第51話 魔族たちの決意
「――行かないの?」
呆然、絶句が入り混じり、沈黙が支配していた現場でベルセフォネが問いかけた。
「あ、ああ……そうだね、行こうか」
ベルセフォネの言葉にハッと我に返った俺は、そう答えるのが精いっぱいだった。
「お、おいあんた!!」
Bランクパーティの男が、警戒するようにベルセフォネをチラチラと見ながら駆け寄ってくる。
「あ、あのお嬢さんはいったい何もんなんだ?あんたの仲間なんだろ?」
「え、ええ。ついさっき仲間に……」
「あ、ありゃあSだのS+なんてもんじゃねえ…… 称号持ち、それもゴールドやプラチナじゃねえ、もっと上位のランクとしか考えられねえ」
さらに男は声を震わせながら続けた。
「ダークリカントは単体でも厄介だが、問題は群れだ。奴らは知能が高くて5体以上になると連携して狩りを始める。だからそれを加味してS+パーティ推奨なんだ。それを……十体はいたダークリカントを指ひとつ動かさず紙屑みてえに潰しちまった……ありゃ異常だ」
異常。そう考えてもなんらおかしくはない。もし、ファンタジーの世界では畏怖の象徴である魔王というものがこの世界にも存在するのなら、そこに優雅に佇んでいる彼女はそれ以上の存在なんだから。
「ね、ねえ。やっぱベルセフォネもセレイナより強かったりするの?」
「――はい。私はおろか、フェリドゥーンでも正面から戦えば敗北するかもしれないくらいには」
「そ、そんなに!?」
あのフェリドゥーンでも勝てないかもしれないなんてとんでもない……
そんな強大な力をもってして、他の二人のように従順とは言えない存在とともに暮らしていくことを考えると、背筋がぞくりと凍り付き鳥肌が立った。
よ、用事が済んだらまた封印とか……だめかな?
「――聞こえてたわよ」
ヒールの音とともにベルセフォネがこちらへと歩いてくる。そして立ち止まって腕を組んだ。
「えッッ!!お、俺はなにも言ってないけど!?まま、また封印とかなんてそんな――」
「あんたじゃないわよ」
あ、俺じゃなかったのね、よかったぁ…… 思わず心の声が口に出てしまってたんじゃないかと――
――じゃなくて!!こんなに焦っちゃって……なんて情けない主なんだ俺は……
落ち込む俺をよそに、ベルセフォネはセレイナの前に立ち、見下ろすように睨みつけた。
「私はおろか。そう聞えたのだけど。 ――随分とふざけたことを言うじゃないの」
「わ、私は別に……」
「――自分を下げて良い女でも演じてるの? あなたのそういう所、あの女にそっくりでイライラするのよね。――あと、その言葉は私に対しての侮辱と受け取ってもいいのかしら?」
あくまで冷静な、冷たさすら感じる声色を残しつつ、ベルセフォネの語気が細めた瞳とともにわずかに強まった。
「ベルセフォネ!私は――――」
「――さあ行きましょ凛人。私の気が変わらないうちにね」
さらりと髪をなびかせ背を向けると、ベルセフォネは上空と浮かび上がって行った。
「……セレイナ、俺たちも行こう。メイさんたちが待ってる」
「はい……」
明らかに落ち込んでいるセレイナに、俺は気の利く言葉一つかけてあげられなかった。
それは、昔の二人の関係性を俺は知らないから。
軽々しく踏み込んでいいものか、俺には判断できなかった。
セレイナに掴まり、セフィリアとともに上空へ浮かび上がると、ベルセフォネは怪訝そうに薄く目を細めた。
「――もしかして、あなた空も飛べないの?」
「い、一応練習するつもりではいるんだけどね……ハハ」
俺は、反射的にヘラヘラと引きつった笑みで返した。
どうも、この高圧的なお姉さんというか女王様というか。こういった女性に俺は免疫がなさすぎる……
ベルセフォネは呆れた顔をしてるけど、はたして俺は、絶賛急下降中のベルセフォネからの評価を上げることはできるんだろうか。
先が思いやられるな……
「はあ…… 早く案内してちょうだい」
飛び立とうとしたその時、下からBランク冒険者の声が聞こえた。
「あ、あんたたち!またこの街に来てくれよな!礼くらいさせてくれ!みんなで歓迎するぜ!!」
「はい!必ず!」
俺たちはエブンズダールへと向けて飛んだ。
飛び立つ凛人たちを見上げて、冒険者たちは口にする。
「あいつらは何だったんだろうな。急に現れてあっという間に街を救っちまった」
その言葉に、Bランクの男は涼しげな顔で応える。
「もしかしたら、ああいう奴らが勇者って呼ばれるもんなのかもな」
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一方そのころ、魔族領でも動きがあった。
断罪のウォルボレン
暗渠のセルド
死霧のバルグ
壊躯のヴァルヌス
王城の玉座の間に、シュヴァールツが欠け四人となったエビルロードが集結していた。
「セルド、怪我の具合はどうだ?」
ウォルボレンが声をかけると、セルドが凛人に殴り付けられた頬をさすりながら口を開いた。
「ええ、もう大丈夫よ。 なぜか殴られた頬の回復が遅くて手間取ったけど」
「それより、まさかシュヴァールツが死ぬとはな。シャシャシャ、古株ってだけで偉そうにしてたタヌキがいい気味だぜ」
死霧のバルグが下を向きながら不敵に笑った。
黒い霧状の生物。いや生物なのかも疑わしいその物体は、細めた目だけを不気味に光らせている。
「なあ、ヴァルヌス」
「………………」
沈黙を貫くこの男は懐躯のヴァルヌス。
全身を強靭な岩で覆われ、鎧をまとった五メートルはあろうかという巨躯。
その体が動くたび、岩が擦れ軋むような不気味な音が玉座の間に響き渡る。
「――それで、今回集まった目的はなに?」
セルドの問いかけに、ウォルボレンは手に持っていたワイングラスの中身を口に流し込んだ。
「――星骸が蘇っている」
ウォルボレンの突然の言葉に、三人は鋭い反応を見せた。
「まさか、星骸が? ――なぜ?」
「わからない。ヴォルフ・ガーナインに戦争を仕掛けていたシュヴァールツが原因だと俺は踏んでいたが…… それだけで星骸が蘇るのだろうかと考えているところだ」
「ウォルボレン、それは本当の話しなのか? 気のせいって事は?」
「蘇ったのは確実だ。セルド、お前もやられたのだからわかるはずだ」
話しを振られたセルドは首を傾げた。
「――まって、私に傷を負わせたのは星骸ではないと思うわ。不思議なマナの使い方をする若い男よ。星骸にあんな奴はいなかったはず」
「シャシャシャ!そらみろ、やっぱり気のせいだウォルボレン」
ウォルボレンは静かに目を瞑った。
「俺はシュヴァールツが仕掛けた戦争を見ていた。男ではない。女だ。――その女は光の矢の一撃で五千以上もの兵を一瞬で消し飛ばした」
「そ、それは本当なの?ウォルボレン」
「シャ…… マジかよ」
「ああ。そんな芸当は星骸以外にはできない。それに、約二ヵ月前とつい先ほど、同等のマナの覇動が二つ増えた。星骸が復活してきている」
一同に緊張が走り、沈黙が訪れた。
その沈黙を終わらせたのはセルドだった。
「そういえば、あの男が現れた時に、私は地下道にもう一つ異常な反応を感じていた…… ウォルボレン、私たちを集めたって事は、なにか考えがあるのでしょう?」
「――ああそうだ。これから魔王様のおられる沈黙の塔へ向かう。その前にお前たちにも賛同を貰いたい」
「なに?」
「俺たちは、500年前と同じ轍を踏むわけにはいかない」
ウォルボレンは再び目を閉じ、そして力強く開いた。
「我々魔族は、星骸の軍門に下ろうと思っている」




