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第86話 亀裂

 ギルドへと向かう道すがら、僕は激しく脈打つ胸を押さえつけた。酷い動悸だ。

 これは緊張? 不安? 恐怖?


 全部かもしれない。僕はこの依頼をなんとか不備なく終えなくてはいけない。しかもあのメンバーと。

 僕は今Dランク。父さんと同じCランクになれれば、裕福とは言えなくても並の生活をあの子たちにさせてあげることができる。

 そのための貴重な実績のため、この依頼は落とせない。


 頑張らないと!!


 僕は今ローナー(一匹狼)だけど、Cランクにもなればパーティからの声もかかりやすくなる。

 パーティを組んで、いつか目標のBランクへ。



 宿の前には、もうあの人たちがたむろしていた。

 ちょっと遅くなったかも…… こっちを睨んでる。また殴られるのかな……


 僕は強く深呼吸をして、彼らに走り寄った。


「あ、あの! 遅く――――」

「なに俺たちを待たせてんだコラッッ!! やる気あんのかテメェ!!」

「す、すみません!!」

「まあいい、ほら、これ全部お前が持て。行くぞ」

「えっ? こ、こんなにですか!?」

「口答えすんのかテメェ!!」

「い、いえ別に、口答えなんて――――」

「あなた、戦闘じゃまるで役に立たないんだから荷物くらい黙って持ちなさいよ」

「へへ、頭数に入れてやってんだ、また取り分減らすぞ?」

「わ、わかりました! お持ちします!」


 僕は三十キロはありそうな大量の荷物を持ち、彼らのあとを追った。



「はあ、はあ、はあ。――――や、やっと着いた……」

「はあはあ暑苦しいわね。私のは落とさないでよ、高いメイク道具や貴重な香水が入ってるんだから」

「は、はい」


 ギルド前には一緒に護衛を任された別パーティと商人の馬車が待機していた。


「改めて挨拶をさせてもらうよ、銀梟(ぎんきょう)のリーダーを務めるカイだ。数日間よろしく頼む」

「ワシはガゼルである」

「レイナよ」

「私はセーラだ、よろしく」


 むこうは男女二人ずつのAランクパーティ。僕には雲の上の存在だな……

 風格もある。Sランク間近のパーティかもしれない。


「紅蓮のボルドだ、よろしくな」

「メアリーよ」

「アレンだ」


 相手パーティの視線が僕に注がれた。

 え…… なんで僕を見てるんだろう。


「あっ」

「おい、挨拶しねーか」

「す、すみません! マルテスです、よろしくお願いします!」


 今は僕もこのパーティの一員だったんだ。

 初手からやらかしてしまった…… パーティとしてしっかりしないと。


 挨拶を済ませると、ギルドから三人の商人が出てきた。この人たちが護衛対象なんだろうか。


「君たちが私たちの護衛をしてくれるのかな?」

「はい。よろしくお願いします」


 銀梟のリーダーのカイという人が代表して商人の人たちと握手をしている。


「では、森を抜けた山のふもとまでよろしく頼むよ。そこからは山に詳しいザミルバルタの冒険者を別に雇ってあるから」


 それを聞いたボルドさんがメアリーさんに顔を近づけた。


「国境を越えなくていいようだな。こりゃラッキーだ、ボロい仕事だぜ。なあ」

「ええそうね。余裕を見て四日もあれば帰れるかしら」

「報酬も良いし帰ったら娼館で豪遊だな。クシシシ」


 そんなに大きい声でしゃべったら商人や他のパーティの人に聴こえちゃうよ!

 僕はドキドキして商人の人たちから目をそらしていた。



 小一時間ほど戦闘での陣形や護衛の注意点などを話し合ったのち。僕たちは馬車を囲むようにして街を出発した。


 それにしても、僕はこの荷物を背負ったままついていけるんだろうか……

 森まででも半日近くはかかる。そこから森を通り山のふもとまでだとさらに丸一日ほど。


 もし遅れたり歩けなくなったらむこうのパーティにも迷惑がかかっちゃう……


 でも、これも安定した生活のため。兄ちゃん頑張るよ。




 ――――六時間ほど歩き、銀梟の提案で僕たちは小休憩を挟むことになった。

 辺りはすっかり夜も深まり暗くなっていた。


 なぜ夜の近い夕方に出発したのかというと、エンドラ周辺に生息する魔物の習性にある。

 普通は夜の方が魔物の動きが活発になり強力な魔物が出る傾向にあるけど、この辺りでは夜間の方が比較的安全なのである。


 大型の魔物や厄介な魔物は夜間は眠っていて、昼に活動する。


 逆に、森に入ると魔物の生態は逆になる。

 夜間にはAランク、Sランク指定の魔物が動き始めるため、森には午前の内から入る必要がある。

 横に大きく広がっている南の森は、山の方に縦に抜けるのに五時間とかからない。夕暮れ前には余裕を持って抜けられる。


「よしこの岩の辺りで休憩としよう」


 僕は喋ることもできず、地面に両手と両膝を付いた。


 僕なりに、冒険者の責務として身体は鍛えてきたつもりだったけど、三十キロほどの荷物を六時間も運ぶのはきつすぎた。もうだいぶ前から記憶が定かじゃない。


「よし、ここで食事をとって森へと急ごう。明け方には着くはずだ。そっちもそれでいいか?」

「ああいいぜ。おいマルテス、食事だ、早く作れ」

「……しょ、食事ですか? で、でも、僕もう限界で……」

「あーわかった。じゃあお前の取り分からさらに二割減らして俺たちが作るわ」

「に、二割…… わ、わかりました、すぐに……作ります」

「へっ。最初からそう言えばいいんだよアホ」


 ――――つ、つらい……

 でも、ここで耐えなきゃもう住むところも食べ物も……


 僕は疲労困憊で満身創痍の身体をなんとか動かし、肉入りのスープを作りパンを切り分けた。


「で、できました」

「ったく遅いんだよグズが。ほら、お前も食って少し休め」

「え…… い、いいんですか?」

「あたりめーだろ。とっとと食え」

「は、はい!!」


 僕は夢中になってパンとスープを口に運んだ。

 やっぱり、この人たちはそんなに悪い人じゃない。信用してパーティに加わってよかった。

 世の中、根っからの悪人なんていないのかも知れない。


 僕を正式にパーティに加えてくれないかな、なんてね。


「あんなに分け与えるなんて、随分と優しいじゃないの」

「あ? 餓死なんてされたら紅蓮の名に傷がつく。それに荷物持ちに倒れられたら困るだろ。俺は優しいからなぁ、餌くらい与えねーとな」

「ウフフ、嫌な男」

「そんなこったろうと思った」


 僕は食べるのに夢中で、そんな彼らの会話は耳に入っていなかった。


♢ ♢ ♢


 一時間にも満たない休憩の後、一行は再び南へと進み始めた。


 その矢先だった。


「右。三時の方向から何か来るわ」


 銀梟のウィザード、レイナが魔物の気配に気づいた。


 その言葉に七人は各々武器を構え臨戦態勢を取った。


「そこそこ数がいる、気を付けて!」


 暗闇に紛れるように小さな影が馬車に襲い掛かってきた。それはヤギのような角を生やした、人間の腰丈ほどの大きさで二足歩行の奇妙な生物だった。


「インプだ! 奴らは火魔法を使う個体もいるぞ、ウィザードは馬車を守ってくれ!!」


 銀梟のリーダー、カイが叫んだ。


「インプか、腹ごなしに丁度いい! 行くぞアレン! マルテス、テメ―は荷物を死んでも守れよ!」

「あいよ!」

「は、はい!!」


 ボルドも威勢よく魔物たちの元へ飛び出した。


 銀梟のカイとセーラが巧みな剣捌きでインプたちを斬り伏せていく。

 立派な髭(ひげ)を蓄えた初老のガゼルも二メートル以上はあろうかという銀槍を華麗に操り、正確に魔物を突き刺す。


 一方、紅蓮のボルドも戦斧(せんぷ)を豪快に振り回し、アレンも負けじと剣でインプたちを仕留めていく。


 他の個体と若干色合いの違う四匹のインプが炎の矢を出現させると、馬車に狙いを定めた。


「フレイムショット!? レイナ頼む!」

「任せて! あなた、魔力障壁は張れる?」

「舐めないでちょうだい!」


 放たれたインプの炎の矢を、レイナとメアリーが障壁で見事防ぎ切った。


「ひ、ひいいい!!!!」

「馬車から顔を出さないようにしてください、あの魔物は知能が高いので、戦えないとわかるとターゲットにされます」

「わ、わかった!」


 即席のパーティのため連携こそ拙かったものの、二組のパーティは誰一人深い傷を負うことなく二十匹はいたであろうインプの群れを見事退けることに成功した。


「音で他の魔物が集まってくるとまずい、先を急ごう。連戦は避けたい」

「ああ、賛成だ」


 カイの言葉にボルドも賛同し、少しペースを上げて進むこととなった。


 しかし、そうなるときついのは大荷物を抱えたマルテスだった。

 ただでさえ限界近くまで疲弊していたマルテスは、二時間ほど進んだところで一行から後れを取り始め、そして――――


「おいマルテス!! 何やってんだテメ―!!」

「す……すみません。 でも……もう……限……界で……」


 ついにマルテスはその場に倒れ込んでしまった。


「この野郎ッッ!!」

「ボルド! 銀梟の奴らが見てる。悪い噂でも立てられたら街で活動がしくくなるわ」

「!?」


 拳を振り上げたボルドを、メアリーが諫めた。

 しかし、顔に厳しさを浮かべた銀梟のレイナとセーラが歩み寄りマルテスとの間に割って入った。


「最初から気になっていたが、あなたたちも荷物を持ってあげたらどうだ?彼への言動や扱いも褒められたものじゃない」

「……これが俺たちのやり方だ。口を挟まないでもらいてーな」


 レイナがマルテスを抱き起し、首から下げていたタリスマンをマルテスの胸に当てた。


「大丈夫? これに貯めたヒールを少し分けてあげるね」


 タリスマンが微光を発すると、マルテスの身体が淡い光に包まれた。

 そして、マルテスの目は弱々しくも再び生気を取り戻した。


「あ、あれ? 身体が……動く?」

「これで歩けるでしょ?」

「え? は、はい。ありがとう……ございます」


 レイナもセーラの横に並び、ボルドたちを睨みつけた。


「彼、マナが枯渇しかけてて危ない状態でしたよ?」

「それは申し訳なかったなぁ。注意を払っておくよ」


 悪びれる様子もないボルドの態度にレイナとセーラは一層表情を硬くし、パーティ間で軋轢(あつれき)が生じ始めた。

 その様子を見ていたカイと年長者のガゼルは無言で互いに相槌を打ち、にらみ合う両陣営の元へ歩み寄った。


第87話は本日18時にアップされる予定です。


お読みいただき、ありがとうございました!

ちょっとでも「面白かった」「感動した」「続きが気になる」など思って頂けましたら是非、応援や反応をよろしくお願いします!更新の励みにさせて頂きます。


感想などもお待ちしております。


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