第84話 小さな家庭
「退かないならお前にもちょっと痛い目を見てもらうニャ」
リンネの鋭く長い爪が襲い掛かる。
マルテスは強く目を瞑った。――――しかし。
「――――ウッ。 あ、あれ?」
リンネの手はマルテスの頭に優しく添えられた。
ちょうどその時、俺たちは現場へと着いた。
冒険者たちが怯えているその手前で、リンネがマルテスとかいう少年の頭を掴んでいる。
「リンネ! やめるんだ!」
俺の声に反応し、リンネは手を離した。
「ボス? あっちは何もやってねーニャ。この子には」
リンネは頭の後ろで手を組み、能天気そうに答えた。
「まったく。いったい何があったんだ?」
「この子が殴られてたから助けただけニャ」
「クソッ! またこいつらか」
声を荒げるライドをしり目に、マルテスは冒険者たちに必死に謝っている。
「ほ、本当にごめんなさい! 僕のせいで、こんなことに……」
「この疫病神が…… 予定通り今日の夕方に出発だ、遅れたら承知しねーぞ。あと、お前のせいで怪我をしたんだ、取り分は三割減らすからな」
「は、はい……」
冒険者たちは宿屋街の方へと消えていった。
「マルテス、なんであんなクソ野郎たちにそこまでするんだ」
「――――仕方ないじゃないですか……」
「あん?」
「お腹を空かせてる妹と弟がいるんです。家賃の支払いだって滞納してる……このままじゃ追い出されちゃうんです。僕だって…… ぼくにもっと、力と才能があれば……」
マルテスは大粒の涙を流しながら俯き、身体を震わせている。
この世界では、生まれは如実に人生を決定づける。マルテスのように学もない貧民層は一生貧民生活からは抜け出せない。そういうシステムになっている。
その救いとなるのが冒険者という職業だけど、それも残酷なまでに才能と資質の世界。
彼のマナを見る限り、可哀想だが冒険者としての資質は低い。
チラッとリングが見えたが彼はDランク。下級モンスターの討伐依頼は受けられるが、死亡率が最も高いのはこのランクだとネイルさんも言っていたな。
おそらくDになれたのも奇跡に近い。いつか命を落とすか、まともに働けない身体になるだろう。
「マルテス、あいつらと依頼に出るのか?」
「あ、あなたは?」
「俺は凛人だ」
「へへ、この兄さんはあのキュクロープスを一人で討伐するほどの人なんだぜ。しかも無傷でだ」
「……す、すごい。一人でって、Sランク……まさかS+ランクの冒険者様ですか?」
「まあそんな感じだ。それで、出るのか?」
「は、はい。四人じゃないと受けられない2P護衛の依頼らしくて。……運よく僕なんかが選んでもらえたんです。報酬も、山分けでも滞納してる家賃も払えて、三人のひと月分以上の食費にもなります。断る理由なんかありません」
「でもお前よぉ。あいつらなんか信用して大丈夫なのかよ」
「素材採集なんかじゃ一人分の食費が限界ですし、選んでられません」
ほら、受け取れよ。
そう言って金貨を一枚渡すのは簡単な事だ。
でもそれは彼のためになるのだろうか。弱くても、彼の生きようとする目はまだ死んでいない。
俺は貧民にお金をばら撒くねずみ小僧じゃないしな。
だがこれも縁だ。何かあった時に手を貸すくらいはしてやろう。
「それじゃあ、準備がありますので僕はこれで」
そういって立ち去ろうとした時、
グゥ~~~~。
マルテスの胃が激しい収縮をする音が鳴り響いた。
「すす、すみません! 一昨日から何も食べてないもので!」
マルテスは顔を真っ赤にして慌てている。
その少年の姿が、何か俺にとってとても愛おしく感じてしまった。
「プッ…… あっははははははは!!!!」
「あ、兄さん!?」
「そ、そんなに笑わないでください――!!」
「よしマルテス、家に案内してくれ」
「い、家!? 僕のですか!?」
「ああ。腹が減っては戦はできぬってな。食材を買い込んで腹いっぱい食え。もちろん弟たちもな」
「え、ええッ!! よろしいのですか? でも、そこまで……」
「よし、買いに行くぞ! 力を出すなら肉だな」
「兄さん!俺料理得意なんすよ。俺が作りやす! ところで、腹が減っては……ってなんなんすか?」
♢ ♢ ♢
市場で大量の食材を買い込んだ俺たちは、マルテスの案内で古びた家屋にたどり着いた。
リンネにはセフィリアたちの様子を見てこいと命じてある。もう問題は起こすなよと釘も刺したし今度は大丈夫だろう。
忌憚のない意見を言わせてもらうと、かなりのボロ屋だ。こんな家で家賃を取るなんてとんだ強欲な大家だ。
マルテスがドアを開くと、ねじが取れドアが外れた。
「す、すみません! 直そうとは思っていたんですけど」
マルテスはまたも慌てた様子でドアをはめ込んだ。
「兄ちゃんおかえり!!」
「お兄ちゃんご苦労様!!」
「ただいま。リク、ニア」
小学生くらいの男の子と女の子が明るい声で出迎えてくれた。
しかし、俺たちの姿を見るとマルテスの後ろに隠れてしまった。
「お、お兄ちゃん。この人たちだれ?」
「この人たちは冒険者の知り合いだよ。とっても強いんだ」
ライドがテーブルに大きな肉塊をドンと置いた。
「おーし! ガキンチョども、お前らも腹減ってんだろ? 今日はパーティだぜ!」
「う、うわ――!!!! でっかい肉だ!!!!」
弟のリクがマルテスの後ろから飛び出してきた。
信じられないといった表情で目の前の肉塊を興奮して見ている。
「今から食いきれねーほどの肉料理祭りを開いてやるぜ。死ぬほど食えよ」
「い、いいの!?」
「わぁ、夢みたい! 私も手伝います!」
ライドと子供たちは楽しそうに買い込んできた食材を並べている。
そんな様子をマルテスもうれしそうに見つめていた。




