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第9話:【後編】かつての部下と、涙の筋肉再会バトル

 ダンジョン第八階層『美神の演舞場』。

 四方の壁が巨大な太鼓のように脈動し、アルトリアの踏み込みに合わせてドォォォン、ドォォォンと重厚な地響きを鳴らしている。

 その中央で、アルトリア・ベルンシュタインは抜くことさえせず、鞘に収まったままの大剣を肩に担いで立っていた。


「……どうした、ハンス。その程度か。お前の槍は、もっと鋭く、もっと迷いのない『忠義』を宿していたはずだぞ」


「ぐっ……おおおおおっ!!」


 ハンスが絶叫と共に、愛槍を繰り出す。

 一突きで岩をも砕く必殺の刺突。だが、アルトリアは首をわずかに傾けただけでそれを回避し、すれ違いざまに大剣の鞘でハンスの脇腹を軽く小突いた。


「がはっ……!?」


「脇が甘い。鎧の重さに振り回されているな。……ボルドー団長が導入したそのヒラヒラの制服、やはり実戦には向かん。素材が軟弱すぎて、体幹のブレを補強できていないぞ」


 アルトリアの言葉は、技術的な指摘であると同時に、騎士たちの「心の弱り」を的確に突くものだった。

 彼女は一人、また一人と、襲いかかる部下たちを「教育」していく。

 ある者は足を払われ、ある者は盾ごと吹き飛ばされ、ある者はアルトリアの圧倒的な威圧感オーラだけで膝をついた。


 その様子を特等席で眺めていたマリエルは、頬を染めて身悶えしていた。


「ああ……アル様の『指導しごき』……! 見てください、あの無駄のない動き。まるで炎が舞っているようですわ。私も……私もあの鞘で一回くらい、優しく、いえ、激しく叩かれたいですわ……っ!」


「火力おバカ、不浄な妄想は慎みなさい。アル姉様の打撃は、筋肉への『愛』なのです。見てください、あのハンスという男の僧帽筋……アル姉様に叩かれるたびに、歓喜で震えているではありませんか。これぞ真の『聖なるマッサージ』なのですわ!」


 レベッカもまた、聖印を握りしめながら、騎士たちの筋肉の変遷を熱心にデッサン(脳内)していた。

 シェリーだけは天井の梁にぶら下がり、「あーあ、あの連中、ダンナにボコボコにされてるのに、なんであんなに幸せそうな顔してんのかなぁ」と、半分呆れながらもその異様な光景を楽しんでいた。


 一時間後。

 演舞場には、五十人の近衛騎士が、一人残らず床に転がっていた。

 だが、その顔には悲壮感など微塵もない。むしろ、長年溜め込んでいたおりをすべて吐き出したかのような、清々しい汗が光っていた。


「……ふぅ。ようやく、騎士らしい顔付きになったな、お前たち」


 アルトリアが大剣を背負い直し、大きく息を吐く。

 ハンスは、震える腕で地面を押し、ようやく膝をついてアルトリアを仰ぎ見た。


「……副団長……。いえ、アルトリア様。……目が覚めました。我々は、あのような無能な団長や、正気を失った王子の顔色を伺い、騎士としての誇りをドブに捨てていたのです」


「……何があったのか、すべて話せ」


 ハンスは、震える声で王都の惨状を語り始めた。

 カイル王子が、アルトリアのガントレットに「接吻」して以来、その呪いが自分自身に逆流し、自分の左腕を『ルージュ』と呼ぶ愛妻として扱うようになったこと。

 来週にも、国庫を叩いた黄金の式場で『自分自身との結婚式』を挙行しようとしていること。

 そして、ボルドー団長がその狂気を利用し、私腹を肥やすために増税を繰り返し、反対する者を次々と投獄していること。


「……左腕と、結婚。……ボルドーの横領。……ふむ。聞き捨てならんな」


 アルトリアの瞳に、静かな、だが確実な「怒り」の炎が灯った。

 彼女は自分の「ジゴロ りょく」が王子をそこまで狂わせたことには多少の困惑を感じていたが、それ以上に、自分が愛し、守ってきた騎士団と王国が、私利私欲のために汚されていることが許せなかった。


「ハンス。……お前たちは、私を連れ戻しに来たと言ったな」


「は、はい……。王命でした。しかし、今の我々にそんな資格は――」


「いいや、連れ戻される必要はない。……私が、自らの意思で戻るからだ」


 アルトリアが、倒れ伏す五十人の騎士たちに、真っ直ぐに右手を差し伸べた。


「お前たち。……腐った王宮に戻り、あの変態化した王子に跪くのがお前たちの望みか? それとも、私と共に歩み、この国の『不浄』を根こそぎ叩き直すのが望みか?」


 その瞬間、五十人の騎士たちが、まるで一つの生き物のように跳ね起きた。

 彼らは迷わず、アルトリアの前で騎士の礼を取る。


「「「アルトリア様と共に、地獄までお供いたします!!」」」


 地響きのような咆哮。

 その忠誠心に応えるかのように、ダンジョンの壁が激しく明滅し、かつてないほどの轟音でファンファーレを奏で始めた。


『――判定:革命の夜明け(レボリューション・ドーン)! 私利私欲を断ち、真の王を戴く決意! これぞ、これぞ魂の美学ですわッ!!』


 空から黄金の光が降り注ぎ、ハンスたちの煤けた、ヒラヒラの「王子仕様」の鎧を包み込んだ。

 光が収まった時、彼らの装備はアルトリアの銀色に合わせた、質実剛健かつ神々しい『美神の鉄甲アイアン・グラディウス』へと進化を遂げていた。

 さらに、アルトリアの手の中には、美の女神の紋章が刻まれた黄金の軍旗が握られていた。


「……ダンジョンの加護か。面白い。……行くぞ、お前たち! ターゲットはナルシスタ王都、黄金の結婚式場だ! マリエル、レベッカ、シェリー! お前たちも付いてこい!」


「もちろんですわ! あのゴミの結婚式、私が特大の花火(爆発)で祝って差し上げますわ!」


「アル姉様! 王子の左腕、私が無理やり引き剥がして、ついでに全身に筋肉痛の呪いをかけて差し上げるのです!」


「ひゃはは! お宝の匂いがプンプンするねぇ。王宮の金庫、空にしていいんだよね?」


 シェリーの問いに、アルトリアは不敵に口角を上げた。

「ああ、構わん。……あんな男に使わせるよりは、お前の懐に収まる方がマシだ」


 ◇


 その頃。王都の王宮では、カイル王子の『バカ日記』に、震えるような文字で狂気が書き殴られていた。

『○月×日。

 ついに、ついに明日は僕とルージュ(左腕)の結婚式だ。

 式場はすべて純金で覆わせた。民たちがパンがないと騒いでいるようだが、そんなことより僕たちの愛のケーキを焼く方が先決だろう?

 ハンスたち近衛騎士団が、アルトリアを連れて戻ってくるとの報せがあった。

 フッ、やはり。彼女は僕の結婚を阻止したくて堪らないのだ。

 式の最中に乱入し、僕の足元に縋って『その腕ではなく、私を見て!』と泣き叫ぶ彼女の姿が目に浮かぶよ。

 いいだろう。披露宴の余興として、彼女を僕の奴隷(侍女)にしてあげることにしよう。

 ああ、楽しみだ。僕という男は、どうしてここまで全女性を虜にしてしまうのだろうか』


 王子は、自分の左腕に優しくキスを落とし、鏡に映る自分の「真っ赤な唇」を眺めてうっとりとしていた。

 彼の背後で、ボルドー団長がニヤニヤと卑屈な笑みを浮かべ、着服した金貨を数えていることにも気づかずに。


 だが、彼らはまだ知らない。

 ダンジョンのバフを受け、時速百キロを超えるスピードで王都へと爆走してくる、銀色の死神軍団の存在を。


「……ハンス、速度を上げるぞ! 私の筋肉(魂)が、あの不浄を早く叩き潰せと叫んでいる!」


「了解です、アルトリア様! ……野郎ども、遅れるな! 我らが副団長の進軍だッ!!」


 王都の民たちが、地平線の彼方から立ち昇る黄金の砂塵を目撃した時。

 それは、愚かな王子と無能な団長に引導を渡す、史上最強の「ざまぁ」の幕開けとなるのであった。


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