第78話 The long prologue draws to a close.
――――魔王サリムリヴェールとの接触から一週間後。
俺は再びオルディアの地を踏んでいた。
目的のため、そしてティーレで待たせているアルマとエリオを迎えに行くためだ。
この旅は、エリオはもちろん自分のさらなる成長のためでもあったため、セレイナたち星骸はエブンズダールの屋敷で待っていてもらうことにした。
特にフェリドゥーン。彼に限ってはもうリンスデールの伯爵だ。
彼の能力ですぐに戻れるとはいえ、領地に領主がいない状況をそうそう作るわけにはいかない。
フェリドゥーンが爵位を持つことに不満を持っている奴も少なくはない。そんな奴らに付け入る隙を与えたくはなかった。
期間は長く見て一年間。悠久を生きるであろう彼ら星骸と不死である俺にとって、一年というのはほんの少しの間留守にする程度の感覚だ。そう思ってしまうのも、すでに俺の物差しは人間のそれとはかけ離れてきているからなのかもしれない。
しかし俺はもう戸惑ったりはしない。覚悟を決め、今の自分を受け入れている。
「ティーレに着きましたねリント様。やっぱりこの町、何か好きだなぁ」
実はセフィリアも一緒だ。
屋敷を発とうとした時、俺と離れたくないと普段は物わかりの良い彼女が珍しくゴネた。
まあ、彼女をエルフ領に帰郷させるという目的もあったわけだし、この旅のついでに寄るのもありかと連れてきたわけだ。
そして魔族たちの件。
それは今から三日前のこと――――
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エブンズダール冒険者ギルド、アルカディア。
凛人とセレイナはルーガスの元を訪れていた。
貴族でもなく王政にも属していない組織の長という中立な立場として、年の功とでもいうか彼の意見をを聞いてみたかった。
なによりルーガスはアルメデウス王とも親しいようだし、王にこのことを伝える前に話す相手としてはうってつけだった。
一通り話を聞いたルーガスは相変わらずタバコの煙を中空に漂わせ、それを見つめている。
いつもより少し真面目な顔つきだ。
「で、おめーはどうしたいんだ?」
「――――俺ですか?」
いつもの調子で色々と話してくれるだろうと思っていた凛人は、単刀直入なその問いに少し戸惑った。
凛人自身、魔族を国境から出すことに不安がないわけではない。
サリムリヴェールを実質人質に取っているような形とはいえ、仮に彼女を処すような事態になった場合、当然それは事後である。
何かがあった場合、最初に被害に遭うのは国境から近いエブンズダールの人間の確率が高い。
もしそれが自分の関係者だったら……
法律と同じだ。日本の警察は優秀で、殺人を犯したほとんどの犯人は捕まるだろう。そして法のもと裁かれる。
だが、それで命を奪われた被害者が帰ってくるわけではない。
アミールのことで嫌でも身に染みている。あれから、考えの甘さを後悔をしない日はない。
――――事後では遅いのだ。
「俺ですかっておめー。もう半ば引退した俺みてーな人間なんかがあれこれ言うスケールの話しじゃねえんだよ。俺からすりゃあ、魔王にそこまで言わせちまうおめーたちの方がよっぽどおっかねえってもんだがな」
「――――そう、ですよね……」
ルーガスはタバコをもみ消しながら凛人を一瞥した。
「……まあ、後半のは蛇足だったな。――――だがなリント、おめーはもう魔族どころか、星骸っていう世界すらぶっ潰せるどえらい奴らの大将なんだ。その自覚はあるか?」
「はい、あります」
「なら、自分で決めるこった。おめーのいる場所はもう、一国の王ですら安易に踏み込めねえ」
その時、ギルドの扉が開き、フードマントを目深にかぶった一人の男が入ってきた。
腰元の剣の剣柄を親指で撫でながら、男はエレオナに声をかけた。
「そこの君。ギルド長は、いるかね?」
「あ……はい、おりますが。ご用件をお教えいただけますか?事前に面会予約などは――――」
「タバコは一日五本だぞ、とだけ伝えてもらえれるかな?」
そう言って、男の口元がにやりと笑った。
「は、はあ……タバコ、ですか」
俺が考え込んでいると、エレオナさんが執務室へとやってきた。
「ギルド長、少々よろしいでしょうか」
「ん?なんだエレオナ」
「たった今ギルド長に会いたいという男性が来まして」
「あん?今忙しいと伝えておけ。ああ、明日も明後日もだ」
「あの…… タバコは一日五本だぞと伝えてくれと」
すると、ルーガスさんは煙草をくわえようとしていた手を止め、笑った。
「はっはっはっはっは!!そいつを通せ、丁重にな」
「よ、よろしいのでしょうか。フードで顔を隠したちょっと怪しい人ですけど」
「構わねえよ。くれぐれも丁重にだぞ」
「は、はい」
エレオナさんが戻って少しすると、二人の足音が聞こえてきた。
「こちらになります。どうぞ」
「ありがとう」
すると、フードで顔を隠した怪しい男が部屋へと入ってきた。
――――あれ?この人って……
「フフ。部屋に臭いが染みついてるぞ、吸い過ぎだルーガス」
「へへ、突然来たかと思えば昔みたいに説教かよ」
男はフードを払った。
「あ、アルメデウス様!?」
凛人は幾度となく戦ったため男の発するマナに見覚えがあったが、まさか一国の王が護衛も付けず単身で旅をしてくるとは思いもしなかったため、半信半疑だった。
「おお、リント君もいたのか。丁度よかった」
「一年ぶりだなアル。酒でも飲んでくか?いいのが手に入ったんだ」
「ああ、頂こう」
「丁度よかったじゃないですよ!王都ならともかく王様が一人でこんな所まで!」
「ん? 魔物も十一匹ほど斬ってきたし久々に楽しかったぞ。歯ごたえがなかったのが少々残念だったがな。やはり食うか食われるかの敵意を向けられるのはアドレナリンが出て心地いいな」
はあ……そうだ、この人はこういう人だった。
二ヵ月間多くの時間を共にした凛人は、このアルメデウスという男の本質を嫌というほど見せられてきた。
凛人は言葉をなくしてため息をついた。
「護衛の兵や騎士に任せているとじれったくてな。どうしても馬車から飛び出したくなる」
「それより、城を空けてきて大丈夫なんですか?今頃大騒ぎなんじゃ……」
「良き理解者であるローズレイン公に言ってあるから大丈夫だ。私は瞑想のために地下の書庫に一週間籠っていることになっている」
「それならいいんですけど……」
「ほらよ」
ルーガスは丸い氷の入ったグラスを手渡し、グラスに酒を注いだ。グラスの中の氷がカランと心地よい音色を奏でる。
アルメデウスは一口酒を流し込むと、口を開いた。
「魔族の件。聞いたぞ、リント君」
「すみません……本当なら真っ先にアルメデウス様に報告しないといけなかったんですけど」
「かまわない。話はエディアノイからすべて聞いた。君のことだから迷っているのではないかと思ってな、こうして私一人で足を運んだのだ」
全てお見通しか。
そう思いながら凛人は俯いた。
すると、アルメデウスはフッと笑った。
「――――どうかしたんですか?」
「いや、あの堅物で気難しいエディアノイが、あまりに必死に君の味方をするものでな」
「エディアノイさんが?」
「私はあの男を深く信頼している。それこそ魔族との国境を任せるほどにな。娘のメイも言わずもがな、世界に誇れる立派な戦士になった」
「俺もアーバンデイル家には大きな恩があります。この世界に来て右も左もわからず不安だらけだった俺に、生きる術を与えてくれたのがメイさんでした。――――だからこそどうしていいのかわからないんです……」
しばしの沈黙が流れた。
ルーガスはグラスを口に運び、黙って二人の会話を聞いている。
「フッ。この短い期間で随分と雰囲気が変わったが、君は君のままなのだな。何があったのかはあえて聞かないが」
「――――俺は、俺のままです。これからも……きっと」
「そうか。そうだな」
そういうと、アルメデウスはソファから立ち上がり窓から外の街並みを眺めた。
「私はこの国が好きだ。まあ、自分の治める国なんだがね。――――私はね、君のことも深く信頼している。命を懸けて幾度となく剣と拳を交えたのだ。君とは信を交わした仲だと思っていたのだが、それは私の驕りかね?」
「――――アルメデウス様。……俺もそのつもりです」
「そうか。だから、君は君の思うままにするといい。その判断に私は身を委ねよう、星骸の主よ。君がこの世界をどうするのか、人生の余興としてそれを見届けるのもまた一興だ」
アルメデウスはなぜか嬉しそうに笑みを浮かべ、グラスの中身を飲み干した。
「何かあったら、人生の先輩として私も手を貸そう。しかしまだ私も耄碌はしていない。君が大きく道を踏み外しそうになったら厳しくいかせてもらうぞ?」
「はい!ありがとうございます!」
なんとも心強い言葉だった。
凛人はアルメデウスという男の深い懐とその目に、師というよりも父のような安心感を抱いていた。
ルーガスは空になったグラスをテーブルにタンと置いた。
「話はまとまったようだな」
「ああ、そうだ。ルーガス、リント君にアダマンタイトの称号を与えてはどうだろうか」
「うっ!ゴホッゴホ!ゲヘッ!!」
アルメデウスの唐突な提案に、ルーガスは火をつけたタバコで盛大にむせた。
「お、おめえ、昼飯を決めるんじゃねーんだ。軽いノリで急に言うんじゃねーよ!」
「そんなに驚くことか?」
「あのなぁ、冒険者ギルドも自由に見えて連盟ってのがあるんだよ。誰が何になったかの報告は本部へ情報が行く。リントはまだ冒険者としてなんの功績も上げてねーんだ、称号持ちにはそうそうできねーよ。しかもアダマンタイトなんかにゃーな」
「そうなのか。リント君、先の旅でなにかなかったのか?魔物を討伐したとか」
「えーと。グラトニー・デスクランプスとかいう巨大ミミズ三匹と、ダークリカントの群れを全滅させました」
「グラトッ!!ゴホッゴホ!!ガ――ッハ!!!!」
ルーガスはまた盛大にむせた。
「お、おめーそりゃ本当か!?グラトニー・デスクランプスっていや大国の軍隊と国内の全ギルドを総動員するほどのカタストロフじゃねーか……ダークリカントも群れとなりゃあ称号持ち案件だ」
「まあ、グラトニー・デスクランプスは俺一人じゃ勝てませんでしたけどね。全長だと五十メートルほどの巨大な魔物だったので」
「――――ンな化け物を三匹だと!?本来ならもう少し小せえ魔物なんだが……突然変異か何かか……?」
このやり取りにアルメデウスがこらえきれずに噴出した。
「クッ……ハ――ッハッハッハッハ!! あー。これは愉快だ。ルーガス、異論はないだろう?リント君が嘘をつく様な男じゃないことは分かっているはずだ。それに――――」
アルメデウス王は凛人の方をガシリと掴んだ。
「彼はアダマンタイトの称号を許された私に剣で勝ったのだ。私も推薦状を書こう、これでも無理か?」
「勝ったっても全盛期には程遠い今のお前にだろう。――――あ――わかった、報告は入れておこう。許可が下りるかはわからねーぞ?」
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魔族の件は、とりあえず俺の体制が整うまでは魔王と一部の幹部以外は国境を越える許可を下ろさないことにした。
三十万人以上の魔族が出入りできるとなると混乱は避けられない。五百年前の出来事から人間種と魔族の溝は深いのだ。
未だ魔族を人類の敵とみなす共通認識は世界中に根強く残っている。しかたがない。それだけのことを魔族はしたんだから。
彼らを受け入れるとなると、それこそ広大な土地が必要だ。
魔族領をそのまま使おうとも考えたが、それだと出入りに魔族がヴォルフ・ガーナインを経由しないといけないし、あの枯れた土地では基盤となる産業を興すのも到底無理だ。
国境を守ってきたアーバンデイル家への配慮もある。魔族が出入りしまくっていたのでは、彼らのメンツが丸つぶれになりかねない。
どこかに拠点を構えないといけない。それこそ俺たちの国を構えようと模索している最中だ。
アルメデウス王もそれには賛成していた。
――――俺は、手首に嵌められた、漆黒の宝石があつらえられた冒険者リングを見た。
最高峰の冒険者になった者として、これから冒険者を目指すエリオに何を教えられるのか。
何を見せてやれるのか。そして――――
身が引き締まる思いを感じながら、俺はティーレの町を二人の待つ宿へ向けて歩き始めた。
ついに彼らの物語は動き始める……
お読みいただき、ありがとうございました!
♦筆者イットより♦
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