第10話:【後編】黄金の結婚式場、爆炎と筋肉の鉄槌に沈む
黄金に輝く式場の中心で、アルトリアとカイル王子が対峙していた。
……といっても、一方は史上最強のパーティを率いる銀色の英雄、もう一方は自分の左腕に赤いリボンを巻いて頬ずりをしている変態である。
「アルトリア。君のその燃えるような瞳、僕への愛を隠しきれていないね。……さあ、マリエルもレベッカも、僕のルージュ(左腕)の侍女にしてあげよう。君は特別に、僕たちの寝室のドアガードを命じてあげるよ」
カイル王子の妄想は、もはや「ナルシスト」という言葉では形容できない領域に達していた。
アルトリアは無言で、自身の魔力を右拳に集中させる。
『美神のクローゼット』で培った、純粋かつ洗練された「筋肉の躍動」が、ガントレットを熱く昂らせていた。
「……マリエル、レベッカ、シェリー。そしてシグルド。……下がっていろ。これは、私個人の『清算』だ」
「「「「はい、アル様(ダンナ/アル様)!!」」」」
四人の乙女たちが、一糸乱れぬ動きで円陣を組み、周囲の衛兵たちを牽制する。
逃げようとするボルドー団長の襟首を、シェリーがひらりと掴んで引き戻した。
「逃がさないよ、おじさん。アンタの余罪、まだ山ほどあるんだからさ」
式場内には、ハンス率いる五十名の元近衛騎士たちも突入し、現役の衛兵たちを次々と武装解除させていく。彼らの銀色の鎧を見た都の兵士たちは、自分たちの「本物の主」が誰であるかを悟り、次々と剣を捨てて膝をついた。
もはや、この広大な式場で立っている「敵」は、カイル王子ただ一人。
「……カイル。お前は私に言ったな。筋肉だるまの私に、ドレスは似合わないと」
「ああ、そうだとも! ドレスは繊細な美を持つ僕のもの……あるいはルージュのものだ!」
「……そうか。ならば、ドレスなど二度と着たいとは思わんほど、その薄っぺらな『美意識』ごと、私が粉砕してやろう」
アルトリアが踏み込んだ。
ドォォォォォン!! という、大砲が至近距離で放たれたかのような衝撃音が式場に轟く。
彼女の移動速度は、もはや常人の目には捉えられない。
「なっ――」
王子がルージュ(左腕)を庇おうとしたその瞬間、アルトリアの右拳が、王子の鳩尾の数センチ手前でピタリと止まった。
だが、止まったのは拳だけだ。
拳から放たれた凄まじい「覇気」と「衝撃波」が、王子の身体を貫いた。
「――っ、が、は……っ!!」
王子は、自分が何に撃たれたのかも理解できないまま、黄金の祭壇へと吹き飛ばされた。
ドサリ、と力なく倒れ込む王子。
その拍子に、左腕に巻かれていた赤いリボンが無残に解け、宙を舞った。
「……あ……ルージュ……僕の、ルージュ……」
「……まだ、そんなことを言っているのか」
アルトリアは倒れた王子の前に立ち、冷徹に見下ろした。
彼女はゆっくりと、左腕の銀色のガントレットを外した。
そこにあるのは、王子の「接吻」を跳ね返した、あの鋼の装甲だ。
「カイル。お前が愛しているのは、自分自身ですらない。……お前が愛しているのは、自分の思い通りになる『虚像』だけだ。そのルージュとやらも、お前が自分に酔うための道具に過ぎん」
アルトリアの言葉が、呪いの魔力を霧散させていく。
王子の瞳からハート型の光が消え、徐々に、正気という名の「惨めな現実」が戻ってきた。
「……あ、あれ? 僕は……何を……。……ひっ!? アルトリア!? な、なんで君がここに!?」
「……正気に戻ったか。……遅すぎるがな」
アルトリアが合図を送ると、ハンスが厳粛な面持ちで前に出た。
彼は国王から預かっていた『廃嫡の親書』を広げる。
国王もまた、自分の息子が左腕と結婚しようとする末期的状況を知り、ついに決断を下していたのだ。
「――カイル・ド・ラ・バカデミア殿下。貴公のこれまでの放蕩、汚職の放置、そして公序良俗に反する数々の奇行を鑑み、本日をもって王位継承権の永久剥奪、および国外追放を申し渡す!」
「……は? はぁぁぁぁっ!? ま、待て! 父上! これは何かの間違いだ! 僕は愛されていたはずだ! 僕は……僕は完璧な王子なんだぞ!!」
王子がみっともなく喚き散らすが、周囲の貴族たちから返ってきたのは、冷たい沈黙と、軽蔑の視線だけだった。
唯一、彼を支持していたボルドー団長も、既に縄を打たれて床に転がっている。
「……連れて行け。二度と、私の視界に、そしてこの国の民の前に、その不浄な姿を見せるな」
アルトリアの号令により、王子は衛兵たちに引き摺られて式場を後にした。
彼が最後に見た光景は、自分が捨てたはずのアルトリアを囲み、幸せそうに微笑む四人の美女たちの姿だった。
◇
静まり返った黄金の式場。
カイル王子の情けない叫びが遠ざかっていく中、アルトリアは静かに拳を下ろした。
そこへ、式場の奥、一段高い玉座に座っていた老人が、重い腰を上げた。
ナルシスタ王国の現国王、ナルシス三世。カイル王子の実父である。
彼は震える手で杖をつき、ゆっくりとアルトリアの前まで歩み寄った。
「……アルトリア・ベルンシュタインよ」
「……陛下」
アルトリアは即座に膝をつき、騎士の礼を取った。
マリエル、レベッカ、シェリー、そしてシグルドも、王の放つ「一国の長」としての重圧に、一歩下がって頭を垂れる。
「……すまなかった。息子があのような……狂気に取り憑かれ、貴公を、そしてこの国を辱めるのを、余は止めることができなかった。……ボルドーの横領を見逃していたのも、余の不徳の致すところだ」
国王の言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。一国の王が、一介の(元)騎士に対して公式の場で謝罪するなど、前代未聞のことだ。
「……顔を上げよ、アルトリア。貴公には、我が国の救世主として礼を言わねばならん。……だが、一つ聞かせてくれ。貴公は……これほどの力を持ち、騎士団の心をも掌握した。……この国を、どうしたいのだ?」
国王の問いは鋭かった。
カイルという唯一の継承者を失った今、この国は漂流の危機にある。
実力、人望、そして国際的なコネクション(シグルド王女)を持つアルトリアが、もし「王冠」を望むなら、それを止める術は今の王家にはない。
アルトリアは顔を上げ、国王の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「陛下。……私は、政治も、王冠の重みも分かりません。私が愛しているのは、鍛錬の果てに掴み取る勝利と、この仲間たちの笑顔だけです」
「……ほう」
「ですが。……私は騎士です。守るべきものが目の前にある限り、背を向けることはできません。この国が不浄に汚れ、民が喘いでいるならば……私は、その汚れを『物理的に』粉砕し、更地にする。……その後の土壌をどう耕すかは、陛下、貴方の仕事です」
アルトリアの言葉は、傲慢なようでいて、この上なく謙虚な「騎士の誓い」だった。
彼女は王になりたいのではない。ただ、「正しくあれる場所」を守りたいだけなのだ。
「……なるほど。貴公らしい答えだ。……ならば、余からも提案がある。……アルトリア・ベルンシュタイン。貴公を、本日をもって『王国摂政』兼『全騎士団総帥』に任命する。……王位は余が預かるが、この国の軍権と、未来を決める『力』は、すべて貴公に託そう」
式場内に、今日一番のどよめきが走った。
摂政。それは、事実上の国王代行である。
婚約破棄された女騎士が、数週間後には国の頂点に立つという、逆転劇の極致。
「……謹んで、お受けいたします。……ただし、陛下。条件が一つあります」
「申してみよ」
「……私は、ダンジョン攻略を辞めるつもりはありません。執務室に閉じ込められるなら、今すぐこの辞令を斬り捨てます。……『ダンジョンの中から国を統治する』。それでよろしければ」
「……ハハハ! 前代未聞の摂政だな! よかろう。貴公が潜るダンジョンの最深部が、そのままこの国の新たな『王宮』となるもしれんな!」
国王とアルトリアが、固い握手を交わした。
その瞬間、アルトリアの「ジゴロ 力」が、ついに一国の王をも陥落させたのである。
◇
宴の準備が進む中、アルトリアはテラスで独り、王都の夜景を眺めていた。
そこへ、マリエルたちが忍び寄る。
「アル様、お疲れ様ですわ。……これで、この国も少しは『火力』が上がりますわね」
「アル姉様! 摂政就任のお祝いに、国中のプロテインを徴収してまいりましたわ!」
「ダンナ、王宮の隠し金庫の鍵、預かっといたよ。……これからは、使い放題だね」
「アル様! バルク帝国は、いつでも貴女を支える準備ができております。……いっそ、我が国と合併してしまいますか?」
賑やかな仲間たちの声。
アルトリアは、ふと、追放されたばかりの頃の自分を思い出した。
あの時は、ただ自由になりたかった。ただ、筋肉を鍛えたかった。
だが今、自分の隣には、守るべき愛すべき「不器用な乙女たち」と、自分を信じてくれる民がいる。
「……さて。お前たち。……明日の朝には、ダンジョンへ戻るぞ」
「「「「えええええっ!? もうですか!?」」」」
「当然だ。……カイルという『不浄』は払ったが、ダンジョンの最深部には、まだ見たこともない『美』が眠っている。……それを手に入れるまで、私の筋肉は休息を許さん」
アルトリアの瞳は、既に次の戦いを見据えていた。
カイル王子の『バカ日記』、その最後のページには、後に何者かの手によってこう追記されることになる。
『――ナルシスタ王国、新紀元。
銀色の摂政が率いる、最強の乙女パーティ。
彼女たちの進撃は、一国の政変に留まらず、世界そのものの「美意識」を根底から覆していくことになる。
……追放された王子のその後など、もはや誰も、知る由もない』
アルトリアの「ジゴロ 力」と「筋肉の輝き」が、世界を救う神話へと昇華されるのは、もう少し先の話である。




