第81話 新しい仲間たち
「なにあっちのことジロジロ見てるニャ」
こ、このケモ耳、腰から生えた尻尾。そして語尾のニャ。
まさしくこれは、ニャンk――――
「獣人族さんですね、わたし初めて見ました!」
セフィリアが割って入ってきた。
そ、そう、まさしく獣人族だ。
カルザマンの冒険者が言っていた獣人と獣人族は違うという意味が今はっきりと分かった。獣人であるダークリカントとは違い、耳と尻尾以外は人間と全く変わらない。
「――――この獣臭い獣人の駄猫がぁっっ!!!!か、飼い主を蹴るとはどういうことかわかってるのかぁ!!」
奴隷商人は起き上がり、激高しながら奴隷紋の描かれた紙をかざしている。
これは雲行きがあまり良くない。特別な力がなくても誰でも簡単に執り行える割に、奴隷契約の力は高度な呪いほどに強い。
この怒り具合だと、商人はこの獣人族の女を殺しかねない。
「はて?どうなるのかな~?それにあっちは獣人じゃなく獣人族。クンクン。そして獣臭くないしめっちゃフローラルの香りニャ」
(あ、ニャって言った)奴隷契約の力をわかってないのだろうか。女は胡坐をかいて身体を左右に揺らしている。
「散々迷惑かけやがって。値の張った商品だと思って優しくしてればこれだ。やはり猫畜生は厳しく躾をしないとなぁ」
そういうと、男は短剣を女の眼前に投げた。
「その短剣で自分の足を刺せ。そして苦痛で顔をゆがめながら私の足を舐めるのだ。ご主人の命令だ、従わないと苦痛が襲ってくるぞ」
奴隷契約は、血の契約を結んだものを主として、契約の紙を持っている者の命令にも絶対だ。
逆らえば耐えがたい苦痛が待っている。
男から紙を奪うか……?
「――――これで刺せばいいのかニャ?」
「ふひひ、そうだ。お仕置きだ、早くしろ」
商人は歪に笑いながら獣人族の女の顔の前に足を突き出した。
そして女は短剣を拾い、刃を下にして頭上に振り上げた。
やはり女が痛めつけられているのを見るのは耐えがたいし、それを楽しむ趣味もない。
「おい、やめさせるんだ!」
俺は男に詰め寄った。
すると男は紙を懐に隠し背を向けながら口を開いた。
「おっと。私に危害を加えたら王宮が黙ってはいませんよ。私は王の管轄内で許可を得て商売をしてますからねぇ」
く、それは困る。今はまだ目立つわけには――――
「ふひひひ、早くしなさい」
女の短剣が無情にも振り下ろされた。
俺は反射的に顔をそむけた。
あとで傷が残らないように治癒してやるからな……
だが――――
「グッ!!ぎやああああああ――――――――!!!!」
商人の悲鳴に振り向くと、女は商人の足に短剣を深く突き立てていた。
女は狂気の笑みを浮かべながら刺したナイフをグリグリと回し抉っていく。
「ぎゃわわわわわぁぁぁあああッッ!!!!!!!!」
「汚い声をあっちに聞かせるんじゃねーよデブっちょ。あっちの耳は人間種の出来の悪い耳と性能が違うんだ」
女は鋭利な爪を長く伸ばし、商人に襲い掛かった。
「――――離すニャ」
「(あ、またニャって言ったな)お前もやめるんだ。こんな奴を殺しても自分が汚れるだけだ」
鋭い爪は商人の目玉の数センチ手前で止まった。俺は彼女の腕をガッチリと掴んでいた。
商人は今にも失禁しそうなほど目をひん剥いて固まっている。
まあ今言ったことは建前で、今ここでこの商人に死なれるのは困る。俺が森を抜けた時のように誰が見ているかわからないからな、念には念を入れてだ。
甘い考えや浅い思慮はこちらに不利益しか生まない。
「離せって言ってるのが聞こえないのかニャ?」
俺が手を離してやると、猫娘は荷台の奥の方に飛び跳ねてしゃがんだ。
掴まれた手首をプラプラと揺らしている。
「なんつー握力ニャ…… あっちの腕を折るつもりかお前」
「それはすまないな。俺も自分の急激な変化に感覚が追い付いてなくてな、加減が難しいんだ」
猫娘は俺の左手首を凝視している。もしかして冒険者リングを見られたか?
それより気になるのが奴隷契約の効力だ。
確かに猫娘の首には奴隷紋が浮かび上がっている。契約は成立しているはずだ。それなのに命令を無視して主人へと襲い掛かった。
しかもなんともない様子…… 不可解だな。
猫娘は俺の視線に気づき、奴隷紋を撫でた。
「あーこれかニャ?」
「ああ。なぜ平気なんだ?」
「あっちら獣人族には奴隷契約は効果はないニャ」
「効果がない?」
「そう。奴隷契約は人間種やそれに近い種族にのみ有効なのニャ。あっちら獣人族は、見た目は人間に近くてもルーツは獣や魔獣に近い種族。奴隷契約じゃなくて魔獣なんかを使役する”従魔契約”じゃないと効果はないニャ」
従魔契約なんてものもあるのか。
「そんなことを軽々しく話していいのか?誰に聞かれてるかわからないぞ?」
「かまわないニャ。従魔契約は普通の人間には無理ニャ。呪いの類を改良した奴隷契約と違って、従魔契約は使役する対象のマナを大きく超える力を誇示することが最低条件。生物としての格で魂を屈服させないといけないから金だけ持った人間のブタには到底無理ニャ」
猫娘は手をペロペロと舐めながら色々と話してくれた。
「で、お前はどこから来たんだ?オルディアやヴォルフ・ガーナインじゃ獣人族の話は聞かなかったが」
「――――遠い遠い西の国ニャ」
……話す気はなしか。
まあ色々と事情があるんだろう。俺たちには関係のないことだ。
「リント兄ちゃーん!」
「兄さんたちー!大丈夫ですかい?」
エリオとライドがこちらへと走ってきた。
ここで時間を取られている場合じゃないな。まだザミルバルタへの旅路は長い。
「エリオ、セフィリア、アルマ。先を急ごう」
「うん!」
「はい!」
「かしこまりました」
歩き出した時、ライドが慌てて俺の前に躍り出てきた。
「ま、待ってくれよ兄さん!!ここで会ったのも何かの縁だろ!?俺もついてくよ!」
「なぜだ?お前がいて何か俺たちに得があるのか?」
「得って…… そ、そうだ!少年!荷物が重そうだな、俺が持つよ!それにエンドラに行くんだろ?俺はエンドラ出身だ、街を案内するぜ!」
どこか調子の良さそうなこの男があまり好きではないが……
――――そうだな、やっぱやめよう。
「悪いが間に合ってる。じゃあな、またどこかで会えたらいいな」
「だ、だから俺もエンドラに帰るんだって!待ってくれよ兄さん―!!」
街道には猫娘と奴隷商人だけが取り残された。
「お、おい待てそこの冒険者!!お前はワシの護衛だろ!!置いていくな――!!」
「ニャっと」
猫娘が荷台から飛び降りて商人と目が合う。
「ひっ!!!!」
「怯えなくても殺さないニャ。生きて帰れるといいなおっちゃん。じゃあの~」
猫娘も凛人達のあとを追って走って行った。
一人取り残された商人は周囲に怯えながら吠えた。
「お、お前ら――――!!こんなことをしてタダで済むと思うな!!王宮に報告してやるぞ!覚悟しておけ――――!!!!」
――――俺たちパーティは再びエンドラへ向けて進んでいる。
街まではまだ二日はかかるだろうか。飛んで行けばすぐなんだけど、エリオの為にも、ちゃんと地に足を付けて少しずつ見聞を広めるのが大事だと俺は思っている。
「それにしても腹が減ったニャ~。ボス、酒かなんか食べるものないのかニャ?」
「――――昼飯まではまだ先だ、酒もない。ってか何でお前まで付いてきるんだ?それにボスってなんだ」
「まあまあ硬いこと言わニャいで。旅は道連れって言葉もあるんだし~」
なぜかこの猫獣人族も付いてきている。
どう考えてもトラブルの元にしかならないのは目に見えている。
でも、なぜかセフィリアはとてもうれしそうだ。猫が好きなのだろうか。
猫娘の尻尾に遊ばれている。逆だろ逆!
「おい猫娘、おれは凛人だ。素性は言えなくとも、付いてくるなら名前くらい教えたらどうだ?」
「そういえばまだ言ってなかったか。あっちはリンネ。よろしくニャ、ボス」
「だからボスはやめろ」
俺はため息をつく回数が増えた。
旅は道連れ、か。
エリオもライドと楽しげに話してるし、まあ今は賑やかなのも悪くないかと俺は薄く笑みを浮かべた。
――――二キロほど離れたか。
俺はアルマに声をかけた。
「アルマ、頼む」
「はっ。かしこまりました、リント様」
「あれ?どうかしたの?アルマさん」
立ち止まったアルマにセフィリアが声をかけた。エリオも不思議そうに見ている。
「アルマはちょっと用事があるんだ。さあ、進もう」
俺たちの姿が小さくなったころ、アルマは魔力狙撃銃”グローアイズ”を出現させ、構えた。
ほぼ音もなく発射された魔弾は、アルマのスキル”無風領域”によって風の影響も受けずに真っ直ぐに、定規で線を引いたように飛んだ。
「うっ足が……くそぉ、あいつら。馬車を奪われなくて助かった。頼むから魔獣なんぞ出ないでくれよ、このまま王都ま―――― ピャンッッ!」
グローアイズの魔弾は四キロ先の商人の頭を正確に撃ち抜き、馬の蹄と車輪の音だけが高原の街道に響いていた。
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