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第64話 それぞれの思い

 あなたの子供が欲しい。


 魔王からの突然の申し出に、俺たちは耳を疑った。


「こ、子供って。どういうことだ?」

「い、いえ…… もしよろしければ……ですけど」


 もう意味が分からない……

 力のない自分に変わって魔族を統治してほしい。それはわかる。


 それがどうして俺の子供が欲しいに繋がるのかがわからない。

 いや、頬を赤くされても……

 大勢の前で急にそんなことを言われた俺も恥ずかしい。


「あー、まず整理しようか。なんでそうなるんだ?」

「ふ、ふしだらな女だと思わないでください!魔族種を存続させるためなのです」

「魔族を?」

「はい。魔王の血脈は男として生まれるのが普通なのですが、私は長い歴史の中で初めて女の身で生まれ、魔王となりました。

 これまでの魔王は、生殖行為に適した見た目の近い人間種やエルフ種から、力のあるものを選定して用立てておりました」


「誘拐や捕虜という形で連れ去っていたわけか」


「――はい。父が討たれた時には子である私がいたため魔族は存続できましたが、私にはまだ子供がいないため、もし私の身に何かがあった場合、血脈が途絶え種の存続にかかわるのです」


 なるほど、理由は分かった。

 しかし……種族を守るためとはいえ、義務的に俺の子を産ませるって言うのはちょっとな……


 次期魔王とはいえ、もし子供が出来たら俺の子でもあるわけだし。


「ダメ……でしょうか」


 おっと…… 少し彼女の顔は見ないでおこう。


「――――う、ゴホン。えーと、そのなんだ……その話はとりあえずは保留にしておこう。とても光栄な申し出だけど、もっと君にふさわしい人が現れるかもしれないからな」

「父にはいつも言われていました。人間種やエルフ種の強い男を見つけたら絶対に逃がすなと。星骸の主であるあなたよりも強い者は現れるのでしょうか」

「ま、まあ現れないとも限らないからさ。魔族のことに関しては、君の身に危険がないように俺たちが守るから安心して」

「――――はい。ありがとうございます」


 ……なんだか少し疲れた気がするけど、あとはアルメデウス王と話してみてどうなるかだな。

 その前に確認しないといけないことが……


「そういえば、魔族領の人口はどれくらいなんだ?」

「――――現在は38万7522人です」

「随分と細かくわかるんだな」

「私の万理を(シースルー)見通す者(エクスポーズ)で大体の把握はできます」

「へー、すごい能力じゃないか。さすがは魔王という感じだな」


 この能力はとんでもなく便利だ。のちにきっと役に立つ。


「兵士の数は?」

「――兵は4834人です。シュヴァールツが起こした戦争で半数以上を失ったので……でも、兵以外でも魔族は特殊な能力を有する者も多いので、そういった者も含めれば2万人以上は」


 魔族の兵は人間に比べると屈強だ。戦力は人数の三倍と見積もってもいいだろう。

 メイさんにはまだ言えないけど、もしかしたら俺がこれからしようとしていることは、人類にとって敵と認識されるかもしれない。

 星骸だけでも十分だとは思うが、戦力は多い方が心強い。(はく)も大事だからな。


「――――リント」


 メイさんが心配そうに俺の名前を呼んだ。


「あなたは、()()()()()()()()()()よね?」


 なにかを確かめるようにメイさんは言葉を紡いだ。

 俺にはその言葉の意味がなんとなく分かっていた。メイさんは腕も立つが勘も鋭い人だ。

 メイさんの口調は、疑っているのではなく俺のことを心配しているようだった。だから、


「この先何が起きても、俺はメイさんたちを裏切ったりはしません。だから、信じていてください。俺は俺です。今も、これからも」


 力強く俺はその問いに答えた。


「――――そうね、ごめんなさい。その言葉を聞けて安心したわ。でも、無茶はしちゃだめよ?」


 俺は唇を結び、首を縦に振った。


 思わぬところで、くすぶっていた俺の方向性は決まりつつあった。


 この世界は無慈悲だ。

 権力(ちから)を持っているものが腐っていれば、弱い立場の者たちは命すら振り回され、蹂躙される。

 弱肉強食と言ってしまえば身もふたもないが、何の落ち度もない善人が命を弄ばれるような世界は、誰が許そうとも俺が認めない。


 それをこの世界に突きつける。今の俺はうだつの上がらない一介のサラリーマンじゃない。今の俺には、世界に問いかける権利も力もある。


 それが正しいか過ちなのかは、まだわからない。進んだ先にきっと答えがあるだろう。


 まずは、俺から大事なもの(アミール)を奪った大きな代償を支払わせてからだ。すべての過ちを正すのは、そこからだ――――



 凛人の黒い瞳は、再び血のような朱色に染まった。



    ♢ ♢ ♢



 ――――オルディア王国 王都オルファニアス ルーンエリンツ城


 まだ夜も明けきらない誰もいない訓練場からは、少女の激しい息づかいと覇気ある声が響いていた。


「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!! はあああ――――ッッ!!!!」


 訓練場には王女であるエリスリーゼとガイネルの姿。

 王妃カメリナに見つかれば、剣の訓練など鶴の一声で禁止されてしまう。そのため、誰にも見つからない早朝前のこの時間に、週7という過酷のスケジュールでエリスリーゼは稽古をつけてもらっている。


 まだまだ教えてもらわないといけない事は山ほどある。でも、ガイネルはいつまた遠征に出てしまうのかわからない。

 強くなりたいエリスリーゼにとって、休んでいる暇などなかった。


「はぁっ!!はぁっ!!どう?ガイネル!少しは成長したかしら」

「エリスリーゼ様の成長速度には驚かされるばかりです。ですが――――」

「な、なによ」

「一つ確かめたいことがあります。剣を置いて」

「わ、わかったわ」


 ガイネルは両の手のひらを前に出した。


「剣を振る時の腰の動きと、足の位置を意識しながら、私の手に突きを入れてください」

「パンチしろってこと?」

「ええ。脇を絞めて、的が手より奥にあるとイメージして、打ってみてください」

「――――的が奥に…… ハッッ!!!!」


 エリスリーゼのパンチは、パァンと訓練場に響き渡る破裂音を立ててガイネルの手のひらを打ち抜いた。


「…………どう?かしら」

「――――すばらしい。やはりそうでしたか」

「何がよ」

「嬉しい知らせと、残念な知らせがあります」

「――――ゴクリ」

「まず、エリスリーゼ様はパグナリスト(拳闘士)としての才能が稀に見るほど高い。今の突きで分かりました」

「……ってことは、残念な知らせって」

「はい、剣士としての才能は秀才止まりです」

「ガーン!!!!」


 エリスリーゼは膝から崩れ落ちた。


「そんなに落ち込む必要はありません。エリスリーゼ様」

「……だって、女剣士ってすごくカッコいいじゃない!!姫騎士っていうの?憧れてたのにぃ!!」

「よく聞いてください。才能がないのではなく秀才ではあるのです」

「秀才って何よ」

「剣士としても、冒険者としてならSランクに引けを取らない才能があります。そして、パグナリストとしてはそれ以上の才があります。天才といっても過言ではない」

「ほ、本当に?」

「ええ。まだその鍛錬もせず、何も教えていないのにあの突き。あれは天性のものです、称号持ちにも十分届く才能があると確信しております」

「私が称号持ちに…… 信じていいのよね!?ガイネル!」

「はい。私の目に狂いはありません。考えてみてください、もし相手が剣の猛者であなたは剣で後れを取った、でも拳というさらなる奥の手があって相手に圧勝する。カッコいいと思いませんか?」

「う、うんうん!めちゃくちゃカッコいい……かも」

「それでは、明日からは剣の稽古に加えて、徒手戦闘の訓練も行いましょう。そうですね……6:4程の割合で、徒手を優先して進めていきましょう」

「はい!お願いします師匠!!」


 汗を拭きながら、二人は帰り支度を始めた。

 この後はお風呂に入って汗を流し、朝食を取ったら10時過ぎまで寝る。そして起きたら自室でこっそりと習ったことを復習し自主訓練。

 それがエリスリーゼの日課だ。


「ねえガイネル、あなた息子さんがいるのよね」

「ええ。十五になる息子がいます。エリスリーゼ様の一つ上ですね」

「その息子さんには剣とか教えたりしないの?」

「お恥ずかしい話しですが、息子は剣の才がまったくありません。私とエリーザの息子なのにどちらにも似なかった。でも、歴史や魔獣学に興味があるようで、将来は学者を目指しているようです」

「そうなんだ」

「ええ。その代わり私とは違い頭の出来は優秀で、学院でも好成績を残しております。まあ、親としては危険な冒険者や騎士を目指すより、そっちの道に進んでくれた方が安心ですけどね」

「――――ねえ、ガイネルはなんでそんなに、私に熱心に教えてくれるの?騎士や将軍としての責務も大変だし、夜中は私の稽古で家に帰る暇もないんじゃない?」


 ガイネルは訓練場を照らす朝日を見つめ目を細めた。


「なぜでしょうね。――――私の歩んできた血と汗の結晶を、生きてきた証を少しでも残したい。なぜか、最近ふとそう思うようになったんですよ。おかしな話です。まだそんな歳でもないのに」


 そういってガイネルは笑った。





お読みいただき、ありがとうございました!


♦筆者イットより♦

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