第52話 魔王
魔族領内
ウォルボレンの衝撃的な言葉に、ヴァルヌスを除く二人が表情を変えた。
数秒間の沈黙のあと、冷静さを取り戻したセルドが問いかけた。
「――それがあなたの出した答え?」
「そうだ。魔族種の繁栄のためにはそれしか方法はない」
ウォルボレンは再び目を閉じた。
「星骸は星の意思だ。抗う術は、ない」
バルグの怪しい影がうごめき、ウォルボレンに近づく。
「ウォルボレン!俺たちが身命を賭して仕える主は魔王様一人だ!……まさか貴様、裏切るつもりか?」
「――その逆だバルグ。星骸が何を目的として復活したのかは定かではない。だがお前も経験したはずだ。500年前のあの惨劇を……」
ウォルボレンの言葉に、バルグの怪しく光る眼が細められる。
そして、ウォルボレンはさらに続けた。
「抗えば、先代の王のように確実に殺される。ご子息のいない今の王が死ねば、その時こそ魔族は導を失い、夜明けの霞のごとく消える道をたどるだろう」
「――――お前の力でもどうにもならないのか?」
「不可能だ。星骸は星の意思だ。私の"存在審判"はこの世界に必要か不必要かを、私の独断と権限で魂に問いかける能力だが。――星の意思には介入できない。500年前に検証済みだ」
短い沈黙のあと、セルドがウォルボレンへと歩み寄り、残り二人を順に見た。
「私はかまわないわ。――というか、賛成ね。あなたたちはどうするの?バルグ、ヴァルヌス」
セルドの問いかけに、ヴァルヌスがゴツンゴツンと重い足音を鳴らしながら二人の横に並んだ。
「――はぁ…… そうかよ。お前が賛同するなら俺もそうするとしよう」
♢
四人は、沈黙の塔と名付けられた古塔へと向かった。
特殊な魔法技術で建設されたその塔は、内部の音を一切外へと漏らさない造りとなっており、本来は法を犯したものや密偵などを幽閉、拷問する目的で建てられた。
王はまるで自分自身を罰するかのように自らをこの塔へと幽閉し、この数百年の間、誰一人その姿を目にした者はいない。
城の真裏に位置し、不自然なまでに沈黙を貫きひっそりと建つ沈黙の塔。
塔の入り口には、3人の退屈そうな魔族兵たちの怠惰な姿があった。
「しかし。――なんの刺激もない毎日にはもう辟易だぜ」
一人の兵が背伸びをしながらため息をつく。
「まあでもよ、こんな仕事で賃金貰えるんだからいいじゃないか。あの戦争に駆り出されてたら俺たちも死んでたかもしれんし」
「まあな。ものは考えようってやつか」
「ははは、そうそう。さて、もうすぐ夜勤と交代か。今日の晩飯は何食べようか」
「グレンツ亭で一杯ひっかけながら焼きテレスバードなんてどうだ?」
「いいねえ。そのあとは酒場でも行ってゼイレーヌちゃんと……あ……」
二人の兵の表情に緊張が走り、忠義に熱い衛兵のように姿勢を正す。
「おいなんだよ急に、そんな事してたら疲れるって、どうせこんな所に誰も来ないんだからよ。ふわ~ぁ」
座り込み欠伸をする門兵を四人の影が暗く染める。
「――――おい」
「お、交代の時間か? いつもより早……い……あ」
振り向いた門兵の顔に戦慄が走った。
目の前には、雲の上の存在であるエビルロードの四人が氷のような視線を向けて立っているのだから仕方のないことだ。
兵は慌てて立ちあがり、握った拳を腹部にあてる魔族式の敬礼をした。
「もも、も、申し訳ございません!!」
「――いつもそのような態度でこの塔を警備しているのか?」
ウォルボレンの言葉に、兵の額から汗が滴り落ちる。
「めめめ、滅相もございません!!今日はその……体調が思わしくなかったので……その……」
兵の声が、徐々に弱々しくなっていく。
「――そうか。体調には気を配っていろ。それも兵の務めだ」
「は、はい!!申し訳ございません!!」
兵の二人が扉を開き、四人が塔へと入っていく。
ウォルボレンは兵の嘘には気づいていたが、あえてそれを見逃した。無駄な殺生はしないし、無意味に怒りをまき散らしもしない。それがウォルボレンという男なのだ。
しかし、この男はウォルボレンのように甘くはなかった。
「おいお前たち」
「は、はい!!」
「その兵を後で俺の部屋に連れてこい。いいな」
「か、かしこまりました!!」
「そそ、そんな!……バルグ様お許しを!!」
兵の悲痛な声を無視して、バルグは不気味な影を塔へと滑り込ませた。
「バルグ様ァァ――――!!!!」
扉が閉まると、外界の音は異質なほどに遮断され、彼らの足音だけが聞こえる無音の空間になった。
「バルグ、兵は宝だ。無意味に殺すのは良いことではない」
「こともあろうか魔王様のお足元であのような態度。相応の罰は必要だウォルボレン」
四人は壁沿いに造られている螺旋階段を上へ上へと昇っていく。
そして、塔の最上階にある扉の前で足を止め、跪く。
「――――私に何か用ですか?ウォルボレン」
扉の中からは、女性の美しい声が聞こえた。
「魔王様、現在の状況についてですが」
「――大抵のことはここからでもわかっています。星骸の復活ですね?」
「はい。あの忌まわしくも強大な存在が蘇ってきております。恐れながら、そのことで私から進言が――――」
「わかっております」
魔王はウォルボレンの言葉を遮った。
「――そう、そうですね。配下に加わる道以外は、我々が生き残る可能性はゼロに等しいでしょう。一つ、気になることはありますが」
「気になることとは?」
「此度の復活に関わっている、人間種の青年の存在です」
「人間の青年?」
「人間の男……」その言葉に、セルドは地下道での出来事を思い出していた。
魔王は、セルドの脳内を読み取っているかのように言葉をつづけた。
「そうですセルド。あなたが会った青年、それが此度の星骸の主です」
「……あの男が」
ウォルボレンが口を開く
「その青年がどうかなさったのですか?」
「――いえ。口にするには今はまだ曖昧で、流動的な要素を多分に含んでいます」
その言葉のあと、数百年間けして開くことがなかった目の前の扉が徐々に開き始める。
そして、中からは魔王という肩書きからは想像すらできない、儚げで美しい女性が姿を現した。
その目は黒と青のオッドアイ。
「数百年の間、私のせいであなたたちには苦労を掛けました」
「もったいないお言葉でございます。魔王様」
四人は、目の前の女性により深く頭を下げた。
「魔族の命運を左右する拝顔。私もともに出向きましょう」
オッドアイの瞳に力が帯びる。
「――――星骸と、その"主"の下へ」
♦筆者イットより♦
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