第69話 西方の勇者 其の5 ”王都と竜の巣”
スリは困惑した。
この人たちの数値、明らかに鍛えてもいない私よりも低い。
Bランク冒険者というものがどの程度のレベルなのかわからないスリにとって指標とするものがなにもない。私たちが強いのか、この人たちが特別弱いだけなのか……
装備の様子を見るに、傷も刻まれかなり使い込まれている。この人たちもそれなりの死線を潜り抜けてここにいるのだろう。それなのに私よりも数値は大分低い。こんなに強そうなのに?男なのに?
スリは思考を巡らせていた。
「どうだスリ、なにかわかったか?」
「う、うん。この人たちは冒険者という人たちみたい」
「ぼ、冒険者!? 俺の目の前に、あの……あの冒険者が……」
ジェイデンはまた目を輝かせた。
スリも警戒を解いていた。まだどんな人物かはわからない。けど、仮に戦いになっても私たちが負けることはない。そう思ったからだ。
「ふぅ。ようやく信じてもらえたみたいですね」
先頭にいた剣士の男が汗を滴らせ口を開いた。
「俺はこのBランクパーティ”鋼牙”のリーダーをしているラルクです」
「戦士のビンセントだ」
「弓使いのビッセルです」
「あ、こちらこそ。レオです」
「ジェイデンだ」
「スリです」
目の前まで来た三人は、レオたちのことをまるで観察するように見ている。ジェイデンには特に物珍しそうな目を向けていて、最初は少したじろいでいるような仕草も見せていた。
(ん?俺のことをジロジロと…… これは…………ポージングでも取るべきだろうか)
「なんですか?人のことをジロジロと見るのは失礼だと思いますけど」
スリが腕組みをしながらキツイ口調で指摘をした。
「あ、ああ、不快にさせたようですまない。その男性のような容姿の人間はこの辺りでは見かけないもので。君たちの青い瞳も。どこか遠方の国から?」
「えーと……俺たちは――――」
その問いに、レオはそれとなく誤魔化しながら答えた。というか、そうするしかなかった。レオたちはまだこの世界のことを何も知らない。
男は話を切り替え、興奮気味に話し始めた。
「それより、あの超害指定魔獣のアラクーネどもを一瞬で焼き尽くした魔法には驚いたよ!マザーの首を跳ねた時の、君の超人的な剣技もすごかった!」
「アラクーネ?」
「ああ、あのクモの魔獣のことさ。森の奥地に生息しているはずなんだが、最近は浅い所にも姿を見せるようになって犠牲者も出ていたんだ」
男は焼け焦げて息絶えているアラクーネを見た。
「ギルドに討伐依頼も出されていたんだが、なんたってAランクパーティ以上推奨の危険な魔獣だ。誰もそんな依頼を受けないもんだから放置されていたんだよ」
「ぎ、ギルド…… 冒険者に続いて……冒険者ギルド…… ああ……俺は今、果てしなく感動している。神よ、この世界に導いていただき感謝いたします」
「ハ、ハハ。それより――――」
涙をにじませているジェイデンにレオは眉を下げて笑い、話しを進めた。
「あなたたちはここで何を?冒険者の方……ですよね」
「ああ、そうでしたね」
三人は顔を見合わせた。そして、リーダーのラルクが口を開いた。
「私たちはBランクパーティなのですが、ここタイリースは片田舎の小国。依頼料の高い護衛の仕事も少なく取り合いになるんです。なので、お恥ずかしい話しですがこうやって低ランクが受ける素材採取などの依頼を受けて急場を凌いでいるわけです。そこで偶然あなたたちに」
「そうなんですか。冒険者というのも大変なんですね」
「はは、まったくです。っというか、あなたたちも冒険者ではないのですか?」
「え? あ、ああその……なんというか、これからなろうとしていたというか」
レオは、しどろもどろになりながらなんとか取り繕った。
「なんと!あんなにもお強いのにまだ登録していないのですか!?ま、まさかどこぞのお貴族様とか……? よく見れば身なりも、見たこともない服なうえにとても上質な布を使ってらっしゃる」
「ま、まあそんなところです。どうすればいいのか教えて頂けませんか?」
「あなたたちなら簡単ですよ、あそこで黒焦げになっているアラクーネの牙と魔核をギルドに持っていけば討伐の証拠になります。そのうえで申請をすれば飛び級でAランクは確実ですよ」
「魔核?」
「魔核は身体の心臓部の近くにある魔素が固まった結晶のようなものです。マナを魔素に変え原動力とする魔獣や魔族には必ずあります」
「心臓部……」
その言葉に三人は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
心臓部にあるということは解体は逃れられない必須作業。解体に強い抵抗がある三人には魔獣と戦うよりも厳しいことであった。
「――――もしかして、解体の経験がない、とか?」
その言葉にレオは頷き、ジェイデンは気まずそうに額に手を当て、スリはブンブンと首を縦に振った。
「そうですか、なら、解体は私たちが請け負いましょう」
「本当ですか!?助かります!」
「そのかわり――――」
「そのかわり?」
「確かアラクーネ討伐の報酬は、国からの要請で金貨二枚。私たちにも分け前を頂きたい。四分の一、いや五分の一くらいで良い。それでどうですか?」
三人は笑顔で顔を見合わせた。意見は満場一致のようだ。
「是非よろしくお願いします。ところで、俺たちの国とは貨幣が違うんですが、金貨二枚とはどれくらいの価値があるんですか?」
「そうですね、学校で学んだ中流層の一年の賃金がだいたいそれくらいですね。王都で働いた場合の話しですが」
レオは思考した。学校で学んだとあえて言うということは、学校に行けない人たちも多い世界なんだろう。だとするとあっちでは大卒?かそれ以上の年収。王都をアメリカで例えるとワシントンか。
だとすると――――
「わかりました。じゃあ、金貨一枚、半々でということにしましょう」
レオの提案に、ラルクたち三人は驚愕した。
「は、半々って。そんなにいいんですか!?」
「はい。どの道俺たちでは解体できないですし、お金も入って冒険者として活動もできるようになる。これ以上ない幸運ですから」
三人は呆気にとられ、そして顔を見合わせて喜び合った。
「くぅ!久々にエール以外のお酒が飲める!」
「肉もたらふく食えるぜ!いや、腹が爆発するくらい食ってやる!」
戦士のビンセントと弓使いのビッセルががガッツポーズをして喜びをかみしめている。
レオもよく考えた結果の答えだった。
物価はまだわからないが、金貨一枚あれば三人が当面暮らしていけるくらいの余裕はできる。
ギルドに登録すれば依頼も受けられるし、アラクーネは強敵だったが倒せない敵ではない。
あれで金貨二枚。十分に生計は立てられると踏んでいた。
――――ラルクたち三人は、とても手際よくアラクーネを解体していった。
「ほらほらジェイデン、見て見なさいよ!内臓がすっごいことになってるよ!クモの内臓!」
「うっぷ……やめてくれスリ……吐きそうだ」
「こらスリ。からかうなよ。ジェイデンは魚の調理を見ただけで吐いちゃうんだから」
「よくそれで日本へ何度も行ってるわね。日本では魚を生で食べるんでしょ?」
「だから……俺は寿司だけは……うっぷ」
三人は身体を緑色に染めながらこちらへと歩いてきた。もちろんジェイデンは後ろを向いている。
「これが魔核、そして牙です。早速王都へ行きましょう」
「これが、魔核」
その物体はバスケットボールほどのサイズで、黒く透き通っていてとても綺麗だった。
見ていると吸い込まれそうな、不思議な輝きを放っていた。
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森を抜けると、遠目に城のようなものが見える。王都は意外に近いようだ。
その奥に、山脈とは乖離されている巨大な岩山がそびえたつ光景は、なにか異質な感じがしてどことなく不気味な印象を受けた。
それとは裏腹に、この世界の空気はとても澄んでいて、鼻から息を吸うと何とも心地よい香りとともに、不純物ゼロとも思える清らかな酸素が肺に飛び込んでくる。
レオは何度も深呼吸を繰り返した。
「――――良い空気だ」
「ほんとね。子供のころ行ったアルプスの山の空気よりも澄んでるかも」
ラルクが立ち止まって、レオたちの方を振り向いた。
「さあ、あそこに見えるのが王都ガウーリアです。急ぎましょう」
「ラルクさん、奥に見える岩山は?」
レオはなんとなく気になって聞いてみた。
ただ気になるだけなのか、それともなにか――――
「ああ、あれですか。あれはメテイーオラ。嵐の巣と呼ばれている山です」
「嵐の巣?」
「はい。あの平らな頂上にはメルトドラゴンという邪竜がいると言われていて、約百五十年前に飛来した時には村や町五つと王都を壊滅に追い込んだと言われています。
まあ、今は文献上でしか誰も知らない話ですけどね。俺が子供のころは、年寄り連中がよくその話をしていたのですが最近はめっきり」
「――――メルトドラゴン」
「暴れて腹を満たして満足すると、卵を産んで百年以上は眠りにつく習性があると言われています。城の預言師によると確か、ちょうど今あたりがその目覚めの周期だとか。誰も信じてはいませんけどね」
ラルクがそう言って笑うと、二人も失笑した。
レオは静かにたたずむメテイーオラを見つめ、眉根を寄せた。
レオが横に視線を寄せるとスリも同じ表情をしている。魔力感知が得意なスリは、山頂に不穏な気配を察知しているようだった。
「スリ、何か感じるだろ?あの山から」
「うん、とんでもない気配がビンビン。しかも反応は三つある、大きいのとそれよりも小さいのが二つ」
「――――ってことは、やはりあの山にはドラゴンがいるっていうのか?迷信ではなく」
「ドラゴンかはわからないけど、とにかく厄介なのがいることは確か。今の私たちじゃ、大きいのはちょっと厳しいかも」
「じゃあ、お寝坊さんがお目覚めになる前にレベルを上げていくしかないな、冒険者ギルドへ急ごう」
ジェイデンの声で、俺たちは再び歩き出した。




