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第80話 獣人族との初対面

 町を発ってから三日目。


 俺たちはティーレから東に位置するエンドラという街を目指していた。


挿絵(By みてみん)


 意図せずとはいえアダマンタイトの称号持ちになってしまった俺にとって、オルディアの王都から近いティーレではいつ中枢に情報が洩れるのかわからないし、その場合王都と目と鼻の先のティーレでは何らかのアクションを起こされる足も速い。


 やることが残っている今はまだあまり目立ちたくはない。


 ということで、セフィリアを故郷へ送る都合も考えて、辺境でかつエルフ自治領との国境に近いザミルバルタを目指している。


 西の方角はまだ定期的に争いが繰り広げられている様子だ。大気から伝わるマナが大きく乱れている。

 元はオルディアだった現アルディス公国との内輪揉めだが、何れ俺も介入しないといけないだろう。瘴気の広がりも加速度的に高まっている。


 もちろん、エリオの修業もまずは基礎からだが厳しく行っている。

 修行は夕方から夜にかけての5時間ほど。


 三十キロ近くあるガエラ金属性の剣で素振りを五百回。今はまだ実戦はしない。

 まずは基礎を正しく体に叩きこむ段階だ。


 かといって、十二歳のエリオにとって、正しいフォームを意識して十回振るだけでも正直地獄だ。

 良いのは二、三回で、あとは苦し紛れに振っているだけ。でも今はまだそれでいい。


 振れなくなっても立っていられるだけ立たせる。限界を迎え倒れ込んだら三割ほど回復させて、また限界を迎えるまで剣を振らせ、握れるだけ剣を握らせる。


 なぜ三割かというと、肉体と精神の限界値の底上げだ。

 苦しい状態を長く体験させることで肉体とともに精神力を鍛える。実力のひっ迫した相手との激戦になれば、勝利を手繰り寄せるのは体力と集中力、そして精神力だ。これはアルメデウス様の言葉でもある。


 そして、五百回を達成したら5割回復させて今度は木剣で百回。仕上げに正しいフォームを叩きこむ。


「木剣が枝みたいに軽いよ!」

「ああ。だからこそ基礎のフォームをより一層意識して振るんだ。剣だけじゃない、基礎はどんな分野でも大事なんだ。基礎をおろそかにしたら一人前にはなれないぞ」

「はい!!」


 地味で強い苦痛を伴う修行だが、エリオは不満一つ言わずに熱心にやっている。



挿絵(By みてみん)



「あっ!!……クッ……いてて」


 エリオが剣を落とした。


「エリオ、見せて見ろ」


 エリオの手のひらは豆が潰れ血まみれで酷いありさまだ。

 俺は手のひらを治療した。振れなければ意味がない、特別サービスだ。



 ――――五日目の朝。

 さすがに疲れがたまってきたのか今日の炊事当番だったエリオが寝坊をしたため、俺が朝食の支度をしていた。

 朝の炊事当番は三日交代で四人で回している。


 エリオのことは修行の終わりに八割程度回復をさせている。なぜ八割かというと自然治癒も大事だからだ。俺の治癒ばかりに頼ってしまうと身体がそれを覚えて、本来備わっている自己治癒機能が低下するのではないかという俺の持論だ。

 身体は楽を覚えると、不思議なものでどこまでも怠惰になる。


「ん~。――――あっ!! ごめんなさいリントさん!!」


 エリオが飛び起きてこちらへと走ってきた。


「はは、疲れてるんだろ?気にするな。それより何が食べたい?」

「えーっとね。焼いた卵とハムを黒パンに挟んで食べたい!」

「おっけー。たくさん作るから一杯食えよ」

「うん!」


 子供には厳しくするだけではダメだ。この屈託のない笑顔を消さない接し方が大事だ。

 俺は十一歳で両親、十四歳でじいちゃんが亡くなってから、高校に上がると奨学金を貰いながらボロアパートで一人で暮らした。


 少ない親戚は俺の引き取りを快く思っていない様子だったし、ホームでの団体生活にもあまり馴染めなかった。


 アルバイトと学業に追われて心から笑うなんてできなかった気がする。


 俺とエリオは境遇が似ている。俺は日本だから何とか道を逸れずに生きれたが、この世界では子供が一人で生きるのはほぼ不可能。良くて闇に身をゆだねる道しかない。それすらも賭けだ。


 エリオには俺のすべてを教え、過去を乗り越えさせ、生きる術を身に付けさせる。


「ねえリント兄ちゃん、リング見せて!」

「これか?ほら」

「うあーかっこいい!!俺も称号持ちになれるかな」

「きっとなれるさ。今の修業に耐えられたらな」



 朝食を済ませた俺たちは荷物をまとめエンドラへ向けて出発した。


 小一時間ほど歩いたところで、偵察を兼ねて先行していたアルマが戻ってきた。


「アルマ、なにかあったのか?」

「はい。報告しようか迷ったのですが、二キロほど先で馬車を引いた一行が魔物と交戦中です」

「状況は?」

「大した魔物ではありませんが、状況はかなり不利な模様」

「――――そうか。ありがとうアルマ、このままエンドラへ向かう」

「かしこまりました」

「え!?助けてあげないの?リント兄ちゃん!」

「いちいち助けていたらきりがないんだよエリオ。今もどこかで獣害は起こっているんだ」

「でも!リント兄ちゃんとアルマさんなら勝てるんでしょ!?勇者は困ってる人を助けるんじゃないの!?」

「――――俺は勇者じゃ……」


 関(かか)わってしまえば情も湧く。

 俺は自分の性格はよくわかっているつもりだ。だからこそ、あまり不用意に関(かか)わりを持たないようにしようと決めていた。


 だけど……


 こんな真っ直ぐな目で見られたら仕方ないか。


 俺はため息を吐きアルマに指示をした。


「アルマ、そいつらに手を貸す。先に行って全滅しないように見ていてくれ」

「は。かしこまりました」

「リント兄ちゃん!」

「少し急ぐぞエリオ」

「はい!」



 ――――馬車の白い幌が見えてきた。

 砂煙が上がっている。まだ生きているようだ、アルマがうまくやっていてくれたらしい。


 魔物は……


 単眼の鬼。八メートルはありそうな黄緑色の肌をした巨躯を持ち、巨大な棍棒を振り回している。

 三人が地面に伏しており、一人がなんとか食らいついている感じだ。泣きそうな顔をしているが。


 アルマが再び姿を現した。


「戻った時には、パーティは彼を残して息を引き取っておりました。魔物は仕留めなくてもよろしかったのですか?」

「ああ、俺が見本として倒すところをエリオに見せたい」

「あの魔物はキュクロープス。Aランクパーティ推奨の魔物です」

「ああ、ありがとう」


 あの程度の魔物、剣を抜くまでもないがエリオに戦いを魅せるには丁度いい。

 俺は剣を抜いて戦場へと歩いた。


「ひっひえええ!!!! 誰か!!!!誰か助けてええぇっっ!!!!」


 男は半べそをかきながらギリギリで攻撃を躱し続けていた。いつ巨大な棍棒で潰されてもおかしくはない状況だ。


「下がっているんだ」

「えっ!?あ、あんたは!? ――――な、なんにせよ助かった!!恩にきるよあんちゃん!!」


 キュクロープスは棍棒を振りかぶり、狙いを俺に定めた。


 躱(かわ)す。

 剣で受ける。

 棍棒を斬る。


 選択肢は様々だが、俺は受け流す方法を選んだ。

 巨大な棍棒の一撃を、剣を斜めにしブレードの上を滑らすようにして力の方向を変える。

 棍棒は俺に当たらず地面に穴をあけた。


 エリオの見本とならなければ意味がない。無理のない範囲でのチュートリアルに徹する。


 今度はキュクロープスが拳を握り、力任せに叩きつけてきた。

 受け止めることもできるが……


 俺はそれを半身で躱し、剣を手首に突き立てた。


 痛みで刺された腕を上げ、不快な咆哮を上げるキュクロープス。


 すかさず、飛び跳ねた俺はキュクロープスの左胸に剣を深く突き刺した。

 キュクロープスは、断末魔を上げながらこと切れるように地面へと大の字に倒れ息絶えた。


 剣についた血を払い、鞘へと納める。

 まあ手本としてはこんなもんだろう。マナチューニング(大気マナとの同調)もオーラも必要ない。


「お見事でございます。リント様」

「ありがとうアルマ。手本になるように戦うのは難しいよ」

「や、やっぱすごいよリント兄ちゃん!!あんなデカい魔物をあっという間で倒すなんてさ!」

「これくらい、リント様なら当然です」

「エリオ、リント様の偉大なお力はこんなものじゃないのよ、こんな魔物の百匹や二百匹一瞬で――――」

「……こらこらセフィリア、アルマ。やめなさい」


「おーい!」先ほどの男がこちらへと駆け寄ってくる。


「あんちゃん! ……いや、兄(あに)さんと呼ばせてくれ!!本当に助かった、命の恩人だよ兄さんは!」

「あんたは?」

「俺はライド、ライド・ミルキスだ。エンドラのギルドでBランク冒険者をやってる。これでもこの辺りじゃちったぁ名の知れた冒険者よ」


 歳は二十代前半って所か。


「その名の知れた冒険者様が何をしていたんだ?護衛か?」

「ええ。エンドラから南西にある小さな街への往復の護衛だったんですがね、まさかあんな化け物に出くわすとは。あんな魔物この辺りじゃ見かけなかったんですが、早々に他の奴らがばったばったとおっちんじまいまして参りましたよほんと」

「随分軽い言い方だな。仲間じゃないのか?」

「いいえぇ。俺はパーティを持たないローナーでして。こうして実入りの良い危険度の高い依頼の時はローナー同士で即席のパーティを組むこともあるんですよ。兄さんは冒険者じゃないんで?」

「俺のことはいい。で、積み荷はなんなんだ?」


 その時、馬車の方で怒号が飛んだ。


「醜い腹のおっさんがあっちに抱き着くんじゃないニャ!!」

「どへぇ!!!!」


 商人らしき風体の男が馬車の荷室から転がり落ちてきた。


 ニャ??


「まだ人がいたのか?」

「あー、ええ。あの男は奴隷商でして。馬車の中には奴隷が乗ってるはずです」


 奴隷商はラジャンベリの他にもいたのか。まあそれも当然か。

 俺は荷台の中を覗き込んだ。奴隷なら解放するか何か……


 荷台には一人の女が乗っていた。その頭にはピコピコと動く動物のような耳と腰からは尻尾が生えているが、見た目は人間そのものだった。


 俺は、この世界に来て初めて獣人族というものを目にした。


「なにジロジロと見てるニャ」


お読みいただき、ありがとうございました!


♦筆者イットより♦

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