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第91話 オブラリア帝国

 ――――大陸南西部。オブラリア帝国、帝都エリンダル・デ・アイラム。


 一人の兵が、警戒、用心という言葉を鼻で笑うように大きく開け放たれた扉をくぐり、宮殿の深奥に位置する部屋へと足を踏み入れた。


 足音が、どこまでも高い天井へと吸い込まれていく。

 磨き抜かれた大理石の床は鏡の如くシャンデリアの光を乱反射させ、広大な空間の果てを眩く彩っていた。

 黄金の刺繍が施された重厚なビロードのカーテンの向こうには、幾重もの静寂を従えるように、その男は玉座に深く腰を下ろしていた。


 兵は玉座の階下に跪き、男の言葉を待った。


「――――申せ」

「はっ、皇帝陛下」


 陛下と呼ばれたその男は、広大な領土を誇る帝国の長としては似つかわしくない、光をも吸いこみそうな艶のない漆黒の鎧をまとい、その手には秋霜三尺(しゅうそうさんじゃく)の如き剣を持ち、そのブレードを眺めている。


 男は、一瞥もせず横にいる初老の男に剣を差し出した。


「微かに汚れがある。手入れをしておけ」

「かしこまりました」


 兵はタイミングを見計らって口を挟んだ。


「よ、よろしいでしょうか」

「余が申せと言っているのが聞こえなかったのか?」


 男は猛禽類が獲物を見るような目で睨みつけた。


「も、申し訳ございません! 遥か東のオルディア国内と思われる場所で、巨大な爆発が観測されたとのことです」

「爆発? どの程度の規模だ?」

「はっ、距離があるため正確には分かりかねますが、居合わせた学者の意見ではこの帝都の機能すら停止しかねないほどの規模、だそうです」

「――――まあここから観測できるほどの爆発であることは確か。内乱の疲弊に乗じて一気に掌握しようと兵を動かす準備をしていたのだが…… お前たち、どう思う?」


 玉座の背後から気配も感じさせずに男と女が姿を現した。

 にやけているが目に冷酷さを宿した女と、仮面のように無表情な、重厚な鎧に身を包んだ騎士だ。


「あたしは興味がありますねぇ。ご命令を頂ければ今すぐにでも向かいますけど? 英雄と名高いガイネルにも興味がありますし」

「俺は少し様子を見たほうがよろしいかと思います。ここから観測できるとなると禁呪並みの魔法か、それに匹敵する脅威があるとしか考えられません。事を急ぐのは危険かと」

「ベイリウス~? 人生は儚く一度きりなのよ、もっと楽しまないと。ジジイババアになって動けなくなってからじゃなーんにも楽しくないじゃない? ――――真面目過ぎるのよあんたは」


 女は最後の言葉だけ、にやけた笑顔を消し語気を強めた。


「お前が楽しんで帝国が潤うならそれでもいいがな。お前はもっと自分の立場を自覚するべきだと俺は提案する」

「うるせーんだよこの糞溜めが。あたしに上からもの言ってんじゃねーよ。殺すぞ?」

「俺とお前が殺し合うことで何らかの利益になるのなら今すぐ斬り捨ててやろう」

「んだとてめぇ……」

「よさんか二人とも。陛下の御前でなにをしているバカ者め」


 先ほど剣を渡された初老の男が戻ってきた。

 男は剣を皇帝に手渡すと、品のある身のこなしで脇へと避けた。


「申し訳ございません陛下。あとできつく言っておきますゆえ」

「フ…… ンハハハハハッッ!! ハイゼルよ、構わん。そなたらの武功を考えれば取るに足らん戯れよ。ここはベイリウスの意を酌み少し静観するとしよう」

「僭越ながら私もその方がよいかと思われます。瘴気の研究でも、おおよそですが植民地とした国や土地の四千人の兵と民間人二千人の犠牲が出ております」

「なにか進展はあったのか? ハイゼル」

「前進はしていると自負しております。しかし、内部は魔素だまりが思いのほか濃く、まだ人間では――――」

「そうか。研究には兵ではなく潰しが効かない民間人を選定して使うように言え。植民地の兵には再教育を徹底し、反発する者は即時公開処刑しろ。

 苦しめて命乞いをするまで追い詰めて殺せ。良い見せしめになる」

「仰せのままに」

「――――して、エミレナはどうしている?」

「エミレナ様は、七つの小王国のうち暴動を起こした二国を鎮圧し、レイナムルへと帰還されているころと存じます」

「そうか。私が顔を見たがっていたと伝えておけ」

「かしこまりました」


 ――――オルディアの地に不穏な影か。と、皇帝アレス・ファブロ・ジークフリートは鏡面のように磨かれたブレードに己の顔を映した。



♢ ♢ ♢



 エンドラの街へと戻ってきた俺たちは目立たないよう農村部に降り立ち、二人を下ろした。


「あ、あんたたち。今空から来んかったか?」

「あーいや、気のせいじゃないですか?」


 農民の男性は目をこすり首をかしげている。気を付けたつもりがいきなり目立ってしまった。


 飛行魔法は複雑な術式ゆえに高度な魔法だが、扱える人間は少ないがいる。

 しかし、元々はマナと反発し合う性質を持つ魔素を扱う魔族が得意とする魔法のため、忌まわしき魔法と抵抗を示す者も少なからずいるらしい。これもエルメリアさんの受け売りだ。


 出発した時は街中で飛び上がってしまったが、頭に血が上っていたのと急を要していたために仕方がない。……ということにしておこう。


「はぁ~…… 無事に帰ってこれた」


 メアリーが力なく地面にへたり込んだ。


「リントさん、本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいのか……」

「礼なんか別にいいさ。それより、これからギルドへ向かうんだろ?」

「はい。レイナさんにこれを返さないといけないので」


 マルテスは胸元から大事そうにタリスマンを出した。


「そうだな。彼女がお前の命の恩人だ、それこそちゃんと礼を言わないとな」

「――――はい」

「で、お前はどうするんだ?」

「わ、私? あなたたちについて行くわ。ボルドたちもギルドにいるかもしれないし」


 俺たちはギルドへと向かった。扉を開くと、居合わせた者たちの視線がマルテスに注がれた。

 皆、まるで幽霊でも見ているかのように固まっている。


「――――マ、マルテス……?」


 レイナが目を丸くして呟く。


「ほら、入れマルテス」


 俺はマルテスの背中をポンと押した。


「あ、あの、その、レイナさん……」


 もじもじとするマルテス。レイナもマルテスの方に一歩、小さく足を踏み出した。


「――――ただいま」

「マ、マルテスーーーーーーーッッ!!!!」


 レイナは走り、マルテスに抱き着いた。


「すっごく!! すっごく心配したんだからねッ!!!! 生きててよかったッ!!!!」

「レ、レレレ、レイナさん!? あ、ちょっと! みんなが!!」


 泣きじゃくるレイナと、キョロキョロと辺りを気にするマルテス。


「へ、へへへ。今は邪魔しないほうがいいっすかね」


 目に涙を浮かべ、指で鼻をこすりながらライドがいった。


「そのほうが良いかもな」


 俺はその光景を見て、胸の奥から甘酸っぱいような気持が込み上げた。


「あ、あのレイナさん! く、苦しいのでちょ、ちょっと離れて」

「なによ…… 離れてなんて失礼ね。グスン」

「ち、違うんです。 あの、これ…… 返したくて。ありがとうございました」

「私のタリスマン……」

「これのおかげで死なずに済みました。レイナさんとリントさんは僕の命の恩人です」

「えへへ…… よかった。役に立って」


 一区切りついたみたいだな。

 俺もマルテスに話したいことがある。


「マルテス、こんな目に遭ったあとだから聞くが、これからも冒険者を続けるのか?」

「はい。これしか妹たちを食べさせていくことはできませんし、素材採集でも寝ずに頑張ればなんとかなりますから。家は……追い出されると思いますけど」


 これを提案するには俺にも迷いがあった。もしリンネの言ってることが間違っていたら?

 俺の力じゃ解決できなかったら?


 でも、仮にそうだった場合は、俺が彼らを全面的に支えてやろう。そうも思っていた。


 俺はフードマントの中のバッグを漁り、紙を取り出した。


「リントさんそれは――――」

「マルテス、力がほしいか?」

「え? それは……喉から手が出るほどほしいですけど」

「そうか。だったら、俺と契約しろ」

「え!?」

「あ、兄さん、それは奴隷契約の紙じゃないですか!」


 俺の行動に、場は騒然となった。


お読みいただき、ありがとうございました!


♦筆者より♦

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