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第92話 共生契約と急成長

「あなた、マルテスを奴隷にして何をするつもり?」


 レイナが眉を吊り上げ、マルテスを隠すように前へ躍り出た。


 彼女の反応は当然のことだ。感動の再開に水を差されただけでなく、おそらく好意を抱いているであろう相手を奴隷にしようとしている俺は、彼女の目にはさぞ怪しい存在に映っていることだろう。


 唐突で説明不足だった部分もあるが、俺自身、セフィリアたちを解放するためにマルテスを実験体にしようとしていることは否めない。

 うまく行けばマルテスのためにもなると思っていたが、結局は俺のエゴに過ぎない。


「あ、兄(あに)さん。兄さんのことだからなにか考えがあるとは思うんですが、奴隷契約はちょっと……」


 ライドも頭を掻き困った顔をしている。

 レイナもライドも、マルテスを思ってるからこその反応だ。やはりここは――――


「いえ! お願いします!!」


 マルテスが声を上げた。

 その目には強い決意。そしてその表情には、俺への厚い信頼を宿らせていた。


「ちょ、ちょっとマルテス! 奴隷だよ!? あいつはあなたを奴隷にしようとしてるんだよ!?」

「わかっています。でも、僕なんかをわざわざ奴隷にするためにオッド・ソーと戦うなんてしません。僕はリントさんを信じます」


 オッド・ソーの名前に、レイナのパーティメンバーたちが強い驚きを示した。


「マ、マルテス! それは本当なのか!? 彼がオッド・ソーと戦ったというのは!」

「にわかには信じられんが……」

「彼たちが帰ってくる前に起きた大爆発と何か関係が…… 方角も同じだ」


 おいおいマルテス。騒ぎを大きくするんじゃない……

 まあ奴隷契約のことをここで話した俺も悪いんだが。


 パーティの彼が大きな声を出したおかげで、場内もざわつき始めてしまった。


「今、あいつらオッド・ソーって言わなかったか?」

「た、確かに言ったな…… あの男が戦ったとか」


「おいお前ら、マルテスなんかに騙されるなよ」


 Bランクの腕輪を付けた、見た目は歴戦の猛者の風格を漂わせた男がジョッキをテーブルに強く置いた。


「氷獄のオッド・ソーと戦ったって? そんなわけあるか、討伐指定ランクも未定の存在するかどうかもわからない魔物だぞ。そもそも雪も滅多に降らないオルディアに出るなんて聞いたこともない」

「お、俺も本でしか読んだことないしな。なんだ嘘かよ、驚かせやがって」


 ふう…… 嘘だということでどうやら収まりがつきそうだ。誰かわからないがあの男に感謝だな。

 何度も言うが、俺はできるなら今は目立ちたくない。力を知られれば必ずそれを利用しようとするやつらが現れる。

 伝説の星骸ともなれば、恐れを抱く者がいる一方、その力を欲する者もごまんといるだろう。


 もし国にでも知られれば、断るにしても角を立てずにというわけにはいかない。

 王からの要請を断るのだから、そこには確実に軋轢が生じる。


 国に睨まれた状態では、目的を遂行するのにも大きな足枷になる。


 アルメデウス王のような人格者ならいざ知らず、この国に限ってはエルフ国との不可侵条約を破るような王だ。まともなはずがない。


 この手の国との摩擦は、できれば魔族等の受け入れ態勢が整ったあと。地盤を固めてからならむしろ大歓迎だが、今はまだその時じゃない。


 あの森の辺りには村や町はなく、近いのはこのエンドラだけだ。

 あの爆発だ、おそらく王命の調査が入るだろう。

 山越えの前に少し羽を休めるつもりだったが、のんびりはしていられなくなったな。よそ者の俺たちはただでさえ目をつけられやすい。


「マルテス、俺たちは明日の昼前にはここを発つ。彼女とよく話し合ってからでいい、その上でイエスなら宿に来てくれ」

「そ、そんな、もっとゆっくりしていっても……」

「用事を思い出してな。ザミルバルタへ急がないといけないんだ」


 マルテスは残念そうに俯いた。


「そ、そうですか……」


 レイナの強い視線を感じながら俺たちはギルドを後にし、宿へと戻ってきた。

 朝食を取っていなかったためブランチにしようと部屋に荷物を下ろし、一階へと降りてきた俺たちのところにマルテスはやってきた。


「随分と早かったな。彼女は納得させられたのか?」

「ええ……まあ。レイナさんは怒ってギルドを出て行っちゃいました」

「それでいいのか? 明日まではまだ時間があるぞ?」

「いいんです。これは僕の問題ですから」


 マルテスは決意を秘めた顔つきで、下を向いていた顔を上げ俺を見た。


「リントさんは”力がほしいか”と僕に言ってくれました。僕は力がほしい…… ニアとリクを守れるくらい強くなりたいです!! そのためなら、何だっていいんです、どんなことでも受け入れられます!!」


 マルテスの強い決意に、俺も覚悟が固まった。

 言い出しておいてなんだが、実は少し迷ってもいた。もちろん、マルテスの返答次第で契約をするつもりではいた。

 でも、それは幾分かの迷いを残した中で執り行うことになっただろう。

 今はその迷いがなくなった、という意味だ。



 俺たちは部屋へと戻り、契約の儀を行う準備を始めた。


 緊張からかロボットのようにぎこちなく動いているマルテスに俺は声をかけた。


「痛みとかはないからそんな緊張するな。俺にも伝染する」

「は、ははは、はい! よ、よよ、よろしくお願いします!」


 しかし、マルテスの顔からは不安とか疑心といったものは一切見られない。

 真っ直ぐに俺に向けられるその目は、一点の曇りもない。


 こんなに信頼されてしまっては尚更失敗できないな。


 本当なんだろうなぁ、リンネ。お前を信じるぞ?

 リンネに目を向けると、椅子に逆に座り我関せずといった感じでくつろいでいる彼女と目が合い、親指を立てウインクを返してきた。


 なにがグッッだ。まあここまで来たら信じてやってみるしかない。

 俺は指を噛み切り、奴隷紋が描かれた紙に血を数滴たらした。


「いくぞ」

「は、はい!!」


 俺が額(ひたい)に紙を近づけると、マルテスは強く目を瞑った。


 その時、



 コンコン――――



 部屋がノックされると、現れたのはレイナとライドだった。


「マ、マルテス…… いる?」

「レ、レイナさん。どうして」

「へ、へへ。やっぱ心配で来ちゃいました。兄さん」

「ライドさん」


 二人は少しバツが悪そうに部屋へと入ってきた。

 そういえばレイナは、マルテスと喧嘩してギルドを飛び出して行ったんだったな。


「やっぱり心配で……さ。ま、まだ私は反対なんだからね! 奴隷なんて」

「レイナさん……ありがとうございます。心配して来てくれて。ライドさんも」


 マルテスはまた涙で目を滲ませている。


「兄さん。マルテスを、よろしくお願いします」

「ああ、任せろ。必ず成功させる」

「せ、成功って……?」


 じゃあ始めるぞ。そう言って俺はマルテスの額に紙を当てた。

 紙を押し当てられた額が淡い光を発する。


 そして、マルテスの左の首に奴隷紋が浮かび上がった。

 紙を額から離すと、目を開いたマルテスが口を開いた。


「も、もう終わり……ですか?」

「終了だ」

「え? 奴隷契約ってこんな簡単にできちゃうの?」

「あっという間でしたね。こりゃあ金持ちどもが奴隷を集めるわけだ」


 そう、奴隷契約はとても簡素なもので誰でも十秒とかからずできてしまう。

 しかし、その手軽さに対してその効力は凄まじく、奴隷とされた人間の人生に深く強い呪いを刻む。


 これが成功すればすべてがひっくり返る。


「じゃあやるぞ、マルテス」

「え? あ、は、はい!」


 俺はマルテスの奴隷紋に手を当て、マナを集中させた。

 あの光の玉を作った要領と似ている。


 大気に漂うマナの力も借りて、俺はマナを送り続けた。

 すると、ほどなくして赤黒い刻印を刻んでいた奴隷紋が紫色に発光し、変色を始めた。


 リンネの言っていた通りだ。これは確か”守護契約”への進化。

 言っていたことは正しかった。じゃあこのままマナを送り続ければ――――


 俺は一層マナを強く送り続けた。


「うっ……うぅ」


 マルテスが少し苦しそうだ。急ぐあまり送る量を多くし過ぎたか?


「大丈夫か? マルテス」

「ちょ、ちょっと……体が熱くなって。でも、大丈夫です……」

「おそらくあと少しだ、耐えるんだ」


 紫色の紋様はその色を徐々に薄めていっている。もう少しだ。


 その時、紋様が今までになかった強い光を発し、部屋全体を眩く包み込んだ。

 窓からも激しく漏れた光はほどなくして落ち着き、部屋にいた面々は光で眩んだ目を薄く開け始めた。


「ふぅ。成功だ」

「え? ――――あっ!! 紋様が!!」


 レイナの声に、皆の視線はマルテスの首元に注がれた。

 赤黒く刻まれた呪いの象徴であった奴隷紋は、元々何もなかったかのように消えていた。


「えっ!? も、紋様がどうなったんです!? み、見えない!」

「ど、奴隷紋が消えちまった…… 兄さん、こ、これはどういうマジックを使ったんで……?」

「き、消えた?」


 マルテスは部屋の隅にあった姿見で自分の首を確認しに行った。


「消え……てる」


 俺はベッドに腰かけた。


「ああ、これでお前は奴隷じゃない」

「な、なにがなんだか…… あっ……」


 マルテスはフラフラとよろめき、それをライドが支えた。


「だ、大丈夫かよマルテス」

「は、はい。なんだか……何もしてないのにちょっとだけ疲労と倦怠感が」


 身体への負担は少しあるようだ。あれだけのマナを流し込んだんだから影響がない方がおかしいか。

 これだけで済んでるのが不思議なくらいだ。大部分は紋様に吸収されてるみたいだな。

 これくらいなら、屋敷の女性たちにも問題はなさそうだ。


「マルテス、動けるか? 試したいことがあるんだ」

「あ、はい、なんとか。試したいこととは?」

「エリオ、お前の剣を貸してくれ」

「う、うん」


 俺はエリオから剣を受け取り、マルテスに差し出した。


「リントさん、これは?」

「これはアルメデウス王から貰ったガエラ金属製の剣だ。三十キロ近くある」

「さ、三…… ってそれよりアルメデウス王って、ヴォルフ・ガーナインの英雄王じゃないですか!! リントさん、本当にあなたはいったい」


 大国の英雄王の知り合いだと知って、レイナも驚いているようだ。

 これで少しは俺のことを信じてもらえたかな?


「この剣を思いっ切り振ってみろ」

「そ、そんな重い剣、まともに振れませんよ! たかが荷物運びでさえ死にかけたんですから……」

「いいからホラ」


 マルテスは恐る恐る剣に手を伸ばし、両手で受け取った。


「あ、あれ……?(そんなに重くない?)」


 マルテスは手に取った剣に違和感を感じながらも、剣を振る構えを取った。

 そして、喉をゴクリと鳴らし、全力で剣を振った。


「きゃっ!!」


 振り抜かれた剣は強い風圧を刃先から巻き起こし、部屋の姿見を倒し埃を巻き上げた。


「――――マ、マルテス?」

「な、なんだ今のは!」


 へぇ。少々実直すぎるけどブレもなく悪くない素振りをする。

 父親も冒険者だったな。きっと父親に基本を教えられていたんだろう。


「リ、リントさん。この剣が重いって冗談だったんですか? っていうか、今の……僕が?」

「いや冗談じゃないぞ、ライドに渡して見ろ」

「兄さんも冗談きついっすよぉ。何か仕掛けがあるんでしょ? 俺を揶揄(からか)おうったってそうは…… ウオッ!!」


 ライドは手渡された剣を落としそうになり両手で抱えた。


「な、なんだよこりゃ! 鉛みてーに重いっす!」


 室内が騒然とする中、部屋のドアが軋んだ音を立てて静かに開いた。


 ドアから顔を覗かせたのは、一瞬誰かわからないほどに顔を腫らし、衣服もボロボロになったメアリーだった。

お読みいただき、ありがとうございました!


♦筆者より♦

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