第65話 西方の勇者 其の1 ”目覚め”
――――数ヵ月前、西側諸国 タイリース王国領内
鬱蒼と生い茂る森の湖畔に、ブロンドの髪の青年が横たわっていた。
森の匂いを運ぶそよ風が青年の髪を揺らし、小鳥が青年の胸にとまった。そして青年はその目をうつろに開き、青い瞳を長いまつ毛を携えた瞼から覗かせた。
(うっ……木漏れ日? ……あれ?おれ、なにしてたんだっけ。三人で森の中に入って……なんか女性と会話をしていたような……)
青年は目を開け、木々の枝に生い茂る葉身たちの隙間から空を見つめた。
「ここは…… あ、二人は!?」
青年が辺りを見回すと、近くに白人の女性と黒人の男性が倒れていた。
「お、おいスリ!ジェイデン!大丈夫か!?」
青年は二人に声をかけ、女性の元へと駆け寄った。
「スリ!スリ!! 目を覚ますんだ!」
「――――レオ?」
「スリ!どこも痛くないか?」
「う、うん。大丈夫」
「よかった」
レオはもう一人の男の方へと向かい、声をかけた、
「ジェイデン!おい!ジェイデン!!」
「う……うーん」
「ジェイデン!!」
「……」
「――――大変だ!?筋肉がたるんでるぞ!!」
「な、なにッッ!!??」
ジェイデンという黒人の男はガバリと起き上がった。
「お、俺の筋肉!!どこだ!!どこがたるんでるんだ!!」
「ハハハ、おはようジェイデン」
「レオ?」
「冗談だよジェイデン。起きないからちょっと驚かしただけさ」
「――――はぁ……心臓に悪いからやめてくれ。笑えないぞ」
起き上がったスリは近くに生えている木のところに行くと、その木に触れながら見上げた。
「ここってさっきまでいたシアトルの森……じゃないわよね。それにこの木、見たこともない種類」
「そういえば……あの木の枝にいるカラフルな鳥もアメリカにはいない」
「どういうことなんだ?俺たちは、南米かアマゾンにでも飛ばされたのか?」
「いや……それはわからない。ここにいても埒が明かないし、少し歩いてみよう。まずは森から出ないと」
レオが歩き出すと、スリが声を上げた。
「あそこ見て!湖の淵。剣が刺さってる」
レオとジェイデンはスリが指さす方向に目をやった。確かに、鞘に収められた剣が刺さっている。
その剣は、誰かの忘れ物にしては見るからに貴重そうな、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。
ジェイデンは目を輝かせながらその剣へと近づいて行った。そして、土から剣を引き抜きまじまじと見つめた。
「お、重い、オモチャじゃない。ほ、本物なのか?」
「本物の剣!?なんでこんな所に」
ジェイデンは鞘から剣を抜こうと試みたが、ガッチリと固定されていて抜くことはできなかった。
「な、なんだこれは。抜けない。――本気でやってみるか……ヌオッッ!!!!グギギギギ!!!!」
鍛え抜かれた自慢の筋肉を隆起させながら抜こうと試みたが、剣は鞘から一ミリも動かなかった。
「ハァ、ハァ。だめだ、ビクともしない。やっぱりブレードのないイミテーションか何かなのか?」
《だめだよ。君にしか抜けない》
「――――え?」
その時、レオは何かの声が聞こえた。
「な、なあ。今なにか聞えたか?」
「ううん。何も聞こえないよ、木の葉の揺れる音と鳥の鳴き声だけ」
「俺もなにも」
《この剣は君にしか抜けないの。君が持つべき剣なの》
やっぱり、なにかが聞こえる。
二人は何の反応も示してはいない。レオは自分にしかこの声が聞こえていないことに気付いた。
俺にしか抜けない剣……
「ジェイデン、ちょっと剣を貸してくれないか?」
「ああ。偽物の剣だぞ?」
剣を受け取ったレオは、剣の鞘と柄を握り、ゆっくりと左右に引いた。
すると、剣と鞘は抵抗することもなく、スルスルとそのブレードを露わにしていった。
「おお!」
「――――きれい」
レオは剣を抜き、青白く発光するブレードを高く掲げた。
――――軽い。まるで羽のようだ。
けして小柄ではないその剣の姿からは想像もできないほど、それは重さを感じなかった。
《やっと私の姿を見せられたね。この剣は君を守るもの。絶対なくしちゃダメだよ?よろしくね、主》
「え……と、よろしくね」
「誰と話してるの?」
「え?ああ。なんか、この剣から声が聞こえた気がしたから」
「さっきから何言ってんの?頭でも打った?」
「ハハハ、もしかしたら打ったのかも」
スリの反応は自然なことかもしれない。俺にしか聞こえないこの声のことは黙っていた方がいいな。
レオはそう思った。
「それにしても綺麗な剣だったわね。なんか光ってたよ?ねえジェイデン」
「まあまあだな。日本刀ならもっとよかったが」
「ハイハイ。抜けなかったからって拗ねないの、日本かぶれさん」
「す、拗ねてはないぞ? ――――それより移動していこう、場所も不明だからな」
ジェイデンの提案に二人は賛同し、三人は森の中をあてもなく歩き始めた。
三人は緊張していた。見たこともない木々や花、そして図鑑にも載っていない動物たち。歩き始めて数分で、置かれている現状の異常さに三人は気づき始めていた。
「――――ねえ」
しばらく歩いたところでスリが口を開いた。
「ここに来た時のこと、覚えてる?」
「ああ。目が覚めた時はぼんやりとだったけどなんとなく思い出してきた。ジェイデンは?」
「俺は全部思い出した」
「そうなんだ。光の中で会った女神とかいう人が言ってたよね、私たちの使命がどうって。どう思う?」
「この世界を破滅の使者から救ってくれ。――だったっけ」
「ああ。俺の筋肉も確かに聞いた、破滅の使者っていうのはなんなんだ?ゲームのような魔王でもいるのか、この世界には」
レオは手に持った剣を眺めながら考えた。
女神……ストレイアって言ったっけ。彼女から託された使命はこの世界を守ること。そして、俺を守るという俺にしか抜けない剣。
スリもジェイデンも体験しているんだから幻覚とかの類でないはずだ。女神、つまりこれは神から与えられた使命。ならば俺は――――
敬虔な宗教一家で育った彼にとって、例え信仰する神ではないとはいえ、あの神秘体験は神の御業以外には考えられないものであり、見たこともない神を信じるよりも彼を突き動かすには十分すぎる説得力を帯びていた。
レオは、女神からの言葉を繰り返し思い出し、剣の柄を強く握りしめた。
――――歩き始めて二時間ほどが過ぎたころ、スリが立ち止まった。
「あ――もう!!!!歩けど歩けどおんなじ景色!もーお腹空いて歩けない!!のど渇いた!!」
この森がどこまで続いているのかどれほどの規模なのかもわからない。仮にアマゾンの密林ほどの広さなら、数日は歩き続けないといけない。もしそれ以上だったら――――
そうなると問題は食料と水だ。見知らぬ土地、見知らぬ生き物。レオの中で幾許の不安が頭をよぎった。
「確かにな。この状況は筋肉に良くない。栄養不足の中での有酸素運動は筋肉を分解してしまう……死活問題だ」
「筋肉なんかどうでもいいのよ…… 水でもいいからどこかに無いかなぁ……」
「どうでも良くないぞスリ、この肉体を維持するのにどれだけの時間と労力を――――」
その時、木の陰から巨大な何かがしゃがみこんでいるスリに襲い掛かった。
「危ないッッ!!!! スリ!!!!」
「キャ――――ッッ!!!!」
……………
………
――――スリはゆっくりと閉じた目を開いた。
「じぇ、ジェイデン!!」
「うぐぐぐぐぐぐ……」
襲い掛かったものの正体は、四メートルはありそうな見たこともない大きな熊のような生物だった。
ジェイデンはその生物の両腕をガッチリと抑え、スリの前に立ちはだかっていた。
「す、すごいぞジェイデン!!!!ハハハ!!」
「ぐっっ。どうだスリ……どうでも良くないだろ?俺の、筋肉は……」
振り向いたジェイデンは、白い歯をキラリと覗かせた。
「そ、そんなことより、ありえないでしょどう考えても!何なのよその馬鹿力!」
「何なのッて……これが……俺の十年の結晶だ! うおおおおおお!!!!」
ジェイデンはその巨躯を力まかせに投げ飛ばした。
熊のような生物は、数メートルほど宙を舞い地響きを立てて背中から落ちた。
「いやありえないわよ。普通の人間には……」
「ジェイデン!なんだよその力!スーパーマンみたいだ!」
「なんだかな、ここに来てから力がみなぎる感じがする。今ならベンチプレスをノーギアで五百キロ以上は軽く上げられそうだ。
――――ついに来てしまったのか……極限を越えた筋トレと節制の日々、それによって、俺の眠っている力が覚醒するときが…… ステータスオープン!なんちゃって」
「はいはい、まーた始まった。日本のアニメの見過ぎ。――でも助かったわ、ありがと」
《まだ終わっていないよ》
またあの声がレオには聞こえた。
《あれくらいじゃブリザードベアはノーダメージ、早く剣を抜いて!》
「け、剣を!?わかった!」
レオは剣を抜いて、それっぽく構えて見せた。
起き上がったブリザードベアは、大きな口をカパッと開けた。その口腔内には、白い氷の結晶のようなものが渦巻き始めた。
「まって!また何かする気よあいつ!!」
「ね、ねえ!この後どうすればいいんだ!?剣は構えたぞ!」
《姿勢を低く、あの魔獣に向かって地面を思いっ切り蹴って》
「わ、わかった!」
レオは謎の声に言われるがまま、地面を思いっ切り蹴った。
すると、レオの姿がフッと消えた。
《今のあなたの動体視力なら見えてるはず、そのまま魔獣を斬り裂いて!!》
魔獣を……!!
「れ、レオが消え…… あっ!!」
二人が気づいたときには、ブリザードベアという魔獣はその巨躯を真一文字に両断されていた。
切断されズレ落ちて上を向いたブリザードベアの口内からは冷気の結晶のようなものが光線のように発射され、頭上の木々を凍らせていく。
斬られたことにさえ気づかない超音速の一撃。
音速移動で地面を滑るように着地したレオは、この一瞬で何か手ごたえを感じていた。
《初めてにしては上出来です。慣れれば音を置き去りにもできますよ》
「音を、置き去りに……? あっ!!くっ……」
《初めてのソニックブレイクで足に大きな負荷がかかったようですね。でも、次期に慣れます》
それにしても、この剣の切れ味は凄まじかった。
あの硬そうな剛毛に覆われた巨体を、熱したナイフがバターを通るように両断して見せた。いや、それ以上の切れ味。
「こ、これは……」
地に伏したブリザードベアの身体から青白い粒子が舞い、レオの持っている剣にその粒子が吸い込まれていく。
《この剣のアビリティはソウルイーター。斬った相手のマナと魂を喰らい成長する。つまり――――》
「つまり?」
《斬れば斬るほどその剣は成長し、持ち主であるあなたにもそれが還元される》
「じゃあ、斬れば斬っただけ俺も強くなれるってことか?」
《うん、そういうこと。その剣は魂を喰らう。だから、不死である者の命も、その魂ごと刈り取れる》
「そして俺も強くなる……か。なんかチートみたいで気が引けるな」
この世界に飛ばされたアメリカの若者たちは、襲い掛かった危機からの生還を喜び合った。
お読みいただき、ありがとうございました!
♦筆者イットより♦
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