第55話 王国裁判
入ってきた兵士はガイネルの姿を見て笑顔を見せた。護衛に同行していた兵士だ。
「ガイネルさん!意識が戻ったのですね!」
ガイネルは真剣な、覚悟を持った面持ちで兵士に尋ねた。
「――――裁判はいつ開かれる?」
その問いに兵士は笑顔から一転、顔を強張らせると両ひざをついて頭を下げた。
「申し訳ありません! ――我々も起こったことを正確に報告する義務があり……」
「君たちは悪くないさ。――いつだ」
「――――二十日後だそうです……それまでに王都に戻らないといけません」
兵士は大粒の涙を流し、体を震わせている。
「命の恩人であるあなたにこんな不義理をしないといけないなんて……本当に……本当に申し訳ありません……」
ガイネルは立ち上がり、ベッドへと腰を下ろす。
「なぜ謝る。君は兵士としての務めを果たしただけだろう。顔を上げろ、そして胸を張れ」
兵士は立ち上がり、涙にぬれた力強い視線をガイネルへと送った。
「あなたの戦いは私を含め8人の兵士が目撃しております。王への御目通りは敵わずとも、上の者にあなたの減刑を嘆願するつもりです。――8人とも、意見は同じです」
「ありがたいが、これは王族の死が絡んでいる。そんな事をしたら解雇されるか、下手をしたら君たちも何かしらの罰を受ける可能性もある」
「覚悟の上です!あの状況から生きて家族の元へ帰れるだけで感謝の言葉もありません!解雇されたら、あなたのように冒険者にでもなりますよ。子供のころから憧れもありましたし」
「――――そうか」
兵士の言葉に、ガイネルは張りつめた表情を緩め笑みを浮かべた。
♢
――――十日後
手ごろな馬車を調達した一行は、王都へ向かって旅発つことになった。
まだ低ランクの魔物とも戦える状態ではないガイネルではあったが、王都までは急いでも一週間はかかるためこれ以上は停留するわけにはいかなかった。
裁判は十日後。馬車の揺れなどが重体の身体に応えるが、のんびりはしていられない。
ガイネルは動けずとも、鍛えられた兵士が八人と、S+冒険者のエリーザがいる。岩竜ヴォルガンディアには後れを取ったが、エリーザは強い。
今回のような余程の不運に見舞われなければ道中の戦闘も大丈夫だろう。
「悪いが、俺は眠らせてもらう。まだ少し頭痛が酷くてな」
過度な心配をさせないようにガイネルは気を使ったが、身体も少しの揺れで声が漏れそうになるほどの激痛が走る。常人なら一週間を超える馬車の旅には到底耐えられない状態だ。眠れるはずもなかった。
「あんたはゆっくり休んでいて。私たちが付いてるからね」
「ガイネルさん、あなたは私たちが無事に送り届けます!」
「――ああ、頼む」
揺れる馬車の中、ガイネルは痛みに耐えながら無理やり目を閉じた。身体の休息には目を閉じるだけでも効果があるからだ。
――――まさか、戦いの中ではなくこんな形で最期を迎えるとはな。
ガイネルは死地へと向かう馬車の中、諦めにも似た表情をしていた。
恐怖などではない。戦いに生きる冒険者として、無念以外の感情はわいてこなかった。
寿命で逝けたら幸運。半ばで倒れるなら戦いの中で。
根っからの戦士気質のガイネルは、そう思ってこれまで生きてきた。――それが、まさか処刑で終わるとは……
ガイネルは思い通りに行かない人生に心の中で中指を立て、そして自らを嘲笑った。
♢
――――八日後、馬車は無事に王都へと着いた。
帰路の状況は兵士が通信魔導具で逐一やり取りをしていた。そのため、城門へ着くなり十名をほどの兵士が馬車を取り囲み、ガイネルとエリーザは拘束されてしまった。
「――エリーザは関係ない。拘束を解いてやってくれ」
ガイネルの申し出に兵士が応える。
「ご安心を。奥様はすぐに解放されると思います。奥様は最後まで、命を賭して馬車を守っていたと同行した兵から報告を受けております」
ガイネルが旅を共にした兵たちの方を振り返ると、兵たちは頭を下げた。
「――――そうか。ありがとう」
「いえ、こちらこそ同僚を、仲間を助けて頂きありがとうございます」
城から出てきた兵士一同は、ガイネルに敬礼をした。そして、ガイネルもそれに応えるように頷いた。
「――あんた……」
エリーザが目を潤ませてガイネルの肩へと手を添えた。
「エリーザ、すまない……イヴァンを頼む。そして伝えてほしい」
ガイネルはそっとエリーザを抱き寄せた。
「――父は、お前を愛していたと」
エリーザの涙が数滴こぼれ落ち、足元の土を濡らした。
「――――まったく……言い出したらてこでも聞かないんだから。あたしたちなら逃げることもできたってのにさ。――――でもあたしも諦めない。国中のギルドの連中を引き連れてでも抗議してやるよ。死ぬなんて絶対に許さないんだから」
「――――エリーザ」
二人に兵が近づく。
「お二方、そろそろ」
兵たちに連れられ、二人は別々の牢へと入れられた。
――――そして二日後。ガイネルの元へ三人の兵士がやってきて、牢を開けた。
「ガイネルさん、お時間です。両手を前にお出しください」
そういうと、兵士はガイネルの腕に手枷をはめた。
「フッ。こんなものを付けなくても、暴れられる体ではないんだがな」
「申し訳ありません。規則ですので」
ガイネルは兵士に連れられ、城の大ホールへと向かった。
「妻は、エリーザはどうなった?」
「奥様は早朝に釈放されております。ご安心を」
「――そうか。感謝する」
ほどなく、大ホールの扉の前へ着いたガイネルは目を閉じた。
ここで俺の命運は決まる。
閉じた目の奥で浮かんできたのは、妻と息子、そしてギルドの冒険者仲間たちの姿。
25年の人生、短くも実に濃い人生だった。鼻から深く息を吐き、ガイネルはそう思った。
一人の女を深く愛し、その女との間に子を設けることができた。俺の血は途絶えず、受け継がれる。
惜しむらくは、息子の成長をこの目で見届けられなかったこと。
剣を握ることしか知らなかった男は二歳になる息子のことを思い、不慣れな育児に奮闘した日々のことを思い出し、薄く笑った。
――大ホールの扉が開かれた。
両側の壇上には貴族たちがそろい踏み、その後ろには大勢の選ばれし傍聴人たち。
数多の視線が、ガイネルへと注がれた。
ガイネルは、中央の壇上の前に連れて来られ膝をついた。だが、もう覚悟の決まっているこの男にとって、処刑を言い渡されるであろうこの厳粛な場にも、大勢から寄せられる厳しい目にも、男の胸の中のろうそくの炎は揺らぐことはなく、その心情は凪のように穏やかだった。
遅れて、奥から一人の男が威厳ある歩みで中央の壇上へとやってきた。
この男は、現国王エメリエルの父であり、前オルディア国王のマウノリアス・イデル・オルムデイア十七世。
エメリエルとは違い、国を下から支える農民、平民を第一に考えた政策で国民からの指示も厚く、長いオルディア史上、もっとも平穏な時代を築いたとされ、"泰平の王"と呼ばれた稀代の名君である。
「ガイネル・エルディオ、面をあげよ」
ガイネルはマウノリアスを見上げた。
二人の視線が交差する。ガイネルの眼差しを見たマウノリアスは感心し、思わず手を叩きたい衝動にかられた。
この男は死を恐れるどころか受け入れ、そのまっすぐ見つめる瞳には一片の後悔もない。そして、死の宣告を前にして尚、その瞳の奥に宿る忠義の炎は、静かに、未だ熱く燃え滾っている。
マウノリアスは、この一瞬の命の交差路で見せた一人の男の目に惚れてしまっていた。
十秒ほどの沈黙のあと、マウノリアスは口を開いた。
「――――余は、そのような忠義に厚い目を見たことがない」
貴族、そして傍聴人たちの動きが止まり、会場が息を飲む。
「お主がその忠義を誓う者の名前を教えよ」
王の問に、ガイネルは臆することなく応えた。
「私にそのような主はおりません。――忠義を誓うとするなれば、それは、私自身の誇りに対してでございます」
マウノリアスは息を吸うと鼻から深く、長く息を吐き、座して死を待つのみだった男に問うた。
「――その忠義、お主の今後の人生をかけて、余に、そしてオルディア王国に捧げる気はないか?」
マウノリアスの言葉に、会場が激しくどよめいた。
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