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38歳の新人衛兵、不眠症の年下騎士団長に「抱き枕」として徴用される  作者: 団田図


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第27話 痛みさえも愛おしく

 再び降り出した豪雨が、ヴァルデング邸の石造りのテラスを叩きつけていた。

 雷鳴が轟くたび、闇の中に無数の「歪み」が浮かび上がる。

 カチ、カチ、カチ……。

 耳障りな顎の音が、雨音に混じってサラウンドで響く。

 透明魔獣ステルス・マンティス

 その数は三十、いや五十か。

 完全に包囲されている。


 ヴァルデングは、テラスの奥にある安全圏で、優雅に腕を広げていた。


「さあ、始めようかクラウス。私の最高傑作である君が、どれほどの舞を見せてくれるのか」


 狂気じみた慈愛の笑み。

 クラウスは、ゆっくりと瞼を閉じた。

 自身の青い瞳――「氷の処刑人」としての視覚を、自ら遮断する。


「……ベルン」


 心の奥底に、声を落とす。


(……聞こえていますよ、団長)


 脳内に、男の声が直接響いた。

 太く、低く、そして温かい声。

 同時に、閉ざしたはずの視界が、ぐわりと開かれた。

 見える。

 雨の粒、風の流れ、そして空間に溶け込んだ魔獣の輪郭までもが、サーモグラフィーのように鮮明に浮かび上がっている。

 それは、遠く離れた場所にいるベルン・ガーランドの「観察眼」が捉えた世界だった。


「私の命を預ける。……貴様の目で、私を導いてくれ」

(ええ、私が全部(とら)えてみせます。貴方の剣が迷わぬように)


 カッ!

 クラウスが開いた左目は、いつもの青色ではなく、陽だまりのようなはしばみ色に輝いていた。

 魔法契約「双眸連結デュアル・リンク」。

 二人の魂を繋ぐ、禁断の秘術。


 シュッ!

 風切り音と共に、見えない鎌がクラウスの首を狙う。

 だが、クラウスはそれを見ることなく、紙一重で首を傾けて回避した。


(右、3体! 低い!)


 ベルンの指示が思考よりも速く脳髄に届く。

 クラウスの体は、まるで糸で操られる人形のように――否、完璧なパートナーとダンスを踊るように、流麗に回転した。


「――凍てつけ!」


 旋回と同時に放たれた冷気が、襲いかかる3体の魔獣を一瞬で氷像へと変える。

 砕け散る氷の破片。


(後ろだ! 跳んでっ!)

「ハァッ!」


 クラウスが跳躍する。その直下を、巨大な顎が空振る。

 空中で体勢を入れ替え、脳内に映る「赤いマーカー(ベルンが敵だと認識した箇所)」を目掛けて剣を突き立てる。

 断末魔。

 緑色の体液が雨に混じって飛散する。


「……素晴らしい」


 ヴァルデングが感嘆の声を漏らした。


「目が見えていないはずなのに、まるで背中に目がついているようだ。……これが、君の新しい力か?」


 ヴァルデングが指を鳴らす。

 魔獣たちの動きが変わった。

 個別の攻撃ではない。波状攻撃。

 前後左右、上下。全方位からの同時飽和攻撃。


(くっ……数が多い! 団長、防御を!)


 ベルンの焦りが、ダイレクトな感情として流れ込んでくる。

 クラウスは氷の障壁を展開するが、防ぎきれない。


 ザシュッ!


「ぐっ……!」


 死角からの一撃が、クラウスの左脇腹を浅く切り裂いた。

 鋭い痛みが走る。

 さらに、その瞬間。


(うぐっ……!)


 脳内で、ベルンの苦悶の声が響いた。

 リンクしているベルンにも、同じ痛みが伝播したのだ。


「ベルンッ!?」

(気にしないで! 大丈夫です……それより、次が来ます!)


 視界が揺れる。

 ベルンが痛みに耐えながら、必死に焦点を合わせ直しているのが分かる。

 脂汗を流し、歯を食いしばるベルンの顔が、まるで自分のことのようにリアルに感じられる。


「……痛いだろう?」


 ヴァルデングが、冷ややかに笑った。


「君は繋がっている男と、痛みを分かち合っているのか。……愚かだねえ。自分一人なら、痛みなど切り捨てて戦えるのに。他人の痛みまで背負い込んで、君の剣は鈍る一方だ」


 ヴァルデングの手から、どす黒い魔力の波動が放たれた。

 それは魔獣たちを狂暴化させ、さらに執拗にクラウスを追い詰める。


「君の両親を処理した時もそうだった。彼らは君を愛していると言いながら、君の才能を『普通の幸せ』という枠に閉じ込めようとした。だから私が解放してあげたんだよ。……君という完璧な剣を作るためにね」


 雨の中で、ヴァルデングの声が呪いのように響く。


「邪魔な兄も消した。君の心を乱す不純物は、すべて私が排除してきた。……それなのに、君はまた、そんな薄汚い中年男を『弱点』として選ぶのか?」


 ドクン。

 クラウスの心臓が跳ねた。

 親殺し。

 兄の死。

 すべては、私のために?

 私が、この男に愛される「完璧な人形」であるために、大切な人たちが殺されたというのか。


(……ふざけるな)


 脳内に、怒りの声が響いた。

 クラウスの声ではない。

 ベルンの声だ。


(団長。……耳を貸していけません。そいつの言葉は、全てノイズだ)


 視界のリンクを通して、ベルンの体温が、鼓動が、そして魂の熱が流れ込んでくる。

 それは恐怖や痛みを押しのけ、クラウスの凍えそうな心を内側から温める。


(貴方は人形じゃない。……私が作ったスープを美味いと笑った、ただの人間だ! 痛みを感じるのも、苦しむのも、貴方が生きている証拠だ!)


 ベルンの叫びが、クラウスの迷いを焼き払った。

 そうだ。

 私は痛みを感じる。

 脇腹の傷も、ベルンと共有しているこの熱も、すべて私が「ここ」にいる証明だ。


「……黙れ、ヴァルデング」


 クラウスは顔を上げた。

 その左目――榛色の瞳が、かつてないほど強く輝く。


「私が選んだのは弱点ではない。……私の生きる『かて』だ!」


 クラウスが地を蹴った。

 泥を巻き上げ、魔獣の群れへと突っ込む。


(私が目になる! 3時の方角、低い! そこが突破口だ!)


 ベルンの声が導く。

 クラウスの剣が、雷光のような速度で閃く。

 一閃。二閃。

 迫りくる透明な鎌を、見ることなく弾き返し、カウンターで首を刎ねる。


「なッ……!?」


 ヴァルデングが目を見開いた。

 速い。

 以前よりも、さらに研ぎ澄まされている。

 一人の視界では捉えきれない死角を、もう一人の目がカバーし、完璧な防御と攻撃を成立させている。

 一心同体。

 二人の呼吸が完全にシンクロし、戦場を支配していく。


「馬鹿な……不純物が混ざれば、濁るはずだ! なぜだ、なぜより鋭くなる!」

「貴様には分からんさ! 一人で完璧であろうとする貴様にはな!」


 魔獣の壁が崩れた。

 クラウスの目前に、ヴァルデングの姿が露出する。


(今だッ!! 行けぇえええッ!!)

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