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第11話:【マリエル回】火力おバカと夜空の爆炎、守りたいのはその背中

 カイル王子が国外追放され、ボルドー団長が極寒の地下牢へとぶち込まれてから三日。

 ナルシスタ王国の王都は、未だに「救国の英雄」アルトリア・ベルンシュタインの摂政就任を祝う熱狂の渦の中にあった。


 王宮の主広間では、今夜も着飾った貴族たちが集い、豪華絢爛な晩餐会が催されている。

 だが、その主役であるはずのアルトリアは、借りてきた猫のように、あるいは檻に入れられた猛獣のように、居心地悪そうに玉座の隣に座っていた。


「……肩が凝るな。この『摂政正装』とやらは、大胸筋の可動域を完全に無視している。これでは、急に刺客が現れても、最速の抜刀ができんぞ」


 アルトリアは、銀色の刺繍が施された重厚な礼服の襟元を苦々しくいじった。

 彼女にとって、ドレスよりはマシな軍装風の礼服ではあるが、やはりダンジョン産の『加圧式バトル・シスター服』や『美神の白銀鎧』のフィット感には遠く及ばない。


「アルトリア様、次はこちらの公爵家の方々が御挨拶を――」

「ああ、分かった。……済まないが、少し風に当たってきてもいいか?」


 アルトリアが、群がる貴族たちの隙を突いてバルコニーへ脱出しようとしたその時。

 背後から、ふわりと甘い花の香りと、聞き覚えのある「不満げな吐息」が聞こえてきた。


「……アル様。やはり、ここにおられましたのね」


 振り返れば、そこには真紅のイブニングドレスに身を包んだ、金髪縦ロールのお嬢様――マリエル・ルミナスが立っていた。

 彼女もまた、天才魔導師としての地位を回復し、今夜の主賓の一人として招待されていたのだが、その表情は晴れない。


「マリエルか。……お前も、あの喧騒は苦手か?」


「苦手というより……反吐が出ますわ。あの方たちは、私が『火力が強すぎる』と王子に疎まれていた頃、陰で私を『爆殺狂』と笑っていた連中ですもの。それが今さら、アル様の隣にいるというだけで、媚びを売って……。ああ、全員まとめて、今ここで『極大火炎』で蒸発させて差し上げたいですわ」


 マリエルの瞳の奥に、仄暗い破壊の火が灯る。

 彼女は幼い頃から、その桁外れの魔力ゆえに、周囲から「美しくない破壊者」として恐れられてきた。カイル王子に至っては、「僕を傷つけかねない毒婦」として、彼女に常に魔力抑制の首輪を強要していたのだ。


「……マリエル。少し、場所を変えるぞ」


 アルトリアは、マリエルの震える細い指先を、自分の大きな手で包み込んだ。

 騎士としての無骨な掌だが、その熱は、マリエルにとってどんな魔法よりも心地よいものだった。


「アル様……? どこへ……」


「ここより高い場所だ。……お前の火力を、存分に発揮できる場所へな」


 ◇


 王宮の最上階、巨大な時計塔の頂上。

 そこは王都を一望できる絶景の場所であり、同時に、地上の喧騒が届かない静寂の世界だった。

 夜風が、二人の正装を激しくなびかせる。


「……ここなら、誰の目も気にしなくていい。マリエル、お前がさっき言っていたことだが……私は、お前の火力を一度も不快に思ったことはないぞ」


 アルトリアは、時計塔の縁に腰掛け、夜空を見上げながら静かに語り出した。


「ダンジョンで、お前が背後から放つ爆炎。あれは、私にとっては最高の『安心』だった。お前が焼いてくれるから、私は前だけを見て、全力で剣を振れる。お前の魔法は、破壊の象徴ではない。……私と、仲間たちの道を照らす『光』だ」


「……光……。私の、この忌まわしい火力が、アル様にとっては光なのですか……?」


 マリエルの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 「美しい」と言われたことは何度もある。だが、「必要だ」と、「そのままでいい」と、魂の底から肯定されたのは、アルトリアが初めてだった。


「そうですわね。……アル様が、私の『壁』でいてくださるなら。……私は、一生、貴女のためだけにこの炎を捧げますわ」


 マリエルが、アルトリアの隣に歩み寄り、自身の杖を夜空へと掲げた。


「アル様。……見ていてくださいまし。これが、私が貴女に捧げる、世界で一番美しい……『感謝』の形ですわ!」


 マリエルの魔力が膨れ上がる。

 だが、その強大な魔力は、彼女一人では制御しきれないほどに荒ぶっていた。

 時計塔の石材が、魔力の余波でミシミシと悲鳴を上げる。


「……っ、魔力が……暴走……!?」


「案ずるな、マリエル。……私がついていると言っただろう」


 アルトリアは迷わず、マリエルの背後に回り込み、その華奢な身体を後ろから力強く抱きしめた。

 厚い礼服越しでも伝わる、アルトリアの強靭な筋肉の鼓動。

 そして、白銀の鎧を纏っていなくても、彼女の全身から溢れ出す「覇気」が、マリエルの荒ぶる魔力を、優しく、かつ強引に抑え込んでいく。


「……っ、アル様……! 背中が、熱いですわ……! 貴女の鼓動が、私の魔力回路に……流れ込んで……っ!」


「そのまま撃て、マリエル! 反動はすべて、私の筋肉が受け止めてやる!」


 アルトリアの「ジゴロ りょく」が、無意識にマリエルの魔力と共鳴する。

 二人の魂が、筋肉と魔導という正反対の極致で一つに重なった瞬間。


「――新技:美神の抱擁アビス・キス爆烈花火プロミネンス・ファンタジア!!」


 マリエルの杖から、純白と真紅が混ざり合った、巨大な光の柱が打ち上げられた。

 それは雲を突き抜け、王都の遥か上空で、見たこともないほど巨大な「炎の大輪」となって弾けた。


 ドォォォォォォォォォォォン!!


 王都全体が、昼間のような明るさに照らし出される。

 夜空に咲いたのは、ただの爆炎ではない。

 それは、龍が舞い、鳳凰が羽ばたくような、極彩色の光の舞踏だった。


「……おお……。これは、凄いな……」


 アルトリアは、腕の中のマリエルと共に、その光景に見入っていた。

 地上からは、王都の民たちの「おおおぉぉっ!」という、地鳴りのような歓声が聞こえてくる。

 誰もが、新摂政の就任を祝う「神の奇跡」だと信じて疑わなかった。


「……アル様。……私、幸せですわ」


 マリエルは、全魔力を使い果たし、アルトリアの腕の中に力なく体を預けた。

 その顔は、いつもの高飛車なお嬢様ではなく、愛する人にすべてを捧げた、一人の少女の安らかな微笑みだった。


「……ああ。よくやった、マリエル。……お前の火力は、やはり世界一だ」


 アルトリアは、眠りに落ちたマリエルを、壊れ物を扱うように優しく「お姫様抱っこ」で抱え上げた。

 彼女の銀色の瞳には、夜空に残る火の粉と、腕の中の愛しい仲間の姿が、等しく美しく映っていた。


 ◇


 翌朝。王宮の『バカ日記(の残骸)』を、レベッカが真っ二つに引き裂きながら叫んでいた。


「なんですってぇぇぇっ!? 昨夜、アル姉様とマリエルが時計塔の頂上で一晩中『魔力を交わしていた』というのは本当なのですか!?」


「……落ち着け、レベッカ。マリエルが魔力切れで倒れたから、私の部屋で休ませていただけだ。……おい、そんな顔で私を見るな。……シェリー、お前もニヤニヤするな」


「ひゃはは! ダンナ、さすがだねぇ。一晩で王都を昼間にしちゃうなんて、愛の火力エネルギーは恐ろしいよ、まったく」


「違いますわ! アル姉様の初夜……いえ、初魔法合体相手は、私であるべきだったのですわぁぁぁ!」


 レベッカの断末魔のような叫びが、摂政公邸に響き渡る。

 アルトリアの「摂政」としての生活は、こうして、かつての追放生活よりもさらに騒がしく、そして熱く幕を開けた。


 だが、彼女たちはまだ知らない。

 マリエルが打ち上げたあの「美神の花火」が、遥か遠方の国、あるいは深淵の底に眠る「別の何か」を目覚めさせてしまったことを。


「……さて。次は、レベッカ。お前の番だな」


「……っ!! はいっ!! 全筋肉を挙げて、準備させていただきますわ、アル姉様!!」


 アルトリアのジゴロな微笑みが、次なる嵐を予感させていた。


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