第58話 エルカデ村の最後と届かない祈り
――――ここはエルカデ村。
勇者様……リント様に助けて頂いて、この村は今日も平穏だ。
今のこの国では、武力を持たない村の存続は難しい。事実、いくつもの村が壊滅したという話しは、旅人からや風の噂で聞こえてくる。
領主が逃げてしまった現状では、この村は皮を剝かれて放置された無防備な果実のようなもの。本来だったら、レヴィアタンに襲われた時点で終わっていた。
でも、あの人たちのおかげで、今日も私はこうやって変わりない日常を送ることができている。
私たちは、農業の神と言われている火の神ラグナー様と、水の神マーレ様に毎日祈ることから一日が始まる。
私は神というものを信じてはいない。じゃあなんで祈っているのかって?――これは、物心ついたころからやってる習慣のようなもの。食事の前には手を洗う、朝起きた時と寝る前は歯を磨く、私にとってはその程度のことなんだ。
「よしっと!」
居間に飾ってある小さな像に祈りを済ませた私は、軽い足取りで部屋へと向かった。
布団の上に服を並べて私は悩む。
「うーん。どれがいいかな……」
鏡の前に立ち、一着ずつ体に合わせみる。そして、仰向けにベッドに倒れ込んだ。
「あー決まらない!どれもいまいちに感じるな~……エブンズダールのギルドに変な格好じゃ行けないよぉ」
部屋がノックされ、ドアが開いた。
「アミール、どうしたの?」
お母さんだ。私は倒れたまま返事をした。
「お母さーん。エブンズダールに行く服が決まらないの。何が良いと思う?」
「こんなに服を広げて、困った子ね」
「だって、エブンズダールっていったらオルディアの王都並みの大都市でしょ?田舎娘丸出しの服じゃ恥ずかしいし決まらないんだもん」
「服ねぇ。 ――あ、ちょっと待ってて」
そう言って姿を消したお母さんは、一着の服を持って戻ってきた。
「これなんかどうかしら、お母さんが昔一度だけ着たんだけど」
「わぁ!すごい高価そうな服。こんなのどうしたの?お母さん」
「新婚の時、領主様に呼ばれて王都へ出向いた時にお父さんに買ってもらったの。断ったんだけど、似合うだろうからって押し切られちゃって。おかげで2ヵ月は粥と干し肉の生活になっちゃったけどね」
お母さんは嬉しそうに笑った。
「ねえねえ、着てみてもいい?」
「ちょっと難しいから手伝ってあげるわ」
――着替え終わった私は鏡の前に立った。
「うん、すっごく可愛い!これなら恥ずかしくないよね、お母さん」
「ええ、とても似合ってるわよアミール」
「ありがとうお母さん!お父さんにも見せてくるね!」
私は羽が生えたかのような足取りで外へと飛び出した。
外へ出ると、お父さんは隣の家のセスおじさんと談笑していた。
「ねえ!どお?この服」
私はくるりと回って見せた。
「――その服は母さんの。とても綺麗だよアミール、昔の母さんより似合ってるんじゃないか?」
「はえ~、どこのべっぴんさんかと思ったらアミールちゃんか。都会のお嬢さんみたいだなや」
「えへへ、ありがとう。お父さん、セスおじさん」
ヨシ、これで服の問題は解決!あとは――――
家に戻った私は、居間の椅子に座り、裁縫道具を手に取った。
「さてっと」
これはリント様に渡すお守り人形。村を救ってくれて冒険者として危険な戦いに身を置くあの人に、せめて何かお返しがしたくて心を込めて作っている。お金もないし、こんなものしか送れないんだけどね。
迎えに来ると言ってたけど、いつ来るのかわからないから急いで作らないと。
「あれ?姉ちゃんまたなんか作ってる」
弟のエリオが剣に見立てた木の枝を持って帰ってきた。リント様にああ言われたのに、まだ冒険者になるのを諦めてないみたい。
あの日から畑の手伝いそっちのけで木の棒を振り回している。
「フッフッフ。なんだと思う?」
「ん~。――わかった!人に化けたゴブリン人形?」
「なわけないでしょ!!何が悲しくてゴブリン人形なんて作るのよ!リント様に渡すお守り!」
「え…… もしかしてそれリント兄ちゃんなの? ゴブリンかコボルトかと思った」
「あーもう…… 気が散るからあっち行ってなさい」
「はーい」
我が弟ながらほんっとうにデリカシーがないやつ。姉として将来が不安になる。
「アミール、ご飯の支度をするから井戸から水を汲んできてくれる?」
「うん、わかった。エリオー!」
「はーい、何?」
「水汲みに行くからあなたも手伝ってくれる?」
「オッケ!特別にオレが姉ちゃんの護衛してやるよ」
「はいはいありがとうございます、騎士様」
「騎士じゃなくて冒険者だって」
「そう、じゃあ守って頂けますか?冒険者エリオさん」
「フッフッフ、任された!報酬はあなたのスープの肉一個でいかがかな?」
「りょーかい」
井戸は村に三ヵ所あるけど、うちから一番近いのは村の裏手にある。
井戸に着くと、私は備え付けの桶をスルスルと井戸へと下ろした。
ぶるっ……
「どうしたの?エリオ」
「ごめん姉ちゃん、おしっこしたい」
「たいそうな護衛ですこと。トイレに行ってきていいわよ、その辺でしちゃだめだからね」
「うんわかった!」
――にしても水の入った桶は重たい……井戸の底から引き上げるのも結構体力を使う。
都会みたいに、水道とまではいかなくても手押しポンプでもあればこの作業も楽になるんだけど……ねっ!んしょ。
「手伝おうか?お嬢さん」
ロープを引いていると、後ろから誰かが声をかけていた。村の人かしら。
「あ、いえ大丈夫です。ありがと……う……ござ」
そこには、まだ先日のことで鮮明に覚えている……
あいつらがそこにニヤつきながら立っていた。
「あ…………あ……レヴィア……」
「へっへっへ。そんなに怯えるなよ。俺のガラスの心が傷ついちゃうだろ、可愛いお嬢さん」
私は全身の力が抜けて、ロープを手放した。
桶はガラガラと音を立てて、井戸の底へと落ちていく。
「キャ――――!!助けてッ!!」
「うわぁ――――!!!!」
すぐに、村の方からは悲鳴が上がり始めた。
な、なに? ――――何が起こってるの?
私の頭の中は酷く混乱していて、冷静な思考すら保てなくなっていた。
逃げたくても、足が竦んでしまって動かせない。
「アミールッッ!!!!」
そこへ、お父さんがホークという大きなフォークのような農具を持って駆けつけてきた。
「お、お父さん!」
「無事だったかアミール!お前だけは……早くティーレの町に逃げるんだ」
お前だけ…… その言葉に、私は言い知れぬ不安を覚えた。
「おとうさん、お、お母……さんは?」
「――――母さんは…………やられた。……守って、やれなかった」
「――――え……?」
悔しそうに涙を流すお父さんを見て、私はその場に膝をついた。
「!? ――何をしてる!!早く逃げ――ぐあっ!!!!」
お父さんは、目の前で刺されて倒れ込んだ。
それを野盗たちは、何度も、何度も、……倒れたお父さんを剣や斧で斬りつけた。
真っ赤に染まってピクリとも動かなくなったお父さん。そんな……やだ……やだよ。
「お父さん!!ねえっ!!お父さんってば!!一人にしないで!!」
一目瞭然だった。――お父さんは、すでに死んでいた。
「お……お父……さ」
そんな私に悲しむ間も与えず、野盗の一人が私の腕を掴んだ。
「い、いやッ!!」
私はその手を強引に引き離し、その勢いで激しく転倒した。
「た、助けて!!誰かっっ!!」
立ち上がり、私は走って逃げた。その時、
「逃げられねぇように足を狙え」
その声がした矢先、私の足に激痛が走った。
「ああぁ――ッッ!!!!」
あまりの痛みに倒れ込んだ私のふくらはぎには、矢が刺さっていた。
「――ほう。村娘にしちゃあ、こりゃまた随分とまあ……」
男の舌なめずりに、私は戦慄を覚えた。
見覚えがある。この男はレヴィアタンの……
「おいおめぇら、ここはいい。あっちで暴れてこい」
「はい!お頭!」
男が私ににじり寄る。
「じゃあお嬢さん、あっちの納屋の陰に行こうか。な」
「い……いや……」
必死に這って逃げる私の結った髪を男は乱暴につかみ、持ち上げた。
「い、いぃ痛い!!離して!!」
「大人しくしろやコラ! それともこんな人目に付く場所でいいのか?俺ぁそれでもいいんだぜ?」
この男の言わんとしていることは私にも分かった。私は、鳥肌が止まらなかった。
その時、私は思い出した。
リント様から預かっていた通信魔導具。確か鞄に。――――あった。
私は通信魔導具を取り出し、藁にもすがる思いで声を出した。
「リント様!!お願い助けて!! レヴィアタ――――」
男は、私の手ごと通信魔導具を踏み潰した。
「ああッ!!」
「てめえ……誰に通信した。――あぁ!? 早くこっちに来いクソアマが!!」
私は髪をつかまれ引きずられながら、いるはずがないと思っている神に祈った。
神様、こんな時ばかり都合よくお願いをする私をお許しください。もし、もし本当におられるのならどうか私をお助けください。そして、リント様にもう一度――――
武力を持たないエルカデ村は炎に包まれ、壊滅した。




