第100話 飢える民
マルテスは両拳を握りしめた。
「僕が……僕たちが倒したんですよね? Aランクパーティ指定の魔物を」
「ああそうだ。良い働きだったぞマルテス。立派な前衛だ」
「ディックさん」
マルテスが満面の笑みを浮かべてこちらへ走ってくる。
嬉しさと興奮が同居した顔だ。魔物との初戦闘を終えた戦士にどう言葉をかけようか。
「リ、リントさん!!」
「お疲れマルテス。前衛としていい仕事をしたな」
「は、はい!! 全部リントさんのおかげです。ありがとうございます!!」
マルテスは深々と頭を下げた。
「まだ終わりじゃないぞ。暁の刃はここからスタートなんだからな」
「はい! 僕、頑張ります!!」
「よし、じゃあ先を急ごう」
あの魔物を無傷で討伐できるなら、まあ戦闘も問題なし。
ペースも悪くない、これなら――――
ん?
俺の横にいるエリオが何やらふくれっ面だ。まださっきの怒りが収まってないのか?
「どうしたんだ? エリオ」
「……ずるい」
「ん?」
「マルテスさんばっかり、ずるい」
ずるい?
「リント兄ちゃん。俺もマルテスさんみたいな力がほしいよ。ダメなの?」
そのことか……
確かに、エリオに早く力をつけさせるならその方が手っ取り早い。
まだサンプルは少ないが、今のところマルテスの身体に悪い変化は見られないし、家族の敵を討ちたいエリオがあの力を望むのもわかる。だけど……
「ダメだ」
「なんでだめなの!?」
「お前は人として強くなるんだ。それに、共生契約で万が一お前に何かあったらアミールたちに顔向けできない。――――エリオ、修行は嫌か?」
「……修業は楽しいよ。強くなってる実感もあるし手ごたえも感じてる。でも、俺に何かあったらって、それはマルテスさんも同じじゃないの?」
う……痛いところを突いてくるようになったな。子供の成長は早いって聞くが。
実はあの時はあまり深く考えてなかったとは言えないし……
でも、マルテスの場合は仕方のなかった面もある。それを正直に伝えよう。
「マルテスは、あのままだと何れ兄妹共に路頭に迷い死んでいた可能性が高かったんだ。人の好さに付け込まれて利用された挙句な。(俺が行かなきゃ実際死んでいたわけだし、これは嘘じゃない)だから、一か八かの側面もあったが試してみたって感じだ。
もちろん、仮にそうなった場合は妹たちを屋敷に引き取るつもりではいたけどな」
「えー。なんか納得できないなぁ」
「まあ理解してくれ。お前は人間として強くなってほしい。そして、いつかお前の手も借りたくなった時は改めて考えるよ。俺がそう思えるくらい強くなるんだ」
「わかった」
そのやり取りを見ていたセフィリアが、ニコニコとしながら俺たちに近づいてきた。
「なんだよセフィリア、ニヤニヤして」
エリオが口をへの字にしながらそっぽを向いた。
「エリオ、リント様をあんまり困らせちゃダメだよ」
「何だよお姉さんぶってさぁ。セフィリアが俺よりチビだったって知ってんだぞ」
「今はエリオよりおっきいし歳も上だもん。エリオも早く大きくなるといいねー」
「エルフだから反則だろ!」
「よしよし、良い子ねー」
「こ、こら頭撫でんな! チビ!」
「チビじゃないもーん」
「うるせー! 元チビ!!」
そんな和やかな雰囲気の中、俺たちの旅はスタートした。
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俺たちは日が暮れる前に森を抜けることが出来た。
魔物とも四回ほど遭遇したが、暁の刃はなかなかに優秀で、戦闘のたびに連携を強め魔物たちを撃破して行った。
エリオも触発されたのか戦いに参加し、立派に前衛の一人としての働きをしていた。
その強さは、若干十一歳ながらBランク指定レベルの魔物とならそれなりに戦えるほどだ。
現段階でも、レヴィアタンを相手取っても頭目の二人以外には後れを取らない。
奴らへの報復に動くのも、予定よりも大分早いかもしれない。
この成長度合いなら四年後、十五歳で冒険者になった際も心配はなさそうだ。
このまま研鑽を積めば、良い仲間と巡り合えれば順調にAランクには到達するだろう。
彼を一人でも生きていけるようにする。それもエリオを鍛えている理由の一つだ。
アミールの亡骸に誓った約束は、何とか果たせそうだ。
「日があるうちに森を抜けられたな、ここらで夜まで野営にしねーか? ディック」
「野営するより、もう少し歩くとイソラという集落がある。小さいが宿もあったはずだからそこで明日まで休もう。
ここからは道も荒れてくる。この面子なら、魔物との遭遇は増えるが視界の良い朝に行動しても問題ないだろう」
「宿か、そりゃいい! 兄さんも問題ないっすか?」
「別に急ぎの旅でもないからな、今日はゆっくり休もう。初陣でマルテスも疲れただろ?」
「え? ぼ、僕は大丈夫です! まだやれますよ!」
「無理するな。疲労が顔に出てるぞ」
「え、顔にですか!?」
マルテスは両手で顔をぺたぺたと触った。
「兄さんもこう言ってくださってるんだ、無理は良くないぜマルテス」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。実はもうヘトヘトで……ハハ」
そう言ってへたり込んだマルテスを見て、空気が緩み和やかな笑いが起きた。
まだ組んだばかりのパーティで前衛を務めるのは、肉体だけじゃなく精神も削るはずだ。
ライドは、指示を出しているディックと四年間パーティを組んでいただけに阿吽の呼吸のようなものも感じたが、マルテスは戦闘経験も乏しい上に、目の前の敵だけじゃなくディックの指示にも気を回さないといけない。
消耗は激しいだろう。ディックもそれをわかっていての提案なのかもしれない。
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「あれがイソラの集落だ」
三十分ほど歩くと、遠くに集落のものらしき家並みが見え始めた。
集落というだけに建物はまばらな感じだが、二階建てのような高い建物も見える。
多分あれが宿屋だろう。
「おかしいな、人影が見えない」
集落を前にして、ディックが呟いた。
建物の数からして、百人弱は住んでいそうな感じだが、ディックの言葉通り人影が見えない。
この空気と雰囲気はあの時と……
俺は何やら嫌な予感を感じた。
まだ、視界の範囲に血まみれの亡骸が転がってないことだけは幸いだ。
「活気のある集落だったんですが……」
「急いで中に入って確かめよう」
俺の言葉に全員が頷いた。
集落の中はどこも閑散としていた。
まだ夕刻前だというのに、外には人影すら見当たらない。
「人っ子一人いねえ。神隠しにでもあったんすかね……」
「いや、人の気配は感じる。どうやら家の中にいるみたいだな」
マナの反応はあちこちから感じる。
だがそれはどれも弱々しく、中には今にも消え去りそうなものもある。
しかし、怪我をしているようなマナの乱れは感じない。なにがあったんだ?
「急に民家を尋ねるのも不躾だし、一旦宿屋に行ってみよう。護衛依頼の時に何度か利用してるから女将さんとは顔見知りなんだ」
ディックの意見に皆が賛同し、俺たちは宿屋を目指した。
宿屋は集落の中心にあった。
冒険者や行商人の利用でそれなりに繁盛していたのか、質素な外観ではあるが管理が行き届いていて小奇麗な建物だ。
しかし、今は誰かが宿泊しているような気配もない。
「女将さん、いるか? 俺だ、ディックだ。 ……ッ!?」
ん? 宿屋に足を踏み入れたディックの様子がおかしい。
宿屋からは微かなマナの反応が感じられるが……
「女将さん!!」
ディックが慌てた様子で中へ駆けこんだ。
中には、カウンターを背に力なく座り込んでいる初老の女性が一人。
ディックはその女性を優しく抱え寄せた。
「女将さん、大丈夫か!?」
「……ディック君かい?」
女性はなんとか声を絞り出している感じだ。
血色も悪く、唇は乾燥してひび割れ変色してる。毒という感じではない。これは――――
「よかった! なにがあったんだ? 話せるか?」
「しゅ……集落に野盗たちが……」
「野盗たちが!?」
「食料を根こそぎ奪われ……ちまってさ……私も、もうひと月はなにも口にしてないんだ……」
「ひと月も!? 奪われたのは食糧だけか?」
「ああ……抵抗した男衆は何人かやられちまったけど……食糧だけ奪って去って行ったよ……」
食糧だけを奪う野盗? あまり聞いたことはないが。
どうやらレヴィアタンではないみたいだ。
「最初は水だけで凌いでたんだけどね……もう……体も動かなくなっちまって」
「このままじゃまずい。だが、俺たちの食糧では集落全員にはとても」
この世界で、小さなコミュニティが食料を奪われるのは死ねと言われているのと同じだ。
周囲を魔物や魔獣に囲まれ、食糧を求めて外へ出ることすら難しい。まさにこの集落は、食糧の尽きた陸の孤島と化している。
住民たちのマナの反応を鑑みるに急がないといけないな。
「俺が街まで飛んで食糧を買ってくる。量が量だけに持ち手が必要だ、もう一人誰かついてきてほしい」
「それは助かる! 誰が適任だろうか」
「あっちがついて行こうか? ボス」
「リンネ、じゃあ――――」
いや、リンネは残ったほうがいいか。
食糧だけ奪うというのが気になる。いつまた別な野盗たちが来るかわからない。
高い戦力になる者は残しておいた方が得策か。
「リンネはここに残ってくれ。セフィリア、一緒に来てくれるか?」
「はい! お供します」
魔法に長けたセフィリアも戦力となるが、リンネほどじゃない。
そして、何よりセフィリアは飛行魔法を少しだが使える。大量の食糧を運ばないといけないからな、自分でもある程度飛べるのは助かる。
エリオと迷ったが、セフィリアを選んだ理由はそこにある。
「行こう、セフィリア」
「はい!」
「兄さん、お気をつけて!」
俺はセフィリアと手を繋ぎ、空へと舞った。




