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38歳の新人衛兵、不眠症の年下騎士団長に「抱き枕」として徴用される  作者: 団田図


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第28話 雨上がりの帰還

 ベルンの絶叫と共に、クラウスは残った魔力を全て剣に注ぎ込んだ。


「凍てつけ!!――氷葬閃技昇アイスウィズゥ!!」


 切っ先から放たれた絶対零度の閃光が、雨粒ごと空間を凍結させた。

 ヴァルデングが防御魔法を展開しようとするが、遅い。

 足元から一瞬にして氷が這い上がり、その体を拘束する。


「ぐ、おぉっ……!?」


 ヴァルデングは氷柱の中に閉じ込められ、身動きを封じられた。

 首元に、クラウスの剣先が突きつけられる。

 勝負あった。


「……く、くく……」


 ヴァルデングは凍りついた唇で、それでも笑った。


「残念だよ、クラウス。……殺せ。それで君は完成する。親代わりの私を殺して、君は真の『処刑人』になるんだ」


 最期まで、この男はクラウスを自身の作品として完成させようとしている。

 クラウスの手が震えた。

 殺意はある。こいつを生かしておけば、また誰かが犠牲になるかもしれない。

 だが。


(……団長)


 脳内に、静かな呼びかけがあった。

 制止ではない。ただ、そばにいるという合図。

 その温かさが、クラウスの手の震えを止めた。


「……断る」


 クラウスは剣を引いた。


「私には、新しい『父』は必要ありませんから」

「……何?」

「私には……帰る場所ベルンが必要なので。人殺しの手で、あいつのスープを飲んだら、うまくなくなる」


 クラウスは冷ややかに見下ろした。


「貴様は法で裁く。弟を殺されたベルンのために、そして貴様が利用した全ての犠牲者のために。……その罪、生きて償え」


 その時。

 屋敷の外から、けたたましい蹄の音が響いてきた。

 ベルンが手配していた、治安維持局監査室の直轄部隊だ。


「確保ーッ! ヴァルデング判事、並びにその私兵を拘束せよ!」


 雪崩れ込んでくる騎士たち。

 ヴァルデングは抵抗することもできず、数人の騎士に取り押さえられた。

 連行されていく彼の背中は、もはや王都の守護者ではなく、ただの哀れな老人に見えた。


 騒乱の中。

 クラウスはその場に立ち尽くしていた。

 緊張の糸が切れ、膝が笑っている。

 視界の端が白く霞む。魔力の使いすぎだ。


「……団長ッ!!」


 聞き慣れた声。脳内ではなく、鼓膜を震わせる生の声。

 振り返ると、遠くからベルンが、泥まみれになって走ってくるのが見えた。


 その姿を認識した瞬間。

 フツリ。

 頭の中で繋がっていた回路が、唐突に切断された。

 双眸連結デュアル・リンクの解除。


「……がッ、あぁっ……!」

「ぐっ……!」


 同時に、二人はその場に崩れ落ちた。

 リンクが切れた反動。

 そして、共有していたダメージが一気に肉体にフィードバックされる。


 ベルンが滑り込むようにして、倒れゆくクラウスを受け止めた。

 ガシッ。

 泥だらけのテラスで、二人は縋り合うようにして座り込んだ。


「……ハァ、ハァ……無事ですか、団長……」

「……無事な、ものか……。全身が、バラバラになりそうだ……」


 クラウスはベルンの腕の中で、苦しげに息を吐いた。

 脇腹の傷が痛む。

 だが、それ以上に――ベルンの肩の傷、足の疲労、そして頭痛までもが、自分の感覚として残響している。

 痛い。重い。

 けれど、温かい。


「……ベルン。……痛ったぁ……」

「……私もです。……貴方の脇腹、けっこう深くやられてますよ」


 ベルンは顔をしかめながら、それでも嬉しそうに笑った。

 互いの傷の痛みが、相手が生きている証拠だと噛み締めるように。


「……馬鹿な、魔法だ……」

「ええ。二度とごめんです」


 クラウスはベルンの胸に顔を埋めた。

 雨に濡れた軍服からは、泥と血の匂いがする。

 だが、その奥にある、あの「干し草のような」匂いは変わらない。


「……終わったな」

「はい。終わりました」


 ベルンが、クラウスの濡れた銀髪を、大きな手でゆっくりと撫でた。

 子供をあやすような、優しい手つき。

 クラウスの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 それは悲しみの涙ではなく、長い悪夢から覚めた朝露のような涙だった。


「……団長。約束通り、お返しします」


 ベルンは泥だらけの手で、胸ポケットから銀色の金具を取り出した。

 アルゼイン家の家宝である飾緒の先端。生きて戻るための担保として預かっていたものだ。

 だが、クラウスはその手を押し戻し、ベルンのてのひらをギュッと閉じさせた。


「……いらん。持っていろ」

「ですが、これは大切な家宝でしょう」

「勘違いするな。やるわけではない。……無期限で『貸して』やるだけだ」


 クラウスは懐から、あの小さな銀のスプーンを取り出し、悪戯っぽく唇の端を吊り上げた。


「だから、貴様のこれも私が借りておく。……担保の更新だ」

「……はは。随分と長い契約になりそうですね」

「当然だ。私の舌が飽きるまで……いや、一生付き合ってもらうぞ」


 銀の金具と、銀のスプーン。

 互いの命の一部のような二つの金属が、泥にまみれた二人の絆を、何よりも強く、永遠のものとして結び直していた。


「……帰るぞ、ベルン」


 クラウスは掠れた声で言った。


「……腹が、減った」

「ええ。帰りましょう、団長」


 ベルンは微笑み、クラウスの体を強く抱きしめ直した。


「我がキッチンへ。……とびきりのオムライスを作りますよ」


 雨上がりの夜空に、雲の切れ間から月が覗いていた。

 二人の英雄は、泥の中で寄り添い合い、確かな体温を分かち合っていた。

 それは、どんな魔法よりも強く、二人を繋ぎ止める絆の形だった。

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