第54話 英雄たらしめるもの
妻のエリーザが夫の無事を願い祈りを捧げた。
雄たけびをあげ、果敢にもガイネルはヴォルガンディアに向かって地を蹴った。
ヴォルガンディアも、巨体からは想像もできないほど俊敏にその体を動かし、鋭い五本の鉤爪でそれを迎え撃つ。
襲い来る鉤爪を躱しサイドに回ると、ヴォルガンディアは間髪をいれずに岩の突起だらけの巨大な尾を振り回した。
ガイネルはそれも紙一重で回避した。衝撃で沼地の水と泥が激しいしぶきを上げ辺りに飛び散る。
刹那、ガイネルは考えた。
この今にもマグマが噴き出しそうな、禍々しく発光する頑強な身体に攻撃をしても隙を作るほどのダメージが通るかわからない。腹部に潜るのも悪手、鋭利な突起が無数にあるため背に乗ることも不可能。
――どうする。
岩石のような固い表皮に覆われていない場所……
それは目しかない。
ガイネルはスピードを生かして周りを駆け、岩竜を翻弄する作戦に出た。
沼地の泥に足を取られスピードは最高速には届かない。しかし、それでも効果はあった。
よし、これなら斬り込む隙くらいは作れる。 ――その時。
ヴォルガンディアはグラグラと不気味に体を揺らし、身を屈めた。――何かをする気か?そう思った瞬間だった。
ヴォルガンディアの身体から勢いよくガスのようなものが周囲全体に噴射された。
「うあああ――――――――ッッ!!!!!!!!」
ガイネルの叫び声が辺りに響いた。
それは、高熱のガスだった。瞬時の出来事で警戒態勢も取れず、まともに喰らってしまったガイネルは、泥の中をゴロゴロと転がり、酷いやけどを負って地に伏した。
「――あ、あんたっ!!!!」
妻の声に顔を上げたガイネルは叫んだ。
「バカ野郎!!!!声を!――出すなっ!!!!」
ガイネルが恐れていたことが起きる。ヴォルガンディアは馬車の方を振り返り、睨みつける。ターゲットが移ってしまったのだ。
必死に起き上がろうともがくガイネル。そして、剣を構えるエリーザ。
――ヴォルガンディアの岩石のような表皮の裂け目がマグマのように真っ赤な光を発する。そして、口を大きく開けた。
「――――な、何をする気だ」
馬車の方に狙いを定めたその口は、不吉を体現したかのような光を宿した。
「ひ、ひいいいッッ!!!! どうにかしろ!!私は死にたくない!!おい冒険者の女!お前が盾になれ!!」
盾になるどころか、エリーザの足は恐怖で竦んでおり、逃げたくても逃げ出せない状況にあった。
恐怖で金縛りにあったかのように動けないエリーザは、精一杯のか細い声で言葉を紡いだ。
「――――ガイネル…………助けて……」
口内の光がより一層発光を始めた。
「う、うおおおおおお――――――――!!!!!!!! エリーザッッ!!!!!!!!」
エリーザの声はガイネルにだけは届いていた。
ガイネルは鬼の形相で立ち上がり、走った。そして、それとほぼ同時にヴォルガンディアの熱線が口内から発射された。
熱線は激しく照射され、馬車と馬を飲み込んでいった。
馬車と馬は激しく焼かれ、そしてバラバラに吹き飛ばされ、熱線の照射された直進百メートルは火の海に変わった。
――――ガイネルの手は、届いていた。
茂みに吹き飛ばされたガイネルの腕の中には、最愛の妻が眠っている。ちゃんと息はしている。
ガイネルは安堵した。しかし、燃えた一部の破片しか残っていない馬車の残骸を見て、ガイネルはギュッと目を瞑り、俯いた。
妻は救えた。だが、同時にガイネルはとんでもない重罪を犯してしまった。
国から依頼を受ける際に渡された契約書面の一文には、こう記されてある。
『任を受けた冒険者はなによりも護衛対象を尊重、優先し、死しても守り抜くこと。その命を破る行為、または逃走をはかった場合、重罰に処す』
ガイネルは、王族の命よりも妻を選んでしまった。
どの道、生きて帰れても火刑が妥当。どうせ死すなら妻を守り今ここで……
ガイネルは再び剣を構えた。
「おいあんたたち」
ガイネルは散りじりになり腰を抜かした兵士たちに声をかけた。
「妻を頼む」
「お、お前死ぬつもりか!あんなのに一人で勝てるわけがない!戦うなら俺たちも――」
「俺はどうせ処刑される身だ。そしてこのままではどの道全員死ぬ。――あんた家族は?」
「家族?――妻と娘が……」
「あんたは?」
「お、俺も妻と、子供が三人いる」
ガイネルはフッと笑った。
「だったら生きて帰ってやれ。突破口は俺が開く」
「あ、あんただって子供がいるだろ!子連れの双竜を知らない奴はいない!」
「はっはっは!俺の妻は双竜の片割れエリーザだ。俺がいなくても子は立派に育つさ。S+の冒険者として誰かとパーティでも組めば生活の心配もない」
巨大な岩竜を前にして、笑う男の後ろ姿を兵士たちは目に焼き付けた。そして思った。
この男こそ英雄と呼ばれるに相応しい男だと。いや、勇者と呼ばれても過言ではないと。
俺を前にして悠長に話し込むな。そう言わんばかりにヴォルガンディアは再び身体を発光させた。
「――またあれが来る!!」
ガイネルは勇ましく叫びながらヴォルガンディアへと走りだした。
大きく開けた口の真下にガイネルは潜り込んだ。そして、足にオーラを集中する。
「うおおおぉ――――――――!!!! 昇竜閃!!!!!!!!」
地面に弾かれるように飛びあがったガイネル。その剣は、ヴォルガンディアの顎へ直撃し、光線は閉じた口の中で暴発した。
「グオオオォォオオォオオオ!!!!」
ガイネルは剣へと再びオーラを集中させ、右の腰に携えたマン・ゴーシュという短剣を抜き、二つの剣で十字を作った。
「俺の出せる最高の技だ!! くらえ化け物めっ!!!!」
ガイネルの身体と剣が光を発する。
「グリタリング・サザンクロスッッ!!!!!!!!」
神々しい十字のオーラ斬撃が剣から放たれ、その斬撃はヴォルガンディアの右目に直撃した。
しかし、屈強な岩竜は驚きと苦しみの咆哮を上げながら、尚もその巨大な尾を振り回した。
身体への負荷が大きい技を繰り出したガイネルは、その尾を避けきれず直撃を喰らってしまった。
吹き飛ばされ、岩へ激しく体を打ち付けるガイネル。しかし、白目をむき半分意識を失っているであろうガイネルは立ち上がり、剣を構えた。
その常軌を逸した気迫に、ヴォルガンディアは一瞬たじろぎ、目を細めた。
そう、奴の獣としての本能が恐れを抱いたのだ。
野生の獣は思考よりも本能が大半を占めて生きている。その本能が恐れを抱き、危険というシグナルを発したら勝負はそこで終わりだ。
身をひるがえしたヴォルガンディアは、地面を揺らしながらアベリーゼ共和国の方向へ消えていった。
天災級の魔物と人間種の戦いは、人間であるガイネルの勝利で幕を閉じた。
――――意識の遠くで声が聞こえる。
「近くの街へ急いで運ぶぞ!」
「英雄を死なせるな!!急げ!!」
――英雄?誰のことだ? ……俺は、勝ったのか?あの化け物に? ――――エリーザは……
靄のかかった意識の中で、ガイネルは思考し、そして意識は途切れた。
――――目を覚ますと、知らない部屋にガイネルは寝ていた。
置いてあるものなどを見る限り、医療施設であることはすぐにわかった。
「俺は……助かったのか」
そう理解したあと、ガイネルは跳ねるように体を起こした。そう、最愛の妻エリーザの姿が見えないのである。
エリーザはどこだ。ガイネルはベッドから降りると、まだおぼつかない脚で歩き始めた。
その時、病室のドアが開いた。
入ってきたのはカゴいっぱいの果物を抱えたエリーザだった。
「え、エリーザ!!」
「!!!! あんた!目が覚めんだね!!」
「無事で……よかった……」
エリーザの姿を見たガイネルは、安堵でその場に崩れ落ちた。
その場にカゴごと果物を落とし、エリーザが駆け寄る。
「まだ寝てなくちゃダメだよ!火傷も酷いし骨も11ヵ所折れてるって先生が!」
「――俺は、どれくらい寝ていた?」
「今日で3日目よ。普通なら死んでるって先生も驚いてたわ」
エリーザは涙をぬぐいながら笑った。
しかし、ガイネルの表情は暗く硬いものだった。
「――エリーザ、お前はイヴァンを連れて他国へ逃げろ」
「……そのことなんだけど、あんたも一緒に逃げようよ。あの子にはまだ父親が必要よ」
「いや、俺は逃げることはできない。俺まで逃げたら、国はメンツを保つためにどこまでも追ってくるだろう…… 俺たちのせいで王族が死んだのだからな」
「そんな! ――あんなのどうしようもなかったじゃないか!誰のせいでもないよ!」
その時、ドアがノックされ、一人の兵士が入ってきた。
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♦筆者イットより♦
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