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38歳の新人衛兵、不眠症の年下騎士団長に「抱き枕」として徴用される  作者: 団田図


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第22話 倉庫の罠

 夕刻。

 第零班の執務室に、一通の速達が届いた。

 差出人は『王都治安維持局』。

 内容は、先日の魔獣襲撃事件に関する重要参考人としての出頭命令だった。


「……来たか」


 ベルンはその手紙を見つめ、静かに呟いた。

 指定された場所は、王都の外れにある廃棄区画の第4倉庫。

 事情聴取にしては、あまりに人気ひとけのない場所だ。

 時間も、陽が落ちてからの指定。


 罠だ。

 分かりやすすぎるほどの罠だ。

 だが、ベルンに逃げるという選択肢はなかった。

 これに行かなければ、次はクラウスに危険が及ぶかもしれない。

 それに、これは好機でもあった。

 相手が直接手を下そうとしてくるなら、そこで決定的な証拠を掴めるかもしれない。


「……ギルバート一等兵」

「あ、はい! なんすか、ベルンさん!」

「俺は少し出かけてきます。……後のことは頼みました」

「え? あ、はい。……すぐ戻るんすよね?」


 ベルンの背中が、どこか遠くへ行ってしまうような気がして、ギルバートは不安げに聞いた。

 ベルンは答えず、寂しげに笑い、手紙を机の上に置いたまま部屋を出た。

 彼は給湯室へ向かい、ことことと煮込んでいた鍋の火を止めた。

 メモ用紙にペンを走らせる。

『クリームシチューです。温めて食べてください』。

 それを鍋の蓋に貼り付け、ベルンは執務室を出た。


   +++


 廊下に出ると、ちょうど外回りから戻ってきたクラウスと鉢合わせた。

 夕陽が差し込む長い廊下。

 二人の足が止まる。

 数メートルの距離が、永遠のように遠く感じられた。


「…………」

「…………」


 言葉が出なかった。

 言いたいことは山ほどある。

 謝りたい。信じてほしい。気をつけてほしい。

 だが、今の二人には、それを伝える言葉が見つからなかった。

 クラウスは気まずそうに視線を逸らし、ベルンはただ穏やかに、かつての上司を見つめた。


「……夕食、用意してあります」


 ベルンが絞り出したのは、そんな些細な日常の言葉だった。


「……ああ」


 クラウスは短く答えた。

 ベルンは一礼し、クラウスの横を通り過ぎていく。

 すれ違う瞬間、あの干し草のような匂いが鼻を掠めた。


(……待て)


 クラウスの心臓が、早鐘を打った。

 行かせてはいけない気がした。

 その背中を呼び止め、もう一度「帰るぞ」と言わなければならない気がした。


「……べ」


 名前を呼びかけた時、ベルンは角を曲がり、その姿は見えなくなっていた。


「……フン。どうせ、買い物だろう」


 クラウスは胸のざわめきを無理やり抑え込み、自分に言い聞かせた。

 執務室に戻れば、温かいシチューがある。

 それを食べれば、きっとこの不安も消えるはずだ。

 そう信じて、彼は扉を開けた。


   +++


 王都、廃棄区画。

 崩れかけたレンガ造りの倉庫が立ち並ぶその場所は、死のような静寂に包まれていた。

 ベルンは指定された第4倉庫の前で足を止めた。

 そこには、一人の男が立っていた。


「やあ。時間通りだね、ガーランド君」


 ヴァルデング判事だった。

 従者も連れず、たった一人。

 だが、その周囲には、異様なまでの「圧」が満ちていた。


「……判事殿自らのお出迎えとは、光栄です」


 ベルンは剣の柄に手をかけた。

 ヴァルデングは優雅に微笑んだ。


「君のスープの評判は聞いているよ。クラウスが絶賛していた。……一度、食べてみたかったが」


 パチン。

 ヴァルデングが指を鳴らした。

 瞬間、世界が歪んだ。

 倉庫の影、屋根の上、地面の窪み。

 あらゆる「空間」から、カチ、カチ……という硬質な音が響き始めた。

 一匹や二匹ではない。

 数十匹の透明魔獣の気配が、ベルンを取り囲んでいた。


「残念だが、最後の晩餐になりそうだね」


 ヴァルデングの目が、爬虫類のように細められた。


「やれ」


 号令と共に、見えない殺意が殺到した。


「――ッ!!」


 ベルンは剣を抜いた。

 だが、敵は透明。しかも多勢。

 風切り音だけを頼りに刃を弾くが、背後からの攻撃は防ぎきれない。


 ザシュッ! ズバッ!


「ぐあっ……!」


 肩が、見えない刃によって切り裂かれる。

 傷口は浅いが鮮血が舞う。

 ベルンは必死に剣を振るうが、それは虚空を切るばかりだ。


「無駄だよ。彼らは私の忠実な下僕だ。……君の弟のように、静かに逝きたまえ」


 ヴァルデングは安全圏から、ショーを楽しむように眺めている。


(……強いな)


 見えない魔獣たちがとどめを刺そうと迫ってくる。


 死ぬのか。

 ここで、復讐も果たせず、汚名を着せられたまま。


 危険な状況でベルンの脳裏に浮かんだのは、弟エミルの笑顔ではなかった。

 あの不器用で、偏食家で、寂しがり屋の騎士団長クラウスの顔だった。


 今頃、シチューを食べているだろうか。

 ちゃんと温めただろうか。

 俺がいなくなったら、またあの味気ないゼリー生活に戻るのだろうか。


「……はは……」


 それだけが、心残りだな。

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