第85話 行方不明
弟と妹を見る少年の横顔は少し大人びて見え、その目は子供を見守る親のように穏やかだった。
「――――三人だけなのか?」
「はい。父もCランクの冒険者だったんですが、この双子の二人が生まれた翌年、農地の警護中にリールバイパーという毒蛇に噛まれて亡くなりました。母も女手一つで僕たちを育ててくれたんですが、今から三年前に病気で……」
「――――そうか。大変だったな」
「でも、あの二人が僕の生きがいなんです。だから何とか頑張れています」
「すごくいい子たちだもんな」
「はい! 自慢の弟と妹です!」
ドアが開くと、酒瓶を持ったリンネが入ってきた。
「あ、ドアが外れた。なんかいい匂いがするニャ~」
「リンネ、良くここがわかったな。それよりセフィリアとエリオはどうした?」
「あの二人なら大道芸人たちに夢中ニャ。場所はボスの匂いでわかるニャ」
「俺の臭い? (そんなに臭うのかな、俺……)」
「ボスは変わった匂いがするからすぐにわかるニャ」
「お、俺はそんなに臭くないぞ! たぶん……」
「あっ!!」
リンネの姿を見たニアとリキがこちらへと走ってきた。
「ねえねえお姉さん、その耳と尻尾って本物なの?」
「本物ニャ、特別に触ってもいいよー」
「うわぁ、ふかふか! かわいい!」
「おえ! 酒くさい!」
家の佇まいには似合わない和やかな雰囲気の中、時間が過ぎ料理が次々と運ばれてきた。
ライドは本当に料理が得意なようだ、少しかび臭かった室内が色とりどりな香りで塗り替えられていく。
「おら! たんと食えよ! おかわりはまだあるからな」
子供たちは歓声を上げテーブルにつき、リキに限っては夢中でもう食べ始めていた。
「すごく美味しいよおじさん!! お肉なんていつ食べたか覚えてない!」
「だろう? たんと食えよ。誰がおじさんだコラ!」
うん、ライドの料理は本当にうまい。エルマのような繊細な味ではないけど、男飯っていう感じがして口いっぱいに頬張りたくなるような食欲が刺激される。
並べられた料理に舌鼓を打っていると、横に座っているマルテスが俯いている。
「どうした? マルテス」
「あの……いつぶりだろうって思って…… こんな楽しくて、おいしい料理を食べるのは……」
マルテスは食べる手を止めて泣いていた。
まだ自分だって甘えたい歳だろうに。双子の妹と弟を守るために、親代わりとして危険な冒険者となり身を削ってきたんだろう。
「おらマルテス、料理の塩味が濃くなっちまうぞ、食ってから泣け」
「はい……ありがとうございます」
――――日も沈みかけ、マルテスは仕事があるからと足早に準備を済ませ、家を発った。
何度も何度も俺にお礼を言っていた。
弟たちは久々に思う存分食べたのか、幸せそうな顔ですぐに寝てしまった。
俺たちもそろそろ二人を迎えに行かないとな。いくら治安が悪くないと言っても、子供の夜遊びは良くない。
ここでもリンネの鼻が役にたった。
すぐに二人の居場所を特定し、無事に俺たちは合流した。
「めいっぱい楽しんだか?」
「はい! いろんなものを食べたし、大道芸も楽しかったです!」
「お、俺はちょっと食べ過ぎてお腹の調子が……」
「もう、エリオは食べてばっかりだったもんね。太っちゃうよ?」
「だって、どれもおいしくって全部食べたかったんだよ」
二人の距離も近くなったし楽しんでくれたようだ。
この街に立ち寄って正解だったな。
俺たちは大浴場が売りという少々豪華な宿に泊まった。楽しんだついでだ、厳しい旅と修行ばかりだったし少しくらいの贅沢はいいだろう。
「エリオ、風呂に行こうか」
「うん! あ…… やっぱり木剣で素振りしてから入る」
「今日くらい休んでもいいんだぞ?」
「なんか、身体を動かさないと落ち着かなくて」
「そうか、じゃあ終わったら来いよ」
短い期間だけどエリオも逞しくなった。
これも限界以上に追い込み続けて、魔力じゃなく濃度の高いマナでの超回復を繰り返した影響なのだろうか。
素振りの音も鋭さを増した。そろそろ折を見て技術面と実戦の経験を積ませてもいいかもしれない。
俺は自然と浮かんでくる笑みの意味を考えながら大浴場へと向かった。
カポーン――――
あーー良い風呂だ。
湯船に浸かるなんて随分とご無沙汰だった。
もちろん、身体は皮膚が剝がれるくらい洗ってから湯に入っている。それがマナーだからな。この世界もそうなのかはわからないけど。
この世界の洗剤やシャンプーは結構品質が高い。
魔法を使って香りや洗浄力を高める魔法調合士なんて職業もあるくらいだ。本当に魔法は奥が深い。
第三階級のウィザードともなると”固有派生魔法”なるものを使える者もいるらしいが、これもその一部なんだろうか。
教会や大聖堂にいる治癒魔法を使える聖職者同様、ウィザードも才ある実力者ともなると、わざわざ危険な戦闘に身を置かなくとも余裕のある生計を立てられるようになる。
落ち着くと、色々とやらなければいけないことが頭を巡る。
奴らへの報復は機が熟せばいつでも可能だ。なんなら、俺一人なら今すぐにでも可能。
すぐにでも犯した罪相応の報いを与えてやりたいが、エリオの成長を待たないといけない。
――――最近はそれも楽しみの一つになってきてはいるが。
もう一つは残りの星骸の確保。
あと三人の星骸を蘇らせ、体制を盤石にする。今の戦力でも過剰すぎるくらいだが、油断はできない。
やりたいことは多々あるが、それは全員が揃ってからだ。
これも、効率的に動くために考えがある。
そして、屋敷に囲っている奴隷たちとセフィリア。
故郷に送り届けるにしても、彼女らの首にある奴隷紋をなんとかしないと私生活を送るのに色々と不便だろう。
これが一番の悩みの種だ。奴隷のレッテルをなんとかして無くしてあげたい。
「奴隷紋か――――」
「奴隷がどうかしたのかニャ? ボス」
女湯の方からリンネの声が聞こえた。
「リンネか」
「はぁ。湯につかりながら飲む米酒もなかなか乙なものですニャア」
「セフィリアは一緒じゃないのか?」
「お嬢はもう白い肌を真っ赤にして部屋に戻ったニャ。それで、奴隷がどうかしたのかニャ?」
まあ、リンネならもう気付いているだろう。
「セフィリアの首、見ただろ?」
「――――まあ希少種の奴隷売買は貴族や富豪の間では珍しくないニャ。エルフの奴隷は滅多にお目にかかれないけどニャ」
「彼女の奴隷紋をどうにかしてあげたいんだけど、方法がわからなくてな。そもそもどうにかなるのかさえ俺には見当もつかないんだが」
「簡単ニャ」
「だよなぁ…… えっ!? どうにかなるのか!?」
「んーー、正確には簡単ではないけど簡単ニャ」
「おいはっきりしてくれ! どうにかなるのか!?」
「奴隷紋に大量のマナを流し込むだけニャ。色が黒から紫に変われば、主を命を懸けて守る”守護契約”へと進化する。そして、さらに大量に流すことで”共生契約”へと進化して、紋章は消え去り対等な関係となるニャ」
「――――そんな簡単な事でいいのか!?」
「簡単じゃないニャよ…… 共生契約へと進化させるほどの人外なマナを持つ者なんて、獣人族の神ラグナ―様の逸話の中くらいなものニャ」
「ラグナ―?」
「ラグナ―”様”ニャ! 五百年前の星魔戦争の時に、従魔となった獣人族や奴隷の人間たちを解放してくださった星骸様の一人ニャ。火と解放の神とも言われてるそれはそれは崇高なお方ニャ」
星骸ラグナ―。
そうか、残る三人のうち一人はラグナ―っていうのか。星骸である以上、その彼とは何れ会うことになるだろう。
それより、奴隷紋の消し方。これは大収穫だ。
星骸にできるなら、その主である俺にもできるはずだ。
そして、彼にも生きる力を――――
「ありがとうリンネッッ!!」
「ど、どういたしまして? ニャ」
――――翌朝、俺はさっそくセフィリアへこのことを告げた。
喜ぶだろうと期待していたんだが――――
「え……? う、うん、ありがとうございますリント様。でも……まだ、いいです」
「え、嬉しくないのか?」
「ううん、そんなことないです! 嬉しいなぁ!……なんて。アハハ」
予想に反してセフィリアの反応はあまり良くなかった。
何故だろう……
宿を出た俺たちは、ギルドへと向かった。
ライドが朝にギルドへ行くと言っていたからだ。昨日のごちそうのお礼もかねて、ローナーである彼が受けられない高単価な依頼に、パーティとして同行してあげようと思っていた。
だが、ギルドの扉を開いた時、目を疑う光景が飛び込んできた。
昨夜、マルテスと護衛依頼に向かったはずのパーティがテーブルを囲んでいた。
他にも怪我を負ったパーティが四人。2Pでの依頼だったのでそのもう一組だろう。
俺はよからぬ不安が胸をよぎった。
「すみません、あの怪我をしたパーティは?」
「あー、なんでも護衛中に強力な魔物の群れに襲われたとかで、今朝帰還したらしい。護衛失敗だとよ。ったく、このギルドの信用が落ちるじゃねーか、これだから流れの連中は」
「あそこに座っている三人の他に誰かいなかったか?」
「いや、戻ってきたのは向こうのパーティと、あの三人だけだったな」
それを聞いた瞬間、俺は激しい頭痛に襲われて側のテーブルへとよろめいた。
「お、おい大丈夫か?」
「大丈夫だ……すまない」
俺の中にあるアミールを失ったトラウマが蘇りそうになる。
俺は三人のテーブルへと呼気を荒くして近づいた。
「――――おい、マルテスはどうした」
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