第63話 意外な提案
俺は頭を掻いた。
状況的にすぐに向かわなきゃいけないけど、ここにいるみんなも屋敷に連れて行かないといけない。
俺は現場に向かうとして、誰に彼らのことを任せようか。
奴隷が禁止されているこの国で、ぞろぞろと奴隷紋を大っぴらに露出させて歩かせるわけにもいかないし、まだ屋敷に行ったことのないベルセフォネは屋敷にホールを繋げられない。
「うーん……」
「私が一人一人空から連れて行きましょうか?」
「――――いや、セレイナは俺と一緒に来てもらうよ」
「は、はい!一緒に行きます!」
魔族軍を半壊させた人物でもあるしね。戦うにしろ何かの交渉にしろ、彼らにとってはけん制にもなるだろう。
ここは俺たち一味で一番の常識人で頼りにもなるフェリドゥーンに一任するのが正解か?
「フェリードゥーン、みんなを任せてもいいかな」
「かしこまりました。では、街に行って首元を隠すのに丁度よさげなものを調達したほうがよろしいですね」
「ああ。そうしたほうがいいね、頼むよ」
さすがうちの参謀!言われなくても俺の思っていることを汲んでくれる。
「じゃあ、セレイナ、ベルセフォネ。急いで魔族領との国境へ向かおう」
俺たちは急いで国境へと飛んだ。フェリドゥーンが買い出しに行っている際の護衛はマッシュさんがいれば大丈夫だ。この辺りの低級の魔物に後れは取らないだろう。それに、彼女たちも俺との契約のせいで強くなってるし。
――――俺たちは三人は国境へ向けてヴォルフ・ガーナイン領内を飛んでいる。
このままでも十分とかからず着くとは思うけど、もう少し早く到着したい。もし戦いに発展していた場合、メイさんとエディアノイさんがいたとしても相手は幹部たちと魔王だ。
――――失ってからでは、もう遅いから。
「もう少し早く飛びたい、セレイナ、ベルセフォネ、俺と手を繋いで」
「はい、凛人さん」
「私の飛行術をその女の飛行魔法と一緒にしないでくれるかしら?問題ないわ」
「……わかった。じゃあスピードを上げるぞ」
俺はスピードを上げて国境へ向けて空を駆け抜けた。
♢
俺たちは数分で国境へと着いた。
状況を把握しないといけない。上から見る限りでは、国境側には国境師団たちが群を成して整列しているのが見える。対して向こう側は――――
一、二、三…… 五人しか見当たらない。隠れている様子もないし、たった五人で何をしに来たんだ?
いくら幹部と魔王が揃っているとはいえ、五人では不用心じゃないのか?こっちには星骸もいることは分かっているはずなのに。
「メイさん!」
「リント!早かったわね」
「これはどういう状況なんですか?」
「わからないわ。私たちも最大限の警戒をしてきたんだけど」
俺の姿を見つけると、一人の女性が歩き出した。そして、女性が両手を軽く広げると、幹部たちと思われる四人が頭を下げ、跪いた。
気品のある歩みで近づいてくるその女性は、黒のドレスと相まって、白く透き通った肌が際立っている。思わず見とれてしまいそうになるくらいだ。
長い白髪が彼女を優雅に飾りつけ、頭から小さく伸びた二本の黒い角には、豪華な装飾がされている。
女性は、俺たちの数メートルほどのところで立ち止まった。
メイさんたちは身構えるようなそぶりを見せたが、彼女からは敵意のようなものは一切感じ取れない。
「――――あなたが、星骸の主様でございますか?」
彼女は俺のことをまっすぐに見つめ、尋ねてきた。
「……わかるのか?」
「はい。抑えられていても、とても強く感じます。この大地そのものと思えるような力が」
「申し遅れました」と、彼女は膝をついた。
「急な来訪をどうかお許しください。私は魔族領を治めている長、サリムリヴェール・エルカ・リオンデイル・ドラグネスと申します。此度はあなた様に御目通りが叶いまして、誠に光栄に存じます」
彼女たちの態度に、メイさんたちが戸惑い、どよめいている。
魔王がいきなり現れて俺に頭を下げていれば当然のことだけど……
「それで、今回ここに来た目的は?戦いに来たんじゃないんだろ?」
「はい。――――もし受け入れて頂けるのでしたら、我々魔族をあなた様の配下の末席に加えて頂きたく、こうして――――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「――はい、失礼いたしました」
ええ!? 今なんて言った?急なことで少しパニクってしまった。
確かに配下って言ったよな。魔王が直々に配下にってことは魔族ごと俺の下につくってことか?
魔族が俺の味方になるって言うなら心強くはあるけど……
何か裏が? ……ある感じはしないな。彼女から感じるマナはとても真っ直ぐだ。とりあえず、理由を聞いてみてからだな。
「――――ダメでございましょうか」
「い、いやそういうわけではないんだけど。まずはなぜそう思うに至ったかを聞かせてもらえる?」
「……そうですね。話せば長くなりますが――――」
そういうと、彼女は語り始めた。
「我々魔族は、五百年前の星魔戦争という女神ストレイア率いる星骸たちとの戦いで一度は滅びかけました。
その時に軍を率いていたのは私の父である、今は亡き先代魔王エルザースト。父は、私の制止を聞きもせず、魔族種以外の種族の支配を目論見、各地に兵を送り蹂躙を繰り返していました。
その結末は先ほど話した通り、行き過ぎた虐殺を繰り返した我々魔族は、女神ストレイアの怒りを買い、その報いを受けました。
滅亡を免れたのは、ストレイアの恩情であると私は思っています」
「魔族のいきさつは分かったけど、それと俺の配下になるのに何の関係が?」
「はい…… お恥ずかしい話しですが、私は父や歴代の魔王とは違い、高い戦闘能力を持ち合わせてはおりません。
――――我々魔族種は、力を誇示し、力の序列を何より重んじる種族。力のない私は、魔王として君臨するにふさわしくないのです。
ただ魔王の血脈を受け継いだだけの非力な私は、その立場と責任から逃げ、この300年、塔に身をひそめておりました……」
魔族と俺たち人間種は力の構造が少し違う。俺たち人間はマナという生命の材料を魔力変換したり、オーラへと変換して扱うが、身体が闇の性質に近い魔族種は”魔素”というものにマナが変換される。
魔素とは魔族の身体を形成している力そのもの。身体の強さ、身体能力、魔力などに直結していて、その性質はオーラに近いがオーラ変換のように限られた人間だけというわけではなく、魔族ならだれでもその恩恵を無意識下で受けられる。だからこそ、魔族は基礎能力値が人間種よりも高く屈強なのだ。
魔族の個々の強さはその生まれ持った魔素量によって決まる。鍛えて強くなるということがほぼ出来ない分、残酷な序列だ。
そして、確かに言葉の通り彼女から感じる魔素量は、後ろにいる魔族たちよりも非力だ。
「そのせいで、先の戦争を引き起こしたシュヴァールツのような者も現れる始末……
これも力なきゆえに御することができなかった私のせいでございます。本当に申し訳ありませんでした」
メイさんは魔王のその言葉を厳しい顔で黙って聞いている。
あの時はセレイナのおかげで死者こそ出なかったが、もし俺たちがいなかったら大勢の犠牲者が出ていただろう。
ナイルさんとイーレもこの世にはいなかった。
「この北の大地に閉じ込められている現状を良く思ってない者も未だおります。このままでは、第二、第三のシュヴァールツのような過激派がいつ現れるかわかりません。
そうなれば、また私たちは女神の裁きを受けかねない……我々魔族は、五百年前と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのです」
「それで、それを制御するために俺の配下になろうと?」
「はい。本来なら、太古の昔に魔族種を生み出した始祖でもある、魔王の血脈を持つものが統率しないといけませんが、私には……その力がありません。
ですので、より大きな力を持つものに我々を支配して頂きたいと思っております。力のある者には魔族は従順ですので」
「話は分かった。――――でも、お前たちが俺を裏切らないという保証は?その根拠がないと、はいそうですかとはならない」
「私は反対よリント。魔族は信用できない」
メイさんの気持ちはわかる。母親であるユリア様も魔族にやられたんだ。
それに、それを受け入れてしまうと魔族が国境を越えて自由に外に出ることになる。メイさんたちは、この国のために家族で長い間この国境を守ってきたんだもんな。さらに領民たちを危険にさらしてしまうことは、辺境伯家の立場として許せるはずもない。
「――――でしたら、私と奴隷契約を結んで頂いても構いません」
「魔王様!!なにもそこまで!」
魔王の驚くべき提案に、後ろの四人が声を上げた。
「良いのです。星骸が蘇ったということの意味はあなたたちにもわかるはずです。悠長に手段を選んでいる場合ではありません」
「――あんたが俺の奴隷になったとして、他の魔族たちが大人しくしているとは限らないだろ」
「それは大丈夫です。始祖の血を受け継ぐ私の核と魔族の民には、密接な関係があります。つまり、私が死ねば、魔族は力を失い何れ滅びます。そのために、魔王の血縁者は他の魔族より寿命が長いのです」
彼女が死ねば魔族が滅びる。
つまりは、魔族の心臓でもある自分を人質にしてくれと言っているのと同じだ。そこまでして種族を守ろうとしているのか。
「……この女を殺せば魔族が」
そう呟いたメイさんのオーラが上昇していくのを、横に立つ俺は感じていた。
四人の幹部たちもその気配を察知したのか、魔王の前に立ちはだかり臨戦態勢を取った。
張りつめた空気と静寂が周囲を包む。
俺は小声でメイさんに話した。
「待ってください。魔族には利用価値があります、ここは俺に任せてもらえませんか?裏切ったら殺せばいい」
「――利用価値?殺せばいいって…… あなた、本当にあのリントなの?そういえば雰囲気も違うわね」
「まあ、見た目のことは話せば長くなるので……」
「そうよ」
背後からベルセフォネの冷たい声が飛んできた。
「凛人の言う通り。裏切ったり、反抗的な態度を取ったら殺せばいい。――――こうやってね」
ベルセフォネが指をスッと伸ばすと、ズドンという岩山をも崩すほどの強震とともに、幹部の四人が重力のようなもので押しつぶされる。
「ぐ、ぐ、ああああ!!!!」
「う、うぅぅ!!!!」
決死の表情で魔王が前に躍り出る。
「お、おやめください星骸様!!私たちに敵意はありません!裏切りもしません!!」
「やめるんだ、ベルセフォネ」
冷静な俺の声を聞き、ベルセフォネは攻撃を止め肩をすくめた。
「凛人を裏切るってことは私を裏切るのと同義よ。その時は、瞬きほどの間にその沈んだ穴が血と肉塊のプールになるから、覚悟しなさい」
幹部の四人のダメージは浅くはない感じだ。それにしても、この幹部たちはかなり高い魔素を保有している。それでも抵抗すらできないなんてベルセフォネの力はやっぱりとんでもないな。
しかも、たぶん十分の一ほどの力しか出してはいない。
「まあ、今ので潰れなかっただけでも褒めてあげるわ。配下にするには丁度いいわね、合格よ」
満足したのか、ベルセフォネは笑みを浮かべながら後ろへと下がった。
ってか今のは試してる意味もあったのか。もし潰れていたらどうするつもりだったんだ、ほんとに……
「わ、私の申し出を、受け入れては頂けないでしょうか」
「わかった。ただ、魔族を外に出すならこの国の王であるアルメデウス様の許可が必要だ。配下になる話なら受け入れよう」
「あ、ありがとうございます」
最悪この国から出す許可が下りなくても、この提案は俺にとっても悪い話しではない。
「リント、本当に大丈夫なのかしら。あなたの意見には私も極力同意したいんだけれど」
「王から許可が下りなくても、俺の意思で魔族を制御できるのはメイさんたちにとっても利があると思うんです。少なくとも勝手に暴れたりは俺たちがさせませんから」
「――――そう、ならいいんだけども」
魔王が再び俺たちの前に跪いた。
「提案を飲んで頂き、誠にありがとうございます。――――そのついでというわけではないのですが、あの……厚かましいかもしれませんが、私の願いを一つだけ聞いていただけませんでしょうか」
「なに? 大丈夫、奴隷になっても無理なことはさせないし、女王様なんだからむしろ好待遇で――――」
「――私に、あなたの子種を分けては頂けませんでしょうか」
「ん? 子種?」
子種って……えーっと……
「はい。あなたの子を、私に授けてほしいのです」
「お、俺の子って…… はっ!!??」
その言葉に、一同が固まった。
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♦筆者イットより♦
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