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第96話 暁の刃 其の1

 マルテスは一つ息を吐くと、目を瞑り空を見上げた。

 俺にはそれが、見えない誰かに何かを伝えているように見えた。


 それにしても、マルテスのあの剣気は彼にとってこの上ない武器になるだろう。

 魔物との戦いにおいても、あの鞭のように “しなる剣” は様々な状況にも対応できるし、剣などの対人戦においてもこの上ない厄介なものになる。


 剣気はその人物の気質に強く左右される傾向にある。剣気の形状を変えるのは、斬撃を飛ばすよりもかなりの高等技術なんだけど、あの柔軟な気は、度が過ぎるほど穏やかで柔らかな性格のマルテスだからこその特性なのかもしれない。


 オーラを会得する前の俺でも、剣気の形状変化はできなかった。


「う、うお…… あ、ありえねえ。あのマルテスが、ボルドの野郎を」


 観衆が絶句している中、レイナとメアリーがマルテスの元へ駆け寄る。


「マルテスーーーー!!!!」

「マルテスッ!!」

「う、うわ!! レイナさん!」


 俺も安堵の息をつき、友であるマルテスの成長と勝利を今は喜ぶことにした。

 目の前では、マルテスに抱き着くレイナとそれに慌てるマルテスという、以前も見た微笑ましい光景が繰り広げられている。


 多分、俺は今、街中のベンチで若者たちの戯れを遠い目で見守るおっさんのような顔をしているかもしれない。

 おっさんのようなというか、中身は実際四十のおっさんなんだが。


 まあ、この場の雰囲気をぶち壊すほど俺は空気が読めない男ではない。浮かび上がった懸念点は、マルテスといつでも連絡を取れるようにした上で都度確認していくことにしよう。


 俺はそれとなくその輪に近づき「よくやった」とマルテスの肩を叩き一言だけ声をかけた。


「ああ…… リントさん」


 マルテスは胸の前で指を組み、憧憬(どうけい)の眼差しでそんな俺を見上げた。


「……ねえマルテス。あたしに抱き着かれた時よりもうれしそうな顔してない? あなたもしかして “そっち” なの? ギルドでも離れてください―って言われたし」

「ま、マルテス。あの人を見る目がちょっとあれかな?って思ってたけど……あなた」

「ち、違いますって!! 尊敬なんですよ!! 勘違いしないでくださいー!!」


 ふと倒れているボルドを見ると、もうひとりの仲間の男が必死に声をかけていた。


「お、おいボルド! しっかりしろって! おい!!」


 さてどうしたもんか。

 まあここは俺がでしゃばるシーンではないな。今回の主役であるマルテス殿に判断を委ねよう。


「マルテス。この男はどうするんだ?」

「この男? あ……」


 紅蓮のメンバーであるアレンに視線が注がれた。

 メアリーも抜け、その場に一人になってしまったアレンは、挙動不審な態度で俺たちに視線を送った。


 マルテスは結んでいた口を開き、アレンに声をかけた。


「ボルドさんを連れて、早くこの街から出て行ってください。決闘の勝者である僕の言うことは飲まなきゃいけない決まりのはずです」

「待ってくれ! 出て行くったって、この状態のボルドを連れて行けねえよ! 死んじまうって! なんとかしてくれ! あれだけ酷い怪我をしたメアリーが無傷でピンピンしてるんだ、誰か治癒魔法か何か使えるんだろ? なあ!」


 腕を組んだメアリーが、アレンとボルドの前に出て冷然と見下ろした。


「娼館で遊ぶお金があるでしょ? そのお金で教会で治療でもしてもらったら?」

「め、メアリー。半年ほどだが仲間だった仲じゃねえか、教会に頼んだら無一文になっちまうよ」

「知らないわよそんなこと」

「そ、そうだ! お前金が必要って言ってただろ? またパーティにお前を加えるようにボルドに頼んでやるからさ、な!」


 そう言われたメアリーは、マルテスに身体を寄せると腕に抱き着き、マルテスを引き寄せた。


「私、マルテスとパーティを組むことにしたから。ご心配なく」


「エッッ!?」

「な、な、なによそれ!!」


 マルテスとレイナは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして驚いた。


「ねっ、マルテス!」

「めめめ、メアリーさん!! むむむむ、胸がッッ!!!!」

「なに年増の色仕掛けに真っ赤になってんの! よっ!!」


 レイナはマルテスの二の腕をガシリとつまんだ。


「い、いたたたたたッッ!!!! レイナさん! 誤解です、誤解!!」

「だ・れ・が年増よ! 私はまだ二十四よ!!」


 やれやれ……

 まあこれはこれで、マルテスにとっては良いターニングポイントかもしれない。メアリーは曲がりなりにもAランクのウィザードでレアな鑑定スキルも持っているし、経験値もマルテスより豊富だ。

 マルテスのあのスピードと剣技を前衛として陣形を組めば、それなりの魔物とも戦えるはずだ。


 あとは対複数との戦闘も考えて、もう一人、欲を言えばもう二人くらいサポートの前衛がいるとパーティとしていい感じなんだが。


「ま、マルテス!」


 ライドが声を張り上げた。

 その顔には、なにかを決断したような意思を感じる。


「は、はい。どうかしたんですか? ライドさん」

「――――俺もパーティに入れてくれないか!?」

「ら、ライドさん。もうパーティは組まないって前に……」

「そ、そうなんだけどよ……」


 前衛に同じく剣士のライドか。A、B、Dランクの凸凹パーティだが、動きを見ているとライドもそれなりに腕の立つ剣士だ。悪くない。

 でも、驚くマルテスとは対照的にレイナは眉をひそめ若干訝し気な顔をしている。なにかあるんだろうか。


「――――レイナ嬢が不安に思うのはわかるよ。だけど、マルテスの戦う姿を見てたら、なんか……もう一度、俺も上を目指したくなってよ!」

「でも、あの噂は……?」

「噂?」

「あれは……」


 あの噂? ライドには何かあるようだ。そういえば、ギルド前で会った男にも何か言われていたような気がする。

 せっかくのマルテスの門出だ。口は出さないつもりでいたがライドも言いにくそうにしている。

 ここは俺も一枚噛ませてもらおう。


「ライド。過去に何があったんだ?」

「あ、兄さん……やっぱ……言わなきゃだめですかい……?」

「マルテスの仲間になるというなら、話しておくのが筋ってもんだろう」

「……へ、へい。信用してもらうためにも、俺の生い立ちから話した方がいいかもしれませんね。あれは――――」



------



 現在二十三になるライドが冒険者になったのは十五歳の時。その年は新人冒険者が豊富な年で、ギルドは盛況を極めていた。


 協会が定めた規約で、冒険者登録は多くの国々が成人と定める十五歳からとしているため、生い立ちに恵まれなかった者は十五になると生活の為や一発逆転を夢見てギルドに足を踏み入れる。

 不遇な環境下にはいなくても、ロマンを求めて冒険者として活動する者も少なくはない。


 ライドは後者だった。

 子爵家の三男として生まれたライドは何不自由ない生活をしていたが、子供のころから冒険者に憧れ、冒険譚を読み漁っては胸を躍らせていた。


 そして十五の成人を迎えた夜、冒険者になるべくライドは家を飛び出す。


 ライドが生まれたモルノの街はエンドラから遥か北に位置する流通が盛んな商業都市だ。

 父親の管理下にある街では冒険者をできないと考えたライドは、その日の早朝にギルドへ護衛の依頼を出した。

 家の金庫から金貨数枚を盗んできたためお金なら持っていた。

 目指すは、国や貴族よりもギルドの力が強く多くの冒険者たちで賑わっているエンドラ。



 無事に約ひと月の旅路を終えたライドは、エンドラへと辿り着いた。

 高額な護衛料に加え、冒険者たちの往復の衣食住に関しても、全てを負担することになっていたライドの持ち金は、心もとないものになっていた。

 距離が距離なだけに、その条件じゃないと引き受けてくれるパーティが見つからなかったのだ。


 だが、ライドの表情は懐事情とは裏腹に、希望に満ち溢れていた。



 意気揚々とギルドへ向かったライドは、カウンターで簡単な必要事項を記入し、質素な何の装飾もない鉄の腕輪を手渡された。


「ライドさんはFランクからのスタートとなります。簡単に、規約やルールなどをご説明させて頂いてもよろしいですか?」

「大丈夫です。わかってますから」


 幼少の頃より冒険者について調べ、書物を読み漁っていたライドには説明は不要だった。


「そ、そうですか。それでは、気になる依頼などがございましたら、ご相談だけでも結構ですのでカウンターへお越しくださいませ」


 年齢さえクリアしていれば、冒険者への門戸は誰にでも平等に開かれている。

 生い立ちも素性も地位も関係ない。依頼をこなし生き残って賃金を得るのが彼らの役目。

 強い者が尊敬され正義となり、弱きものは排斥される。ただそれだけのシンプルな世界なのだ。


「なあ、お前!」


 ライドが掲示板を見に行こうとすると、一人の男に声をかけられた。

 見たところ、歳は同じくらいだろうか。

 

 ライドはその男の装いを一瞥した。

 お世辞にも身なりはいいとは言えない。貧民か農民の出だろうか。

 だが、同い年ほどのその男の表情や目はとてもギラギラとしていて、成り上がってやろうという強い意志を感じた。


「俺の名前はディック。お前は?」

「お、俺はライドだ」


 二人は何気ない会話を重ね、歳も同じ十五とわかった。

 箱入りで育てられたライドには、冒険者としての夢を語れる同い年の友人はいなかったため、嬉しさからすぐにディックと意気投合した。


「腹減ったな、飯でも食おうぜディック」

「あー……俺金持ってないんだわ」

「仕方ねえなぁ」


 ライドも残金はあまりなかったが、二人でご飯を食べるくらいの余裕はあった。


 二人はご飯を食べながら夢について語り合った。

 今まで冒険者の話などする相手もいなかったライドにとって、それは人生で一番楽しい、まさに夢のような時間だったのを今でもよく覚えている。


 楽しそうにしていればおのずと同年代の仲間は増える。

 しかも、ここは同じ目標を持った者たちが集う冒険者ギルド。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、いつしか戦士希望のエイゲル、ウィザードの卵であるリッツが加わり、ほどなくして彼らは<暁の刃>というパーティを結成。


 一端の冒険者としての道を歩み出した。


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