第99話 英雄との邂逅
その呼び止めに、俺は振り向かなかった。
相対してしまったら、多分俺は剣を抜きこの男に斬りかかるだろう。
あの黒い衝動が内側から這い出てきそうで、また頭の中であの声が、解放の快楽に俺を誘惑してくる。
アミールの亡骸を目にしたあの時のように、また周りに被害が出るかもしれない。今集中を切らすわけにはいかない。
あの時はセレイナとフェリドゥーンがいたから事なきを得たが、今は……
平常心だ。
このガイネルという男の噂は、この国を旅していれば嫌でも耳に入ってきた。
それは、どれもこの男を称賛する声ばかり。
人格者で、勇敢で強く、次期国王を切望されている。
まさに英雄譚と呼べる話ばかりで、俺はそれが気に食わなかった。
だが、それは俺には好都合だった。この男への称賛の声は、この怒りの炎を絶やさないために焚べる薪となってくれる。
エリオもまたガイネルを睥睨している。
あの男は、元称号持ちの冒険者でこの国では英雄だ。冒険者を目指していたエリオにとっても憧れの存在だったに違いない。
本当の家族を間接的にとはいえ奪われ、裏切られたという感情が上乗せされる分、俺よりもその怒りは強いだろう。
よく声も出さずに我慢している。
ここで俺が取り乱すわけにはいかないな。
「……俺に何か用か?」
「貴様!! こちらを向け!! 将軍閣下に向かってその態度は何事だ!!」
「よせ」
「し、しかし! ――――ッ!?」
いきり立つ騎士を、ガイネルは鋭い視線一つで制した。
「――――一瞬だが、君から殺気のようなものを感じたのだが、どこかで会ったことがあるかね?」
「……気のせいじゃないか?」
「いや……」
その言葉のあと俺の背後でガイネルは口を閉ざし、数秒間、無言の時が流れた。
「――――エルカデ村にいた青年だな、違うか?」
「…………」
「その沈黙を答えと受け取ろう。君はあの村の出身なのか?」
「……いや、違う」
「そうか。では、先ほどから私を睨みつけているそこの少年はどうだ?」
まだ子供のエリオに的を絞られると正直キツイ。
この男は、さっきから問うたびに俺たちの反応を見ている。
とぼけろとでもジェスチャーでもしたいが、こいつの目を掻い潜って伝えるのは無理だ。
「あそこは俺の村だ!」
エリオはガイネルの問いに正直に答えてしまった。
まだエリオに駆け引きは無理だ。仕方がない。
あの様子からすると、おそらくあの男は俺たちが気づいているんじゃないかと疑っている。
あの村の生き残りがいると、ガイネルにとっては都合が悪いはず。
奴はどう動く?
こうなった以上、流れに身を任せようと俺は決めた。
「――――そうか。あの村は気の毒だった。拘束したあいつらを我々が取り逃がしたばかりに。すまない、少年」
「レヴィアタンに蹂躙されたことをなぜ知ってるんだ?」
黙っているつもりだった。
しかし、気の毒だったと他人事のように言い放った奴の言葉がどうしても我慢できず、俺の口は勝手に言葉を紡いだ。
「……私の勘だ」
「なぜあの村が滅んだと思った?」
「王都から近いものでな。気になって再び行ってみたのだよ」
「いくら近くても、騎士団があの小規模な村に何度も足を運ぶとは思えないが。随分と仕事熱心だな」
皮肉でも言ってやらないと、内側から溢れようとしているあれを止められない気がした。
そして、今の会話で俺の疑いは確信に変わり始めていた。
それと同時にこのやりとりは、この男は嘘が下手な不器用で実直な男なのではないかという疑問を俺の心に投げかけ、それが少し苛立ちを感じさせた。
「……何が言いたい」
「別に。ただそう思っただけだ。いくぞ、エリオ」
「……うん」
俺たちは騎士団の横を抜け、街の外へと向かった。
「奴らを追いますか?閣下」
「……いや。やめておけ」
その騎士団の会話が、聴力が研ぎ澄まされた俺には聞こえていた。
やめておけ。ガイネルはそう言った。
俺は会話をしながら、奴にだけ鋭利なマナを向けていた。
周りに気取られない程度のものだが、あいつほどの強者なら俺の力の一部と意思は伝わったはずだ。
まだ剣を交えはしない。これは、俺からの少し早い挨拶だ。
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街を出て一時間は経っただろうか。レムリア平原を、俺たちは南の森へと歩いていた。
賑やかになるかと思った旅路も、あの男との遭遇で湿っぽいものになってしまっている。
みな口数は少なく、ライドがチラチラと俺を見て落ち着かない様子だ。
「どうしたんだ? ライド」
俺はしびれを切らして声をかけた。
視界の端でソワソワされていたんじゃ、目障りとまではいかないがこっちも気になって居心地が悪い。
「あ、いや、ハハハ。兄さん、あの英雄ガイネルとお知り合いなのかなー、と思いまして」
「あの会話を聞いて知り合いだと思うのか?」
「そ、そうですよね。ハ、ハハ、ハ……」
あいつの名前を聞いて少しいらだってしまったのか。返答の仕方を間違ったかもしれない……
さっきより空気が重くなってしまった。ここは――――
「あいつは英雄なんかじゃない!!!!」
突然エリオが叫んだ。
至極真っ当な意見だ。エリオからしたらあいつは英雄どころか仇だ。が……
「ど、どうしたんだよエリオ、急に。俺なんか気に障ることでも言ったか?」
「エリオ君、どうかしたの?」
「あの年頃の男の子は難しいのよ。反抗期とか」
雰囲気はさらに重いものになってしまった。
まだ先は長いってのに困った。この旅は暁の刃の初陣でもある。
終わり良ければすべて良しって言葉もあるが、始まりも同じくらい大事だ。
流れを変えるためにここらでなにか……
その時、地響きとともに大きな足音が迫ってきた。
「あれは…… キュクロープスだ!!」
ディックの声が飛んだ。
よし、ナイスタイミングだキュクロープス。本来ならよしではないんだが。
とりあえずここはありがたく乗らせてもらおう。
「暁の刃の初戦闘、見せてもらうぜ! 見事俺たちを守って見せてくれ」
俺の言葉に四人は武器を構えた。
「任せてください! 兄さん!!」
「い、行きます!!」
ライドとマルテスが前衛で構えた。
メアリーは、杖を構え魔力を高めつつ後ろへ後退。
「マルテスとライドは左右からアタック! 足を狙い奴の動きを止めるんだ! メアリーはいつでも前衛の支援できるように詠唱待機! 魔力の温存を優先して無暗に放つなよ!」
「はい! 吹き荒れる風よ、我が意に従い、その力を集めよ。圧縮されし風の奔流よ……」
Sランクのディックが中央から戦況を見て司令塔に。
メアリーの足元から風が巻き起こる。すぐに撃ち出せるように詠唱を済ましておく。放たなければ魔力は使わない。
魔力を温存しつつ、いつでも支援できる体制は整えておく。いい指示だ。
「はああぁーーーーー!!!!」
マルテスが動く。
鞭のような剣がキュクロープスの太ももを斬りつける。
伸びた剣気の分、リーチが長いマルテスは切り込み隊長にぴったりだ。
自信を得たマルテスに臆する表情はない。
負けじとライドも反対の足を斧で攻撃。キュクロープスは捕まえようと手を伸ばすが、ライドの曲芸のような動きを捉えられない。
初めて会った時もそうだが、ライドの回避能力は高い。
「ウオオオーーン!!!!」
キュクロプスは左右の足を攻撃され両膝を付いた。
「今だ!!」
「マルテス! 急くな!!」
「えっ!?」
「ゴアアアアッ!!」
追撃をしようと踏み込んだマルテスに、キュクロープスの丸太のように巨大な棍棒が襲う。
「うあッ!!」
「させるか!!!!」
ライドの斧に文字が浮かび上がる。
「どりゃああッッ!!」
棍棒と接触した斧は、融爆魔法グレイヴを発動させ、爆発で棍棒をはじき返した。
キュクロープスの腕が高く跳ね上げられる。
ボルドのグレイブよりも爆発が大きく見える。魔力はライドの方が高いようだ。
「はああああぁぁッッ!!」
武器を弾かれ、身体が開いた隙をディックは見逃さなかった。
駆けるディックが、二本の指をブレードに触れさせると刻印が浮かび、剣が炎を纏っていく。
なるほど、武器へと属性の加護付与するのが魔法剣か。熟練のウィザードでもないのに器用だな。
俺のごり押し魔法剣と違ってスマートだ。
「とあッッ!!!!」
火の粉を散らしながら、炎剣がキュクロープスの身体を切り裂いた。
「ゴア……アア……ア」
キュクロープスは事切れ、天を仰ぎ大の字に倒れた。
「――――や、やった。……僕たちが」
「おっしゃああ!! 新生・暁の刃の初陣、大勝利だ!!!!」
手をつなぎ喜び子踊りするマルテスとライド。
その後ろで、メアリーがディックへ歩み寄った。
「私の出番はなかったわね。紅蓮の時はしこたま酷使されてたものだけど」
「魔法は消費が激しいが戦況を変える要だ。ウィザードの出番が少ないってのは良いパーティの証だよ」
「ええ、そうね」
暁の刃は、見事に魔物を討伐して見せた。
ディックの支持も見事だったし、その指示をくみ取ったマルテスとライドの動きも悪くはなかった。
新生・暁の刃。様相以上に面白いパーティになりそうだ。
この様子だと、どうやら俺の出番もなさそうだな。




