無自覚なジゴロ・サービスの波に呑まれ、一気に天国へと昇天した。
あまりの幸福感に、彼女たちのステータスは限界を突破。
マリエルの周囲には不死鳥が舞い、レベッカの筋肉は黄金色に発光し、シェリーは完全に気配を消して神の領域に達し、シグルドは戦斧を持たずとも山を砕けそうな覇気を放ち始めた。
すると、第10層の壁が、これまでで最も壮大なハープの音色を奏でた。
『――判定:パーフェクト・フルコース! 分け隔てなき慈愛、そして胃袋をも掴むその覇道! 貴女こそ、我が深淵の女王に相応しい! さあ、五人に『美神のパーティウェア(お揃いのジャージ・金刺繍版)』を授けましょう!』
壁が開き、第11層への道が拓かれた。
アルトリアは、満足げに腹をさする仲間たちを見渡し、自らも一切れの肉を口に運んだ。
「……ふむ。いい出来だ。……だが、次はもう少し、歯応えのある魔物を食材にしたいな」
「どこまでも付いていきますわ、アル様!!」
アルトリアの「ジゴロ 力」は、ついに胃袋という名の急所さえも掌握した。
彼女たちの進撃は、もはや誰にも止められない。
◇
一方、国外追放されたカイル王子の『バカ日記(の燃えかす)』は、異国の地の側溝に捨てられていた。
それを通りかかった野良犬が、一瞬だけクンクンと匂いを嗅いだが、「美しくない」と判断したのか、無造作にその上に不浄なものを引っ掛けて立ち去ったという。
王子の不運は、アルトリアの輝きに比例して、より一層深まっていく。
そして第11層――。
そこには、アルトリアの「ジゴロ 力」が、ついに人間以外の種族をも狂わせる、新たな出会いが待っていた。




