第79話 魔王の覚醒
前回と同じ、ディーンズ・インという広めの酒場と宿屋が一つになった、この町では一番大きな宿屋へと俺は着いた。
今はちょうど正午あたり。ひょっとしたらエリオと酒場で昼飯でも食べているのではないかと覗いてみたが、二人の姿はない。
宿屋スペースへと移動し、カウンターの男性に声をかけた。
「すみません。女性と男の子の二人組が泊っていると思うんですが」
「女性と男の子。――――只今お調べいたします。お名前と、どのようなご関係かお教えいただけますでしょうか」
ご関係?女性と子供ということで警戒でもされているんだろうか。
まあこの国の情勢を考えれば仕方ないことか。これくらい厳重な方がありがたくもある。アルマだから心配はないけどね。
俺は名前、そして冒険者の仲間ということを伝えた。男性はカウンターの奥へと移動し、通信具のようなもので通話している。各部屋とはその魔道具で連絡が取れるようだ。
「すぐに来るとのことですので少々お待ちください」
男性の言葉からほどなくして、アルマが階段を下りてきた。
「お久しぶりでございます、リント様」
俺の前に来たアルマが跪く。
その様子を男性が怪訝そうに見ているので、立つようにアルマに命じた。
「エリオは部屋にいるのか?」
「はい。今は眠っています」
「え、寝てるのか?もう昼なのに」
「あれから食欲もなく毎晩うなされて夜中に起きる日が続きまして。身体を動かせば少しはと思い、四日ほど前から朝方まで徒手の稽古をつけておりました。私の近接戦闘術は双剣ですので、リント様がお教えする際におかしな癖がつかないようにと徒手を――――」
「稽古を?」
「はい。その甲斐あって食欲も湧いたようですので彼の好きなものを食べさせ、疲れも手伝い何とか眠れるようになりました。夕方前には目が覚めるかと思います」
そうか…… やはり家族を失った傷はそうそう癒えるものじゃない。
なにか夢中になって打ち込めるものが出来ると少しは良いと思うが…… それが剣の修業であることを願いたい。
それにしても、アルマも気が利くじゃないか。最初は戦闘力を考えて同行者にメルティナをと思ったけど、彼女にそこまでの思慮があるとは思えないしアルマで正解だったな。
「ところで、魔王の件はどうなったのですか?」
「ああ。それがさ、驚くことが起こったんだ」
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「――――では、よろしくお願い致します」
「本当に良いんだな?」
「はい」
ルーガスさんとアルメデウス王と話した次の日。
俺の中での方向性も決まり、四人の幹部、そしてメイさんたちが見守る中サリムリヴェールに奴隷契約の議を執り行うこととなった。
彼女の顔には微塵の動揺も迷いもなく、むしろ清々しさすら感じた。
俺の血は何かしらの変化をもたらす。しかし、俺は得に気にしてはいなかった。
前に奴隷契約をした際の変化を見るに、ある程度力は増すだろうがそこまでの変化はないだろうと思っていたからだ。
しかし――――
術式の描かれた紙に血を含ませ、彼女の額に当てたその時だった。
サリムリヴェールの身体が青白い光に包まれた次の瞬間、その光は凄まじいまでの輝きを発し、周囲の者たちが姿勢を低くしないと保てないほどの魔素の本流が巻き起こった。
「うっ!! ……こ、これは!?」
俺はまずいと思った。
体内のマナが根こそぎ彼女に吸引されていく。俺は必死に大気中のマナを取り込み続け、耐えた。
「凛人さん!!」
「リント様!!」
そして数十秒が経っただろうか、彼女の身体から発せられる光が白へと変化し、神々しい輝きを纏いだした。
周囲の者がみな驚きを隠せなかった。
彼女から発せられる魔素が、闇の部分を色濃く残しながらも神聖な覇動を発し始めたからだ。
一皮むけた、などという言葉ではない。彼女は完全に覚醒した。
彼女は聖と闇の覇動を強く発しながらゆっくりと目を開け、そして、俺に改めて膝まづいた。
四人の幹部たちも目を大きく開き、その様子を固唾を飲んで見ていた。
そして光が治まり――――
奴隷契約の儀は完了した。
「――――我が主リント様。あなた様の尽きることのない力を授かり、たった今私は覚醒に成功いたしました」
「覚醒!?」
「はい。この力を持って、あなた様に身命を賭してお仕えすることを、ここに改めて誓わせて頂きます」
そう、彼女は力がなかったのではなく、闇と聖のぶつかり合いが堰となり力を解放できないでいただけだった。
そこに俺の力が大量に流れ込んだことで、その堰き止めていた蓋が壊れ、力を外へと解放できたというわけだ。
「こ、これは―――― 先代のエルザースト様を凌ぐ魔素……ついに魔王としてのお力が……」
「いや――――」
セルドの言葉にウォルボレンが続けた。
「歴代の魔王に闇と聖の覇動をお持ちになった方はいない。サリムリヴェール様は”魔神”に覚醒されたのだ」
「魔神……魔族の、神に?」
確かに今の彼女は、神とまではいかないがそう言われるに相応しい力を宿している。
「魔神になられたのなら、あの星骸にもあるいは――――」
「それは無理だセルド。先ほどあの女の力の片鱗を体験したはずだ…… 星骸はあまりにも強大すぎる。覚醒された魔王様でも一人にすら勝てるかはわからん。それが六人もいるのだ」
「――――そうね。 あの方の計り知れない闇の力。いったいどれほどの……」
セルドの視線は、涼しげな顔で腕を組み佇むベルセフォネに注がれていた。
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「そのようなことが……」
「ああ。覚醒した魔王を見て、ベルセフォネがまたちょっかいを出しそうになるし大変だったよ。でも、奴隷契約を結んだ魔王が力を持ったおかげで俺も旅がしやすくなった。力の序列に従順な魔族の管理は彼女に任せればいいからな」
「リント様もお疲れになったでしょう。お部屋へご案内いたします」
「うん、頼むよ」
部屋は二階右奥の角部屋の隣だった。
部屋に入ると、エリオが気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。アルマが空けたのか、窓からそよいでくる風が涼しくて心地いい。
俺はエリオの寝顔を眺めながら考えた。
さて、これからどうするか。
レヴィアタンへの報復をエリオに果たさせるとして、あの双子の頭目二人は冒険者としてはAランク程度の実力はあった。
二人のコンビネーションも息が合っていて高い相乗効果を生んでいるし、一般的には討伐は難しい相手なんだと思う。
あとは、エリオの信念次第か。
まだ少年のエリオにとっては想像を絶する厳しい修行になる。強引なのはあまり好きではない、もし無理なようなら復讐は諦めさせて俺たちの下で――――
「うーん……」
エリオが目を開けた。
「起きたか?エリオ」
「あれ?リント兄ちゃん」
下を向いたエリオは唇を強く結び、拳に力を込めた。
そして、ギラギラとした力強い目を俺に向けた。
「リント兄ちゃん!今すぐ俺に剣を教えて!!」
「――――エリオ」
「俺、笑ってるあいつらに追いかけられて……みんな殺されちゃう夢を毎日見るんだ。――――目が覚めるたびに悔しくて……悔しくて悔しくてたまらないんだ」
エリオの瞳から涙がこぼれ落ち、布団を濡らした。
「あいつらが憎い…… 絶対に俺がぶっ殺してやる!!だから、俺を強くしてリント兄ちゃん!!」
「――――短期間で強くならないといけない。付いてくる覚悟はあるか?死ぬほどつらいぞ?」
「姉ちゃんたちの敵を討つんだ!!どんな修行にも耐えて見せる!!」
俺は立ち上がり、エリオに手を伸ばした。
「よし、すぐに出発するぞ。準備しろ」
「は、はい!!」
覚悟を決めた少年の目は少し大人びて見え、男同士の手は強く繋がれた。




