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第59話 胸騒ぎ

 瞳に輝きを取り戻したユリア様は、ゆっくり辺りを見回した。


「ど、どうだユリア。私が見えるか?」


 肩に手を置き心配そうに尋ねるエディアノイさんに、ユリア様は優しく微笑んだ。


「ええ。見えるわ、エディ」

「――――ユ、ユリア……」


 エディアノイさんは涙を流し、ユリア様をそっと愛おしく抱きしめた。


「――お母様、よかった」


 フローラ様もユリア様に抱きつき、そこにメイさんも加わって家族でユリア様の回復を喜んでいた。


「リント、ママを助けてくれてありがとう。大きな恩が出来ちゃったわね」

「俺の方こそ、この世界に来てからメイさんにはお世話になりっぱなしで。感謝したいのは俺の方です」


「リント君。どう感謝をしていいのかわからない、本当にありがとう。何があっても、私、エディアノイ・アーバンデイルは君の味方になることを誓おう」


 エディアノイさんは胸に手を当て、真剣なまなざしで頭を下げてきた。


 そして、再びベルセフォネの前に跪いた。


「ベルセフォネ様、改めて深く感謝を申し上げます」


 跪くエディアノイさんを、ベルセフォネは冷たい目で見下ろす。一同に緊張が走った。


「…………お礼なら凛人にだけでいいわ。頭を上げなさい」


 あれ……? 意外と、優しい?


 その時、腰のポーチに入れてある通信魔導具からブツッという音が鳴った。


 俺は魔道具を取り出して見てみる。


 この魔導具には、携帯電話のような着信履歴なんてものはない。だから応答できなかった場合は誰からの連絡だったのかわからない。


 俺は気のせいか何かの不具合だろうと、魔道具をポーチへとしまった。


 メイさんがこっちへ歩いてくる。


「リント、ママの快気祝いとしてパーティを開くんだけど、あなたも来るでしょ?もちろん来賓(らいひん)としてよ。それくらいのお礼はさせてほしいわ」

「パーティですか、是非!――あ、その前にギルドに用事があるんで、その後になるんですけど」

「パーティは夕方からの予定だから全然オッケーよ。ゆっくりと用事を済ませてきなさい。――それと、その子は多分、エルフよね?」

「はい。わけあって一緒に旅をすることになりまして。ほらセフィリア、自己紹介して」

「――セフィリア・アレムです。よ、よろしくお願いします」

「まあ、可愛い子ね。エルフを街で見るなんてレア中のレアね。私はメイよ、よろしくねセフィリアちゃん」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 俺たちは、メイさんたちと半刻ほど談笑をしてから屋敷をあとにした。


 もう少し話していたかったけど、ベルセフォネが退屈そうにしていたので彼女に気を使った形だ。この幸せな空間を生んだ功労者でもあるからね。


 メイさんの笑顔を見れて本当に良かった。俺はあの人のことが人間としてすごく好きだ。


 エディアノイさんは、俺の味方でいてくれると言ってくれたけど、俺も気持ち同じ。メイさんたちに何かあったらいの一番で駆け付けよう。



 俺たちはギルドへと飛んだ。


 数分ほど飛んで着いたギルドは、扉を開けた瞬間から多くの人の声で賑やかだ。オルディアのカルザマンにあるギルドとは正反対の雰囲気に、思わず笑みがこぼれる。


 あまりの人の多さにセフィリアが不安そうにしていたので、俺は肩に手を置いて大丈夫だよと頷いた。

それにセフィリアは安心したような微笑みで返してくれた。


 場内を見ていると、カウンターのネイルさんが俺を見つけて手を上げている。俺はカウンターへと向かった。


「おひさ、リント君」

「久しぶりですネイルさん、相変わらず大盛況ですね」

「まあね、忙しくて大変。それより聞いたよ、王様と謁見したんだって?」

「ええ、まあ」

「ついこの前、冒険者の説明してあげてたのにさ、なーんか遠い存在になった気がして寂しいねぇ」

「はは、そんなことないです。俺は俺ですよ」


「リント君」


 エレオナさんだ。相変わらず大人のお姉さんって感じで綺麗な人だ。


「話はナイルから全部聞いたわ、みんなを助けてくれてありがとう。リント君がいなかったらもうナイルに会えなかったと思うと私……」


 エレオナさんは目を潤ませた。


「あの時は本当に間に合ってよかったです。――助けられたのも、セレイナが懸命に飛んでくれたおかげです」

「セレイナさん、ありがとうございます」

「私は凛人さんの望むままに動いただけですので、お気になさらないでください」


 後ろから大きな声が聞こえてきた。


「おっ!!リントじゃねーか! こっちだこっち!」


 この声はナイルさんだ。会場を見回すと、いつものテーブルでナイルさんはブンブンと手を振っている。


 パーティがみんな揃っている。俺は地下道での出来事を思い出した。


 一人も欠けることなく助かってよかった。


「ナイルさん、お久しぶりです」

「お前もつれないよなぁ。俺たちの大恩人なのに礼もさせないで何ヶ月もいなくなっちまってよぉ」

「すみませんナイルさん。いろんなことが急に決まったりしたもんですから」


 ナイルさんはベルセフォネとセフィリアを一瞥して、小声で話し始めた。


「なんかとんでもねぇ美女と美少女がまた増えてんじゃねーか…… 誰なんだよ」

「えーと…… 新しい仲間というかなんというか」

「何でお前だけ超絶爆美女に囲まれてんだこの野郎!」

「聞こえてるわよ、ナイル」


 アイラさんの鋭い声が飛んできた。


「――あの……」



 ナイルさんと話していると、アイラさんが椅子から立ち上がり俺の手を両手で握った。


「リント君、私からも改めてお礼を言わせてもらうわ。あの時は本当にありがとう。――あなたがいなかったら私たちは、こうやってまた一緒に冒険者をすることもできなかった。あの恩をどうやって返したらいいのか……」

「気にしないでください。このギルドのみんなは仲間みたいなものだと思ってるんで、助けるのは当然ですから」


「――あ、あの……」



 巨漢のモントンがエールの入ったジョッキを飲んでくれと渡してきた。


「本当に感謝してる。銀狼は俺の家族みたいなものだ、助けてくれてありがとう」

「皆さんが元気に活動しているようで、俺もうれしいです」



「――――あのッッ!!!!」



 イーレが勢い良く立ちあがった。


「急にどうした?イーレ。トイレなら我慢しないで行ってこいよ」


 イーレは杖から光魔法の小さな光線を出し、ナイルの眉間を焼いた。


「どわっちゃぁぁ――ッッ!!!!!!!!」

「トイレじゃない!!ナイルのバカ、アホ、ミトコンドリア!」


 俺は元気にしているイーレを見てうれしくなった。


「イーレ、身体は大丈夫?なんともない?」

「ひゃっ! あ、あの……大丈夫……です」


 イーレは杖を人差し指でぐりぐりとし始めた。


「――――リント様」

「え……リント様?」

「あの、あの時は助けてくれてありがとう。わたし、あの時ほぼ死んでたんだと……思う。そんな感じがしたから……」


 確かにあの時、イーレは危ない状況だった。いや、もしあそこが日本の病院だったとしたら、確実に死亡判定されていただろう。呼吸も心臓も止まっていたから。


「――――もし……よかったら。あの、えーと……今度私と――――」

「おうリントじゃねーか!! やっと顔出しやがったかこの野郎!!!!」

「だっ!!!!」


 イーレは激しくテーブルに額を打ち付けた。


「だ、大丈夫!?イーレ!」

「リント!!ちょっとこっちこいや!!話聞かせろ!!」

「ご、ごめんイーレ、話の続きはまたあとでね!」


 二階からルーガスさんに呼ばれた俺は、急いで階段へと駆けた。


 知り合いに会えてうれしいけど、ここに来た目的はアミールのことをルーガスさんに伝えるためだからね。


「失礼します」

「おう、入れ」


 執務室に入るとルーガスさんは相変わらずタバコをふかしながら、悪ガキのような、しかし鋭く豪快な笑顔を見せた。


「どうだった?オルディアは」

「はい。目的も無事果たせましたし、色々と良い経験をさせてもらえました。――ただ、ここと比べると国民の幸福度は大分低いかなと」

「まあな、今の王になってから周辺国からの評判も良くねーからなぁ。――して」


 ルーガスさんはタバコをもみ消した。


「そこのべっぴんの姉ちゃんからどえらい黒い力を感じるんだが、大丈夫なのか?」

「ベルセフォネですか?」

「――まあ…… 手綱だけはちゃんと握っとけよ」

「は、はい。肝に銘じておきます」


 そろそろ本題へ……


「あの、ルーガスさんに紹介したい女性がいるんです」

「おー、そりゃ気が利くな。ただ俺は女の好みにうるせぇぞ? 胸はデカけりゃデカいほどいいな、そして歳は四十くらいの熟れた――」

「い、いやいやそうじゃなくてですね…… ギルドで働きたいっていう子がいるんです」

「なんでぇ、就職希望者の話しか。で、どんな子なんだ?」

「勉強熱心ですごくいい子ですよ、絶対にここの看板娘になれると思います」

「ほう。じゃあ今度連れてこい、最近忙しくてな、ちょうど受付嬢を増やそうかと考えてたところだ」

「ありがとうございますルーガスさん、すごく喜ぶと思います」


 これはもう内定決まりだな。アミールはどんな顔をして喜ぶだろう。


 そうだ、準備もあるだろうし、迎えに行く前に今のうちに連絡しておこう。


 俺は通信魔導具を取り出して連絡を試みた。


「アミール聞こえる?凛人だけど。アミール? ――あれ、おかしいな」


 俺は何度か魔道具に向かって呼びかけた。しかし、向こうからの反応はなかった。


「もしかして家に置いて出かけてるのかな。はは、アミールのことだからありえるかも」

「いや違うな」

「え?違うって……」

「中央の水晶が光ってねぇだろ。通信できてねぇってことだ、向こうのに繋がってれば水晶は光るんだよ」

「ってことは――――」

「まあ、なんらかの要因で壊れたか破損したとしか考えられねぇな。故障の可能性もあるにはあるが」


 壊れた…… 俺はその時、なぜか強い胸のざわつきを感じた。


 でも、何かあったのなら連絡をしてくるはず。そのために通信機を渡したんだから。使い方もちゃんと――――



『話すときはこのボタンを押すんだ』

『へー、このボタンを押してから話せばいいんですね?わかりました!』



 俺は渡した時の会話を思い出した。


 ――なんてことだ。話すにはトランシーバーと同じ、()()()()()()()()()じゃないと相手に声は届かない。


 じゃあ、メイさんの家で聞こえたあの音は……


 アミールが通話しようとボタンを押した音。押しただけだから、その一瞬だけ俺の通信機に繋がった、その音。


「アミールッッ!!!!」


 俺は部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。




▢ 次回:Fall to the dark side


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