第87話 捨て石
「セーラ、レイナ。落ち着くんだ」
「そうだぞ。こんな所を不意に襲われでもしたら陣形すらままならん。それに依頼主を不安にさせるのはプロとして失格であるぞ」
「――――そうね、悪かったわ」
「私も、冷静さを欠いてしまっていた」
「あんたたちもすまなかった。だが、見るからに辛そうだ、少し荷物を――――」
「だ、大丈夫です!!!!」
「……本当に大丈夫なのか?」
「はい。 ご心配して頂きありがとうございました。助かりました。さあ、先を急ぎましょう」
マルテスが俯きながら声を張り上げ、荷物を背負うと歩き始めた。
銀梟の四人もそれが虚勢であることは一目瞭然だったが、彼本人がそう言うのならば他にかける言葉は見つからなかった。
「なんなのあいつら、こっちを見てニヤニヤして」
「ああ。とても不快だな、組むパーティを間違えたんじゃないのか? カイ」
「我慢するんだ。依頼が終わればもう関わらなければいい。今は護衛に集中するんだ」
「……そうね」
――――その後も何度か魔物と出くわした一行だったが、大物には出くわすことはなく、無事に森の手前にたどり着いた。
「はあ、はあ…… やっと……着いた……」
「マルテス!」
再び倒れ込むマルテスにレイナが駆け寄った。
「おうおうマルテス。かわいい子に介助してもらえて羨ましいこった。妬けるねぇ」
「あなた、本当に最低な男ね!」
「フンッ。 おい、ここで朝まで休むんだろ?」
「――――ああそのつもりだ。あと、不必要にうちのパーティの者を煽らないで貰いたい」
「チッ。 おい寝るぞ」
そういうと、見張りの話し合いもせず紅蓮の三人は寝床を敷いて寝てしまった。
「あいつら、最初は良い奴ぶってたくせにあれ以来居直って隠さなくなったわね」
「流れの冒険者なんてあんなものなのだろうな。実に不快だ」
「まあ、護衛対象がいなくなった帰りは別々に行動しよう。俺もさすがに少々不愉快だ」
「血気盛んな年ごろ……では片づけられん傍若無人ぶりだな。まあ仕方あるまいて」
「あ、そういえばマルテスは…… 寝ちゃってる」
レイナは、寝息を立てているマルテスにそっと毛布を掛けてあげた。
「あいつらには期待できない。俺たちで交代で見張りをしよう。七時間ほど休んだら一気に森を抜ける」
♢ ♢ ♢
「う、うーん! あんまり眠れなかったわね」
「レイナ、交代の時間?」
「うん。セーラも早く寝たほうが良いよ、野宿はやっぱり地面がごつごつしててよく眠れないね」
「街に戻ったら思う存分ベッドに抱き着こう。このアーマーも窮屈だし早く脱ぎ捨てたい気分。おやすみレイナ」
「アハハ、そうね。おやすみ」
「う、うぅ……」
マルテスが目をこすりながら体を起こした。
「あ、マルテス。ごめん起こしちゃった?」
「れ、レイナさん? ――――あっ! ボルドさんたちは!?」
「あいつらなら見張りもしないでぐっすり眠ってるわ。今は私とマルテスだけ」
「そ、そうですか……よかった」
焚火の火の爆ぜる音が心地よく二人を包む。
空を見上げれば満天の星空が広がっている。排気ガスや工場からのスモッグもない澄み切ったこの世界の大気は、本来の星空の姿を余すところなく見せてくれる。
とても幻想的な光景だ。
レイナはマルテスに身体を近づけた。
「寒いね。マルテスは寒くない?」
「え!? え、ええ、そうですね! 僕は、そそ、そんなに」
照れて俯くマルテスにレイナは少し意地悪に微笑んだ。
「ねえ、マルテスはなんであんな奴らと冒険者をやってるの?」
「――――弟と妹がいるんです。ボルドさんたちとは別にパーティではなくて、この依頼のためにもう一人必要だったみたいで、ローナーの僕を勧誘してくれたんです」
「そうなんだ。弟と妹のため?」
「はい。両親が死んじゃっていないので、だから僕が頑張らないと路頭に迷わせてしまうんです。もう半分迷ってるようなものですけど。はは」
レイナはマルテスの顔を見て笑った。
「どうかしたんですか?」
「似てるなって思って」
「誰に?」
「私の幼馴染。私の村は魔物の襲撃で壊滅しちゃったんだ。私を残してみんな死んじゃった」
「そ、そうなんですか……」
「もう十年も前よ、ごめん、気を使わせちゃったね」
「い、いえ。 それで、どこが似てるんですか? その……幼馴染と」
「んー。男なのに弱そうな所とか?」
「え…… それはその、否定はできませんけど」
「フフ、冗談だよ。なんか雰囲気とか、匂いが似てるなって」
「に、匂い……ですか?」
「ねえ、帰ったらさ。市場で食べ歩きでもしない?」
「食べ歩きですか? ……でも、僕お金持ってなくて。今回の報酬も家賃とか色々と……」
「だいじょーぶ! 私が奢ってあげるから」
「なんかカッコ悪いな……」
「気にしないでよ、誘ったのは私なんだからさ」
その時、マルテスは何かに気づき、鼻をフンフンと鳴らした。
「どうしたの? 犬みたいに」
「――――空気の匂いが変わった。何か……来ます。たくさんいる!!」
「え? 私の魔力探知には何も感じないけど」
「いえ、来ます。すぐ近くだ! 皆を起こさないと!」
マルテスは鍋をおたまでカンカンと鳴らし、眠っている皆に合図をした。
「起きてください!! 何かが来ます!! 早く!!」
「んだぁ!? おいマルテスいい加減に!! ……おい」
一行はすでに囲まれていた。
その数、ざっと十匹。さっきのインプより少ない数だが、一行の顔に緊張が走った。
取り囲んでいたのは大型の狼のような生物の群れだった
「暗くて良く見えねえ! なんだ!? マダラオオカミか!?」
「お、落ち着いてアラン! マダラオオカミなら、このパーティの人数ならなんとかできるかも!」
「――――いや、違う」
カイが目を細めながらつぶやいた。
「うーむ、まずい。……こやつらガルムだ」
ガゼルの言葉に一同が息を飲んだ。
「ガ、ガルム!? 群れならSランクパーティ以上指定の魔物じゃねーか!! なんでこんな所に!!」
「おいオッサン!! 本当にガルムなのか!?」
「間違いない。あの黒い獣毛、そして二本の角。ガルムだ」
「じょ、冗談じゃねえ!! 早く逃げねーと!! ガルムの群れになんか勝てるわけねぇ!!」
ボルドは無様に慌てふためいた。しかし、それも仕方のないことだった。
ガルムといえば、この世界で地獄の番犬と呼ばれており、夜更かしする悪い子は地獄からガルムが来て頭と手足を食べられちゃうのよ、という眠らない子供への脅しに使われるほどその恐ろしさが浸透したメジャーな魔物だ。
「逃げるって!? どこにだよ……」
カイが汗を滴らせながら引きつった笑みを浮かべた。
すでに取り囲まれている一行に、逃げる場所なんてどこにもなかった。
しかしその時、警戒と恐怖から二頭の馬が上体を起こし激しく鳴いたため、ガルムたちは馬車に狙いをつけ一斉に襲い掛かった。
馬車はガルムの勢いで紙屑のように一瞬で崩壊し、商人たちの断末魔がおぞましく響き渡った。
「い、依頼主たちが!!!!」
「ダメだカイ!! もう遅い!! 私たちも今のうちに逃げるんだ!!!!」
セーラの叫びに、一行は馬車が襲われているうちに走り出した。
(足がッ!! 足がうまく動かないッッ!!!!)
極度の疲労で回復しきれていなかったマルテスは、懸命に走るもパーティから後れを取った。
最悪にも、数頭のガルムが逃げる一行に目をつけた。
「お、おい!! 気づかれたぞ!!!! どうにかしねーと!!!!」
「ど、どうにかって――――」
ボルドとメアリーの目に、遅れて走ってくるマルテスの姿が映った。
にやりと、ボルドの口元が歪んだ笑みをこぼした。
「メアリー!! マルテスをやれ!!」
「そうするしかないわね!!」
メアリーは走りながら杖をマルテスへと向けた。
「エアロカッター!!!!」
小さな風の刃がマルテスを襲い、ふくらはぎを斬りつけた。
「アアッッ!!!!」
足を斬られ転倒するマルテス。その後ろには黒い魔の手が迫っていた。
「お、お願いッッ!!!! 置いて行かないで!!!! ボルドさんッッ!!!!」
「マルテスッ!?」
「ダメだレイナ!! 止まるんじゃない!!」
「いや!! 離して!! マルテスがッ!!!!」
レイナはガゼルに無理やりに抱きかかえられ、悲痛な声を上げた。
「いやあぁぁぁーーーーーーッッ!!!!!! マルテスーーーーーーッッッ!!!!!!」
レイナは咄嗟に、首にかけていたタリスマンを引きちぎり、マルテスへと投げた。
うつ伏せになり倒れながら、マルテスは手元に落ちたタリスマンを右手で掴んだ。その刹那、黒い塊に飲み込まれた。
――――左腕や右足は食いちぎられ、もう痛みすら感じない。
声も、苦痛で叫び続け声帯も死んでしまった。
「……! …………」
それでもマルテスは、声にならない声で何かを訴え、息も絶え絶えに、辛うじて残っているタリスマンが握られた右手を空へと伸ばした。
太ももの肉を噛み切ろうと乱暴に振り回していたガルムの動きが止まった。
目はほとんど見えない。でも、匂いでガルムたちが去ったこと気づいていた。
何故だろう。と考える複雑な思考はもう残ってはいない。
脳がシナプスをわずかに変化させたのは、ほぼ見えなくなった網膜に映った黒く大きな影。
巨大な何者かに咥えられマルテスは森へと運ばれていく。
ふと、なぜか少しだけ思考が戻った。
ひんやりとする。気がする。
僕は今どうなってるんだろう。
――――早く死なないかな……
生きたまま食べられるのはもう嫌だな。
でもなぜか、ぼんやりと浮かんでくる思考は途切れない。
死んでもおかしくない状態のはずなのに、何で死ねないんだろう。
ひょっとして、もう死んでる? ……いや、痛みはないけど、身体が冷たさとか、なにかを感じている。
死なないんだったら……生きたい。ニアとリキが待ってる。
でも、この体で生き残っても、元々役立たずだった僕は、さらにどうしようもない存在になる……だけ。
だったらもう――――
「…………い、ぃきらい。 ――――ぁすけれ……」
わずかに動かせた口と、死んだはずの声帯は、無意識に生きたい、助けてと発していた。
「あ、ぁす……えれ。 ――――ぁれか…… ぁ、すけれ………… ぁ、ぁれか…………」




