第62話 魔王、襲来
「じゃあ行ってくる」
そう言った俺は、何歩か歩いて立ち止まった。
「――――やっぱり、ティーレじゃなくてエブンズダールの屋敷に戻っていてくれ」
「――なにか、野盗への報復の他にすることでもあるんですか?凛人さん」
「ああ。レヴィアタンを潰す前に、半年ほどエリオを鍛えようと思ってさ。だから、その間屋敷を守っていてほしいんだ。生まれたばかりのフロリスたちだけだと少し不安だからね」
俺の言葉に、エリオが勢い良く俺を見上げた。
「に、兄ちゃん、すぐにあいつらをぶっ潰すんじゃないの!?――――おれ、早くあいつらを……ぶっ殺したい」
「俺にお膳立てをしてもらって仇を取って満足できるか?」
「え……?」
「お前自身の力で、奴らを殺してやりたいと思わないか?」
「そ、それは…… でも、俺じゃあ……」
「俺がお前を強くするって言ったろ? そして、今度はお前があいつらを蹂躙してやるんだ。殺したらもう仕返しはできない。だから、後悔の残らないように、徹底的にだ」
「…………わかった。お願いします!リント兄ちゃん!!」
「ああ、約束だ」
その様子を見ていたベルセフォネは「ふーん」と、口元に人差し指を当て、
「面白そうだから、私もそっちについて行っちゃおうかしら?」
と、悪戯な笑みを浮かべた。
「――いや、ベルセフォネも屋敷で待っていてくれ。俺自身の成長のためにも、ここは俺たちだけで行きたいんだ」
「もう十分だと思うんだけど。どうしてもダメ?」
「ああ。頼む」
「――――そう、わかったわ」
ベルセフォネはため息混じりに吐き捨てた。心なしか、ベルセフォネが少し素直になった気がするのは気のせいだろうか。
あ、それと……
俺は今の今まで、デレノバにいる奴隷たちのことをすっかりと忘れていた。俺が助けるなんて偉そうなことを思っておいてだ。まったくどうしようもない主人だ……
主としても主人としてもまだ半人前、いい加減すぎる。ここは反省点だな。
「デレノバにいるみんなも屋敷に連れて行きたいんだけど、何かいい方法はないかな。奴隷紋を隠しながら国境を越えるのは難しそうだ」
「そうですねぇ…… 一人一人運ぶしか――」
「私の重力ホールなら大丈夫よ、十人?二十人?」
宙にゆらゆらと浮き、足を妖艶に組みながらベルセフォネがいった。
「確か9人だけど、全員移動できるのか!?」
「ええ。一度行った場所か、起点となる力の感じる場所にならホールを繋げられるわ」
重力ホール?よくわからないけど、ブラックホールみたいなものとホワイトホールを使ったワープみたいな感じか?
なんにせよ助かった。
「さすが、頼りになるなベルセフォネ!」
「ふふ、どういたしまして。凛人」
「じゃあ、さっそくデレノバの街に行こう。アルマ、すぐに戻るからエリオを頼む。ティーレで待っていてくれ」
「かしこまりました」
「……それでは凛人さん、私に掴まってください」
「――――いや、大丈夫」
「え?」
あの時、内からあふれ出した……いや、解放されたとも言える押さえつけていたなにかに身を任せた時、確かに感じた。
この大地、空気、風。
すべてのものとの繋がりがより強固になった感覚。すべてが俺の味方だ。今なら――――
俺の足元から緑色の粒子を含んだ風が巻き起こり、俺の身体を宙に浮かせた。
――やっぱりだ。複雑な魔法術式も何もいらない。ただ、飛びたいと思えば”星”が俺の味方をしてくれる。
あとは、この大気中に溢れている星のマナ。それを使えば自由に飛び回れる。そんな感じがする。
言葉にはできないけど、早く言えば……
――――今の俺なら、何でもできそうな気がする。
まだよく聞き取れないが、星が俺になにかを囁いてくる。
「凛人さん……」
「セレイナ、俺はもう大丈夫だ。さあ、早く行こう」
「……は、はい」
♢
俺の飛行速度は初めて飛んだにしてはとても早く、セーブしないとセレイナを置いて行ってしまうほどだった。
すべてが意のままだ。俺の魔法の師匠である王立宮廷魔導士のエルメリアさんが言っていた。魔法はイメージの世界、と。
それと似たようなものか、今の俺は全てがイメージ通りに、星が手助けをしてくれる。
俺たちは飛び続け、2時間もかからずデレノバへと着いた。
街へ入ると、目に飛び込んでくるのは相変わらずの光景だ。贅沢に着飾った富裕層たちが護衛を付けて通り過ぎていく道端には、茣蓙を敷いて寝転がっているボロを着た貧民。
建物の間にも、うな垂れた生気の抜けた人たちが座り込んでいる。
貧と富のコントラストがくっきりと分かれていて、中間層がほぼ見当たらない。
世界を変えるのなら、その一歩としてこれも何とかしないといけないなと切に思う。格差というものは競争とイノベーションを促すためにはある程度は必要だとは思うけど、過度な格差は治安や安定を阻害する。
ラジャンベリ氏に間借りさせてもらっている屋敷に着くと、元冒険者のマッシュさんがすぐに気づき、駆け寄ってきた。ちゃんと屋敷の警備をしてくれているようだ。
顔つきもその気になってくれてるのか、キリリとしている。
「リント様!おかえりなさい!」
「マッシュさん、お疲れ様です。何か変わったことはなかったですか?」
「いえ、特には。それより……」
「――? どうかしましたか?」
「い、いえ。なんか顔つきというか、雰囲気が出かけられる前と変わられたなと思いまして」
「そうかな。そんなに変わったか?」
俺はセレイナとセフィリアに問いかけた。
「はい。だいぶ変わったと思います。――私は、前の方が優しそうでリント様っぽかったなって……口調もきつい時がありますし……」
「え……マジで!?」
「私は特に変わったとは思いませんけど。凛人さんは凛人さんですので」
「だ、だよね、セレイナ」
俺は屋敷の窓を覗き込み姿を確かめた。
……た、確かに。そこには、面影はあるものの以前の俺とは違う顔が写っていた。
わかりやすく言うと、整形しただろお前!みたいな感じだ。
まあこの世界に整形なんてものはないだろうからな、ここまで変わってしまうと俺を知っている人になんて説明していいのか迷う……
変わっていないというセレイナはどういうことだろう。彼女は顔や姿で俺を判断していないのだろうか。
でも俺はこの顔を一目で気に入った。確実に以前よりイケメンになっている。なんか強そうだし。
フフフ。これはこれで――――
「ニヤニヤしてないで早くしなさいよ」
窓に映る姿に見惚れていると、ベルセフォネから喝が飛んでしまった……
「あ、ごめん。それじゃあマッシュさん、屋敷のみんなをここに呼んできてもらえますか?」
「え?なにかなさるんですか?」
「みんなをエブンズダールにある俺の家に連れて行こうかと思いまして」
「そこって、確かヴォルフ・ガーナインの!? よ、よろしいのでしょうか!」
マッシュさんはとてもうれしそうだ。あの国は情勢も安定してるし、なにより元冒険者のマッシュさんにとって、世界有数の冒険者ギルドがあるエブンズダールは憧れの街なのかもしれない。
「ええ。心強い味方もいるので、そこならみなさんも安心して暮らせると思います」
「わかりました!今すぐ呼んできます!!」
――――庭園に全員が揃った。
みんな、何が始まるのか気になってざわざわとしている。
「これから、みなさんをエブンズダールの俺の屋敷に連れて行きます」
「――え、エブンズダール!?」
俺の言葉に、一人だけ過剰に反応を示した人物がいた。
料理人のフェルナンドさんだ。彼は気まずそうに俯いてしまっている。偽名も使っていたし、彼の過去に何か関係がありそうだ。
「何か不都合でも?」
「い、いえ!――――はい……いや、その……」
何か煮え切らない態度だ。
でも、彼から感じるマナ。もしかしたら――――
「フェルナンドさん、少し触れてもよろしいですか?」
「え? え、ええ。どうぞ」
俺はフェルナンドさんの肩に触れた。
――――やっぱりだ。
「り、リント様。なにか?」
「――――あなたはエブンズダールに帰るべきだ。そして、きちんと償いをしないといけない。言ってる意味が分かりますね?」
「リント様、あなたまさか……」
「ええ。今から行く俺の屋敷にいます。あんたはそこでちゃんと彼らに向き合うんだ。逃げずに」
「――――わ、わかりました…… でも、今更どんな顔をして会ったらいいのか……」
「大丈夫。血のつながった家族なんだから。そして、今度こそ家族を大事にしてください」
「――――は、はい」
ここは奴隷契約の力をズルいけど使わせてもらう。主人の言うことには絶対だからね、彼に否定権はない。
「凛人さん、この方って」
「ん?ああ。フェルナンドさんはエルマのお父さんだよ。マナの色や匂いがそっくりだなってさっき気付いたんだ」
「まあ、そうだったんですね。気が付きませんでした」
ベルセフォネがしびれを切らしたように空中にホールを出現させた。
真っ黒で何かが禍々しく渦巻いていて、なんか…………
「一応確認なんだけど、これ、人間が入って大丈夫なんだよな?」
「心配ならあなたが確かめなさい、よ」
ベルセフォネは俺の背中をトンと押した。
「え!? おああああああ!!!!」
俺は吸い込まれるようにホールの中へと引き込まれた。
「――――っと!!」
真っ暗だ、という言葉が頭の中で紡がれる間もなく、俺は外へと吐き出された。
「こ、ここは、エブンズダールの城壁の外!?」
身体は……なんともない。これはまさにワープだ、凄い!
――――そういえば、俺は従者である星骸たちの能力を詳しくは把握してない。あと三人の星骸も仲間にしていくわけだし、主として、従者が何をできるのかを知っておかないといけないな。今度聞いてみよう。
ほどなくして、ホールからは次々と向こうから奴隷たちが送られてきた。
「よし、全員揃ったな。じゃあ屋敷の方に――――」
その時、俺の通信魔導具が鳴った。誰からだ?アルマかな?
「もしもし、凛人だ」
『あ、リント?あたしよ、メイ』
通信してきたのはメイさんだった。心なしか慌てているような感じだ。こんなメイさんは初めてだな。
「どうかしたんですか?」
『リント、今どこ?』
「今ちょうどエブンズダールの前に着いたところです」
『そう、よかった!今すぐ国境まで来てくれるかしら』
「どうかしたんですか!?」
『ええ。――――幹部たちと、魔王が来てるのよ』
「ま、魔王が!?」
魔王なんてゲームか空想の世界の産物だと思っていた。魔族がいるんだからいてもおかしくはないんだがまさか……
「リント様、お忙しいようでしたら私たちが代わりに出向きましょう。魔王といえど何の問題もありません」
「フェリドゥーン」
『いえ、それじゃダメなのよ。魔王たちは、星骸の主を呼んでくれって言ってるの』
「俺を!?」
いったい、魔王が俺に何の用なのか。
「――――わかりました。今すぐに行きます」
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