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第60話 Fall to the dark side


「アミールッッ!!!!」


 俺は、弾かれたように部屋を飛び出した。


 外へと続く扉に着くまでにかけられた声はその時の俺には届かず、全てを無視して俺はギルド前の広場へと転がるように出た。


 くそっ!!――どうする……どうする……どうする……どうする……


 衝動的に動いてしまったので、混乱と焦燥も相まって俺は次にとるべき行動を見失っていた。


 そこへ、彼が帰ってきた。


「リント様、どうかなさったんですか?」


 そして、セレイナ達も俺のあとを追ってギルドから出てきた。


「凛人さん、落ち着いてください!」


 その言葉に我に返り一呼吸置いた俺は、少し冷静さを取り戻し、何が最善か考えた。


「――フェリドゥーン、戻った早々悪いけど、エルカデ村へ急いで向かってくれ!俺たちも向かうから!」

「承知いたしました」

「俺も一緒には無理かな」

「申し訳ありません。二人での移動は数百メートルが限界です」

「……わかった、頼むよフェリドゥーン」

「――では」


 俺とセレイナが飛んで向かっても、ここからエルカデ村までは国境を経由して6時間以上はかかる。しかし、フェリドゥーンなら数秒で着く。


 しかし、それでも俺は不安を一ミリも拭うことはできなかった。


 さっきの音が気のせいではなくアミールだったとして、すでに二時間近く経過してしまっている。


 もし緊急を要する事態だったら……


「セレイナ、俺たちもすぐに向かおう!」

「はい!」



  ♢ ♢ ♢



 国境を越え、俺たちはオルディア領土内を飛行していた。


 すでに3時間は経過している。俺はただセレイナの背に乗っていることしかできない自分と、この何もできず過ぎていく時間にもどかしさを感じていた。


 でも、セレイナも懸命に飛んでくれている。今はもう、アミールの無事を祈ることしか俺にはできない。


 刻一刻と過ぎていく空白の時間は、俺の頭の中に最悪のシナリオばかりを生み続けた。


 ――――どうしたらいい……


 なぜか、身体の震えが止まらない。俺は、止まれ、止まれと暗示するように、左手で右腕を強く押さえつけた。


「大丈夫ですか?凛人さん」

「ごめん。カッコ悪いよね…… でも、なんでかな、震えが止まらないんだ」

「――――凛人さん……」


 そういうと、セレイナは掴まっている俺の腕に優しく触れた。


 しっかりしろ、まだアミールに何かあったと決まったわけじゃない。俺はセレイナの手の温かさを感じながら、自分にそう言い聞かせた。


   ♢ ♢ ♢


 ――――しかし、その淡い期待は、音を立てて崩れかけた。


 オルディアの王都上空に差し掛かった時、遠くに黒い煙が立ち上っているのが見えた。


 ――あそこは確かエルカデ村の辺り……


「アミール。 ――無事でいてくれ……」


 現実味を帯びてきた頭の中の最悪の想定をかき消すように、俺は強く目を閉じ歯を食いしばった。




 ――――村の前に来た俺は、目の前の光景に立ち尽くした。村は、完全に崩壊していた。


 まだ炎を上げて燃えている家、そして、自然鎮火し、黒い骨組みだけを残した家。


 村に入り辺りを見渡した俺は、その光景にすでに淡い期待すら持てなくなっていた。


 足元には、土を黒く染めた血だまりの中に倒れている村長。


 そして、女性も、子供でさえも、赤い絵の具を塗りたくられ捨てられた人形のようにあちこちに倒れている。


 俺はフラフラと力なく、木の焦げた臭いで充満している村道を記憶を頼りにアミールの家へと歩いた。


 それでもまだどこか頭の片隅で、脳が現実を直視できずにいるからか、アミールだけは生きているんじゃないかなんて俺は思ってしまっていた。



 ――アミールの家。


 その横に、フェリドゥーンが立っていた。


「――――フェリドゥーン」

「……リント様。こちらです」



 俺は、フェリドゥーンにいざなわれるように後をついて行った。俺の心臓はこの時、早鐘(はやがね)を打ち鳴らしていた。


「私が到着した時、まだ息のあった者がおりまして。その者が言っておりました。レヴィアタンが来た、と」

「そ、そんな。あいつらは騎士団が連行していったはずだ」

「確かに。――不可解です」



 井戸の横には、アミールのお父さんであるユーノリアさんが血まみれで倒れていた。そして――――



 フェリドゥーンは小さな納屋の横で立ち止まった。


 そして俺に道を開け、顔を下げて跪いた。


 一歩、また一歩進むたびに、納屋の陰から片方の靴が脱げた足が目に入ってくる。



 ――――なぜだ…… なんで、こんな子がこんな酷い目に……


 そこには、アミールが痛々しい姿で横たわっていた。


 衣服は乱暴に切り裂かれ、肌を(あら)わにされていた。


 無念そうに見開いた眼からは、涙のあとが幾重にも彼女の顔に悲しみと苦しみの道を作っている。そして、剣を突き立てられたと思われる深い傷が、腹部を赤く染めていた。


 なんで……なんでこんな残酷なことをできる人間が存在しているんだ。――人じゃない。悪魔だ。


 俺は彼女をこれ以上(はずかし)めないよう、フードマントを脱ぎ彼女にかけた。


「私が着いたときには、すでに死後1時間近く経っておりました。死後硬直がまだ――――」

「……もういい、フェリドゥーン」

「――リント様のお気持ちを察せず、失礼いたしました」



 不思議と涙は出なかった。その代わり、息が出来ない。いや、うまく息を吸えない。


 この感じ、どこかで……


 ――――ああ、思い出した。両親が死んだと聞かされた時と、じいちゃんが突然死んだ時だ。


 そうえいば、あの時もすぐには涙が出なかったっけ。



 その時、俺の代わりに空が泣いているかのように雨がぽつりぽつりと降り始めた。


 違う。これは、村の人全員の無念の涙かもしれない。



 俺は最善を尽くせたのか?これを予期できなかったのか? 俺は――――


「……俺の、せいだ。俺があの時……あいつらを殺すのをためらわなければ……」

「違います!凛人さんが悪いわけではありません!」

「――――セレイナ」



「あなたのせいよ、凛人」



 ベルセフォネの言葉に、俺はピクリと肩を揺らした。


「ベルセフォネ!! 無責任なことを言うのはやめてください!!」

「無責任? 凛人が今自分で言ってたじゃない。――あなたがそいつらを始末していれば、この悲劇は起こらなかった。違う?」


 ベルセフォネは悪びれなく小さく首を傾げた。


「この状況は、あなたの”甘さ”が招いたことよ。手を下したのが誰とかそんなことは関係ないの。それを防げたのに、あなたはその行動を取らなかった、それ以上でも以下でもないわ」


 彼女の言うことは何も間違っていない。俺は怒りに震えた。俺の甘さでこの状況を産んでおきながら、まだセレイナの言葉に一瞬でも(すが)ろうとした自分自身に……



 ――――なんで俺は、いつも奪われる。


 大切な人たちは……みんな俺の前から消えていく…………何故なんだ……


 なんで……


 その時、俺の中で怒りとともに黒く渦巻くものが膨れ上がっていくのを感じた。


 これは良くないものだと、俺の本能が告げていた。でも、それとは正反対に、不思議と悪くはない気分で満たされていく。


 そして、声が聞こえてきた。


 ――――そうよ…… そのままその感情に身を任せなさい。楽になりたいのなら受け入れるの。それはあなたに大いなる力を与えてくれるわ。――そう、全てを守れる力を。


 どこかで聞いたことがあるような……


 ――――すべてを守れる、ちから…… ほしい…… 力が、ほしい!


 俺の中で渦巻いていたものが、一気に膨れ上がり、俺を飲み込んでいく。


「うあああぁぁあ――――――――ッッ!!!!!!!!」


 俺から緑と黒い、二つの粒子が噴き出し、渦巻きながら俺を包んで行く。


「り、凛人さん!!!!」


 もうなんでもいい…… 守れる力が手に入るなら。


 だから……


 だからもう……



 俺から、何も奪うなッッ!!!!!!!!




 黒と緑、二つの粒子を纏った俺は、暴風雨のようなマナの嵐を巻き起こした。


「セフィリアさん!危ない!!」


 あまりのマナの密度に結晶化したマナは、荒れ狂う嵐のように凛人の周りを包み、辺りを破壊していく。


 セレイナはシールドでセフィリアを守りながらその場から離れた。


「――リント様」


 フェリドゥーンも障壁を張り距離を開けていく。


「甘さが消えていく。――――フフ」


 ベルセフォネだけが薄く笑みを浮かべて凛人のことを見つめていた。



 ――――マナの暴風が収まると、凛人はアミールの遺体を抱きかかえ、立ち上がった。


 振り返った凛人の瞳は赤黒い輝きを纏い、そして、その表情からは以前のような人の好さは消えていた。



「――今から、レヴィアタンを殺しに行く」





▢ 次回:カルマを届けし者

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