第71話 西方の勇者 其の七 ”スナッシュの過去”
――――嵐の巣・メテイーオラ。
標高千メートル強の岩山。
登ることも困難な断崖絶壁のその岩山は、まるで来るものを拒むかのように厳かな空気を纏いそびえ立っていた。
飛行魔法も、マナの濃度が薄くなる上空千メートルへの浮遊はできない。故に、その岩山の頂上を見たものは未だかつて誰もいないと言われている。
その岩山の前に、スナッシュたち”稲妻の騎士”一行は佇んでいた。
スナッシュは鋭い眼光でその頂上を睨む。まるで獲物を捕らえているかのように。
「いつなのかしらね。お目覚めになるのは」
パナメラが腰に手を当て見上げた。
「本当にいるのかねぇ。ドラゴンなんて」
シーフのトルアーノは頭の後ろで手を組みあくびをした、見るからに楽観的な男だ。
「王様も言ってただろ。何かしらはいるんだろうよ、あの頂上に」
戦士のデイケルはにやりと笑い、好戦的な表情を浮かべた。そして続けた。
「スナッシュを見て見ろよ。あの目が答えだ」
スナッシュは岩山に手を添え、空を睨みつける。
「――――待つさ、例え何年でも。そして、俺が殺す」
「なんでそんなにこだわるんだスナッシュ。あれから俺たちもS+に昇格したんだから、もっと割のいい仕事もあるでしょ。たとえ倒してもさ、こんな小国の依頼なんて仕事に見合った報酬も出ないぜ、きっと」
「―――― 一旦街へ戻る」
トルアーノの問いには答えず、その一言を残しスナッシュは街へと歩いて行った。
「リーダーがああ言ってるんだから、私たちは黙って従うしかないさね。――――それに、これはスナッシュの過去も関係してるのよ」
「過去?」
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スナッシュの故郷はヴォルフ・ガーナインからはるか南西、現在は帝国領となっている小国にあった。
名産物も資源もなく財政的にはお世辞にも裕福と言えない国ではあったが、争いを好まない穏やかな王が統治していたため、そんな王を国民は厚く支持をし慎ましくも平和な暮らしを営んでいた。
スナッシュの故郷である町、エルカドは森に囲まれた人口二万人の、この世界としては比較的小規模な町。魔道具などに使う細かい部品の製造が盛んな職人の町であった。
いつしか人が集まり町が形成されてから約二百年、人々の暮らしは平和そのものであった。
森には、町の名前にもなっているエルカドという緑竜が古来より住み着いており、森に平和と安寧をもたらす神として祭られていて、その穏やかな性格から人々にも愛されていた。
スナッシュ少年は、両親の言い付けも守らず仲間たちとよく町を抜け出してはエルカドに会いに行き、日が暮れるまで遊んだ。
――――そんなある日、異変は起こった。
どこからか発生した瘴気だまりが森を侵食し始めたのだ。
町の人々はエルカドに祈り、懇願した。このままでは町が人の住めない廃墟と化してしまう。
優しいエルカドは人々の願いに応えるかのように姿を消し、そして、森の瘴気は消えた。
人々は歓喜した。街は救われたと。
しかし、喜びも治まり町が平常運転を始めた中、スナッシュ少年は悲しみに暮れていた。エルカドの姿がもう十日も見えない。もしかしてエルカドは瘴気を消すために無理をして死んだのではないか。スナッシュ少年は粘土で作った拙いエルカドの人形を窓に飾り、帰還を祈った。
――――あくる日の真夜中。窓の外が明るいことに気付いたスナッシュは重い目をこすり目を覚ました。
そして、スナッシュ少年は目を疑った。窓の外は地獄のような火の海になっていた。
母親の呼ぶ声に飛び起きたスナッシュ少年が台所へ向かうと、母親が一人で身支度をしていた。
「母さん!父さんは!?」
「お父さんは町の火を消しに行ってるわ、私たちは逃げるのよ!さあ、早く!」
理由もわからないまま、スナッシュ少年は母親に手を引かれ町の外へと走った。
燃え盛る火の海を駆け抜け、町の中央広場に出た時、スナッシュは母の手を振りほどき立ち止まった。
「な、なにをしてるの!!スナッシュ!!」
母の声は耳に届かなかった、人々の悲鳴の中からのそりと姿を現したのは、エルカドだった。
「エ……エル」
それ以上の言葉はのどから出ることはなかった。
目は紫色に変色し、あの優しかった面影はどこにもなかった。腰が抜けて立ち上げれない男性に勢いよくむしゃぶりつき、エルカドは丸のみにした。
そして、こちらに気付き口から蒸気を上げながらその巨体は近づいてくる。
スナッシュは硬直して動けなかった。頭の整理もつかず、思考も停止していた。
「スナッシュ!!逃げな――――」
こちらに走りくる母は巨頭の陰に隠れ、そして姿を消した。
ゴクリと喉を鳴らす生々しい音、そして、膨らんだ喉の丸みが胃に落ちていくその光景だけがスナッシュの脳裏に深く焼き付いた。
「た、食べた……エルカドが……母さんを――――」
しかし、エルカドはスナッシュには襲い掛からなかった。紫色の眼光を細め数秒見つめると、身をひるがえしてエルカドは奥へと去って行った。
「なにをしているのスナッシュ!!」
隣に住む初老の女性がスナッシュの手を掴み、走り出した。
スナッシュの目は、歩き去るエルカドの後ろ姿を見えなくなるまで追っていた。
――――町は一匹のドラゴンの襲撃にあっけなく壊滅した。
生き残った町民たちは、当てもなく歩き、森を抜け彷徨った。
他の町や村へ避難することも考えたが、タイミングを合わせたかのように帝国からの侵略が激化し、近隣諸国への避難すら難しい状況になっていた。捕まれば人権など皆無の強制労働が待っている。
一団は北東を目指した。北東の地はヴォルフ・ガーナイン、オルディアといった大国があり、帝国の侵略を受けずにいたからだ。
食料も飲み水も全く足りていなく、十日を過ぎたころには日を追うごとに一団は人数を減らしていった。
――――三か月後、一団はヴォルフ・ガーナインの国境にたどり着いた。
町を出た時は三百人ほどいた人数も、食糧難や魔物からの襲撃を受け、二十人にまで減っていた。
事情を国境の門兵に話し、王の寛大な取り計らいにより二十名は入国を許可され、幾度もの聴取のうえヴォルフ・ガーナインの国民になることを許された。
俺がエルカドを討つ。
過酷な旅を生き抜いた十二歳のスナッシュ少年は、心に誓った。
この国の王は英雄王。俺はこの強国で騎士を目指し、そしていつか――――
スナッシュは断られても城に幾度となく通い、そしてその意欲を買われ小姓として雇われることになった。
城の雑用を精力的にこなし、その合間に剣術の稽古に明け暮れた。
騎士見習い同士での選抜戦に選ばれたスナッシュは、そこで見事5人勝ち抜きを果たし、15歳の時に晴れて従騎士へと昇格した。
騎士の側近として王の身の回りの世話や軍馬の手入れなど、そこでもスナッシュは愚痴一つこぼさずに懸命に働いた。これも全ては目的のため。
戦場にも駆り出され、盾持ちとして味方を護り多くの経験を積んだ。
そして二十歳の時、叙任式にて敬愛する英雄王から剣と拍車を授かり、儀式を受けたのちスナッシュは正式な騎士となった。
王から封土(小領地)を与えられたスナッシュは、故郷の人たちを自分の治める村へと呼び、順風満帆のように見えた。だが、スナッシュは思っていたものと違うと感じ始めた。
騎士になったことで、領地活動、社交活動、訓練など、その束縛はきついものとなり、スナッシュの目的は近づくどころか遠のいていく一方だった。
騎士になり半年が過ぎた時、スナッシュは除隊を申し出た。突然の決断だった。
正式な手続きを踏まない半ば強引な除隊だったため、主君への反逆罪だなどと騒ぐ者もいたが、スナッシュには関係のないことだった。
”冒険者”になると決意していたからだ。冒険者ギルドは王政の権力が及ばない治外法権のようなもの。国の中にあって、完全な独立組織として機能している。
「騎士を目指したのは悪手だった。時間を無駄にした」
八年以上の時が経ち、パナメラの元を訪れたスナッシュは一言だけそう呟いた。
ほどなくしてスナッシュは形式に縛られない自由な冒険者となり、目的を果たすために今日も復讐の炎を燃やし続けている。
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「なるほどな…… どこか影のあるやつだとは思ってたけど、まさかそんな過去が」
「そう。だからドラゴンはスナッシュにとって復讐の存在なのよ」
「ところで、何でそんなこと知ってるんだ?会いに来たって、知り合いだったのか?」
「私は教会にいたから、彼らがヴォルフ・ガーナインに来た時に数ヵ月だけど世話をしていたのよ。――――あ、わたしから聞いたことは内緒だからね」
「口の軽い女は嫌いだからなぁ。どうすっかなぁ」
「こ、こらトルアーノ!!絶対言っちゃだめよ!私が怒られるんだから!」
その時、地面から日の光が消えた。巨大な何者かが、太陽を遮った。
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