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第88話 命の残火

「おい…… マルテスはどうした」

「あぁ?」


 目が合った瞬間、男の顔がこわばるのを俺は確認した。

 しかし…… ああクソ。頭が割れるように痛む。


 俺は、身体の中に渦巻く黒いものが暴れ出しそうになるのを必死に押さえた。

 激しい頭痛も相まって非常に不快だ…… また何かが俺に囁いてくる。あの時と同じだ。黙れッ……


「うっ……」

「ひっ!!」


 目の前にいる三人が酷く怯えている。

 おそらく、今の俺はそれだけひどい顔をしているんだろう。


「――――答えろ」

「ま、待ってくれ! マルテスとは…… そうだ、はぐれちまったんだ! 今から探しに行こうと作戦を練ってた。なぁ!」

「あ、ああ!」

「え、ええそうよ、ギルドに救助隊を要請するか私たちが今すぐに向かうか話し合っていたの!」


 ……救助となるとどれだけ迅速に動くかが生存率を高める鍵だ。

 おおよその場所を聞いて、救助隊やこいつらよりも俺が飛んで向かった方が――――


「嘘よ!!」


 後ろから女の声が聞こえ、俺は振り向いた。

 立っていたのは、こいつらと一緒に依頼を受けていたであろうパーティの女の子だった。


「この女が…… ガルムから逃げるマルテスに風魔法で攻撃したのを見たわ!!」


 女は目に涙を滲ませ、その表情から強い怒りを感じる。マルテスの関係者か何かか?

 それはそれとして……


「それは本当なのか!? レイナ!」

「ええそうよ!! こいつらは狙われた自分たちが助かるためにマルテスを犠牲にしたの!!」

「な、なんて非道な……」


 俺の身体からまた黒と緑の粒子がにじみ出る。

 まずいな、今の俺にはまだ抑えきれない。


 ギルド内のテーブルや書棚が地震の初期微動のようにガタガタと揺れ始めた。


「な、なんだ!? 地鳴り? 地震か!?」


 ギルド内がざわつき始める。

 その時、セフィリアが俺の手にそっと触れた。


「リント様…… どうか落ち着いてください」


 心配そうに見つめる彼女の透き通るような目に、俺の心は少しだけ平常心を取り戻すことが出来た。

 そして揺れは収まった。


「ありがとうセフィリア。 ――――それで」


 俺は鋭く睨みつける。


「今の話しは本当なのか?」


 問い詰められた男は最初は萎縮したような態度を取ったが、勢いよく椅子から立ち上がるともう一組のパーティを指さした。


「ああそうだよ!! 悪いか!! だがな、そのおかげでお前らも四人揃って今ここにいられるんだ!! 部外者みてーな顔して人を責めてんじゃねーよ!!!!」


 パーティの四人は言葉を詰まらせて下を向いた。言い返す言葉もないといった感じだ。


 だが、こいつらがマルテスを捨て石のように扱ったことははっきりとした。


「キャッッ!! 何するの離して!!」


 俺は一番近くに座っていたこのパーティの女の襟首を掴み、立ち上がらせた。


「マルテスを最後に見た場所に俺を案内しろ」

「い、いい、嫌よ!! あんなところもう戻りたく――――うえッッ!!!!」


 俺は襟を絞り首を締めあげた。


「俺は案内しろといったんだ。イエスかノーかは聞いてない」

「お、おいテメ―!!!! メアリーを離しやがれ!!!!」


 男二人は立ち上がり俺に襲い掛かろうとした。だが男たちは一歩も歩を進めることなく、どこからともなく現れたアルマによって一瞬で制圧された。


「ゴフッ…… うぅ……」

「……」


 一人は血を吐き倒れ、もう一人は涎(よだれ)を垂らして気を失っている。


「リント様にテメ―とは無礼を通り越して愚か。ご指示があれば今ここで四肢をバラバラにして切り刻んでやるものを……」

「ボ、ボルド!! アレン!!」


 場内はその光景に静まり返った。


「お、おい…… あいつらって確かAランク……だったよな?」

「あ、ああ。間違いない。それを二人同時に一瞬で」


 俺は女を引きずりながら出口へと向かった。


「い、いや!! お願い離して!! 助けて!!!!」


「アルマ、リンネ。エリオたちを少しの間頼む」

「かしこまりました」

「了解ニャ(澄ました綺麗な顔してとんでもない女ニャ。ボスには無礼を働かない方が良さそうだニャ)」


 ライドが真剣な面持ちで走ってくる。


「兄さん! 俺も連れて行ってくれ! あいつは、登録した日から知ってる弟みたいなもんなんだ! 自分のことはあまり話してはくれなかったが…… 頼むよ!」

「二人を抱えて飛ぶのは時間のロスになる。ここで待っててくれ」

「……わ、わかりやした。マルテスをよろしく頼むよ兄さん!! ……え、飛ぶって兄さん剣士なんじゃ」


 ドアから出ると、また誰かが声をかけてきた。今度はさっきの女の子と初老の髭の男だった。


「あ、あの……マルテスを助けてあげてください。お願いします!」


 そういって女の子は頭を下げた。

 その顔は憔悴していて、もう生きてはいないだろうという諦めの色を感じた。


「君は?」

「あ、あの…… 一緒に旅をしていて……それで仲良くなって……」

「――――わかった。必ず助けるよ」

「お若い旅の人、この子は、レイナはあの少年を助けようと戻ろうとした。だが私がそれを無理やり止めだんだ。申し訳なく思っている……よろしく頼む」


 俺は小さくうなずき階段を降りると、一気に上空高く舞い上がった。


「きゃ、きゃああぁぁーーーーー!!!! お、お願い!! おお、お、落とさないで!!!!」

「安心しろ、お前には何もしない。早く案内してくれ」

「ほ、本当に何もしないのね!? わ、分かったわ」


 俺は、女の案内でマルテスが最後にいたであろう場所に飛んだ。



*******



「――――こ、ここよ」


 その場所までは一時間ほどで到着した。

 もっと早く飛ぶこともできたが、女が風圧で喋れなくなったため少し遅くしてやった。


 その場所には大きな血だまりができ、土を黒く染めていた。そしてその周辺には――――



 マルテスのものと思われる破れた衣服の布切れや、引きちぎられた腕や足が落ちていた。

 女は、この状況を目の当たりにして初めて自分が犯した罪の重さを理解したのか、口を抑えて震えている。


 マルテスの亡骸は…… すでにガルムたちにどこかへ運ばれたか。辺りを見回してもどこにも見つからなかった。


 見つけたのは、森へと続く一定間隔の血痕のあと――――


 血痕!?


 俺は違和感に気づいた。ガルムに持ち去られたのなら、おそらく引きずられていくはず。これだけの血だまりが出来るほどの流血だ。その場合、土に血の道が出来るはずだ。

 しかしこの血のあとは滴ってできたものだ。


 俺は森へと意識を向けた。


 わずかだが、今にも消え入りそうなマナの反応を感じる。これは――――


 マルテスと常に一緒にいたわけではないからこれが彼のものだとは断定はできないが、このマナは人間のものだ。状況を考えると彼のものである確率は非常に高い。


 俺は森へと駆けた。反応を元に草木をかき分け進む。


 草や木の幹が不自然によけられた空間を発見した。よく見ると、土から人間の顔のようなものが半分見える。

 俺は急いで駆け寄った。


 被せられた土を払いのける。俺は安堵の息を深く吐いた。


 マルテスだ。しかも、弱々しいがまだ呼吸をしている。これなら助けられる。


 おそらく、土に獲物を埋めて隠す習性のある魔物か動物が彼を埋めたんだろう。


「マルテス、よく頑張ったな。今治してやるから」


 俺はマルテスの治癒を始めた。

 森の外から一人にしないでという女の叫び声が聞こえるが、今は無視だ。

 あれでは逆に魔物をおびき寄せてしまうぞ。正直どうでもいいが。


 治癒の光で、森の中が緑色にライティングされたかのように発光していく。


 無くなったマルテスの手足が再生していき、うつろに曇った目に光が戻った。

 彼はゆっくりと起き上がり、俺をきょとんした顔で見ている。


「リ、リントさん? どうしてここに? ぼ、僕は……ガルムに…… あ、――――」


 マルテスは右手に握られたタリスマンを見た。


「これは、レイナさんの」

「このタリスマンには治癒魔法が込められてるな。今はほぼ空になってるみたいだが」

「――――これの、おかげで……僕は」

「ああ。多分このタリスマンの治癒魔法がお前を生かしてくれたんだ」


 マルテスはタリスマンを愛おしそうにギュッと胸に当てた。


「あっ! そ、そういえばガルムたちは!?」

「もう近くにはいないみたいだな。群れで移動でもしたんだろう。お前を置いていなくなったのは少し不自然だが――――」


 その時、森の木々が激しく揺れ、バキバキと音を立てながら何者かがこちらに近づいてくる。


「り、りり、リントさん! これは――――」

「ああ。ガルムが逃げた理由はどうやらこいつのようだ」


 姿を現したそれは、十メートルはありそうな、例えるなら異形のグリズリーのような白銀の毛皮を纏った魔物だった。

 獲物を横取りされたと思ったのか、涎を垂れ流し怒りの形相で俺を威嚇している。


「こ、こいつは…… ま、魔獣学の本に載っていた”オッド・ソー”だ……」

「オッド・ソー?」

「は、ははは、はい。大陸の南西の山林に生息する魔獣で、討伐指定ランクは未定…… な、なんでこんな厄災級の魔獣が……!」


 マルテスは目に涙を浮かべながらガタガタと震えている。


「リントさん、に、逃げないと…… せっかく生きれたのに……こんな」


 ――――マルテスにならいいだろう。


「大丈夫だマルテス。俺がついてる」


 俺はマルテスの肩を力強く掴み、見えないように気を付けていた冒険者リングを見せた。


「――――え……それは…… 漆黒の……認証石?」


 俺はオッド・ソーに向かって剣を抜いた。


「リ、リントさん…… いえ、リント様はア、ア、アダマンタイトの冒険者様だったんですか!?」


 俺はマルテスを振り返り二ッと笑った。



「さあマルテス!! こいつを倒して街に帰るぞ!!!!」

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