第95話 マルテス、覚醒
---------------------------------------------------
――――あれ? ここは。
この風景、どこか見覚えがあるような……
あの家は……昔住んでた、僕の家?
庭で素振りをしてるのは……お父さん!? なんでお父さんが……
ぼ、僕は死んじゃって、天国にでも来ちゃったのかな。
「お父さーん!」
「ん? どうしたマルテス」
「また剣の練習? お母さんがご飯だって」
「そうか、少ししたら行くから、先に食べててくれって母さんに伝えてくれ」
「うん!」
あれは、九歳の時の……僕だ。じゃあ家には。
入っても大丈夫かな。ぼ、僕の家なんだし、入っても問題ないよね、うん。
お、お邪魔しまーす……
――――うわぁ……懐かしいな、何もかもあの時のままだ。
ハハ、壁に貼ってある僕が描いた絵。お父さんとお母さんと僕を描いたやつ。
今見ると、下手くそすぎて誰が誰だかわからないな。でも、お母さんはみんな笑っていてとても素敵な絵ねって褒めてくれて、大事に貼ってくれていた。
それがすごく嬉しかったんだよな。
「ほらマルテス、お腹に悪いからよく噛んで食べなさい」
「だってお腹空いてたんだもん」
「フフ、困った子ね」
――――お母さん。こんな優しい目を、僕はいつも向けられていたんだな。子供だった当時の僕は気づかなかった。
あの……あのねお母さん。僕、精一杯頑張ったよ。……頑張ったよね? もう……休んでもいいよね?
なんか、疲れたんだ。僕。
「お母さんおかわり!」
「はいはい。マルテスはたくさん食べるわね。きっとお父さんよりも強い子になるわよ~」
強い子……
僕、ダメだったよお母さん。
リントさんに力を貰ったのに、それでも僕はダメで弱い奴のままだった……
そうだお母さん、僕、リントさんっていう凄い人と友達になれたんだよ。きっと、いつか世界中にその名前を知られる人。
でも……その人の期待に応えられそうにないんだ。
僕がもっと強かったら……お母さんを守ることもできたのに……
過労で病気になんかさせることもなかったのに……ごめん……ごめんなさい、お母さん。
「あー腹が減った。おっ、今日のスープは腸詰めたっぷりじゃないか! うまそうだ」
「あなた、お疲れ様。練習してる秘技とやらはどうなのかしら?」
「茶化すなよ…… んー。まだ全然だ。あれが習得できればB、いやAランクだって夢じゃないんだ! だけど……俺の気は硬いのか、師匠のように柔軟な剣気を練れなくてな。はぁ…… うまくいかないもんだ」
「焦る必要なんかないわよ。今でもこうやって食べていけてるんだし」
「そうはいかない。冒険者ってもんはいつまでやれるかわからないからな。早く昇格してもっと稼がないと」
技? ああ、お父さんがいつも練習してたあれか。
結局、習得できないままお父さんは…… どんな技だったんだろう。
「僕がそのひぎを使えるようになる!」
「ん? ハハハ、そうか。それじゃあご飯を食べたら父さんと一緒に修行だな、マルテス」
「うん!お父さんがいない時はニアとリクを僕が守るんだ」
「そうか。そうだな、お前なら守れるさ。 ――――なあ、マルテス」
え……? お、お父さん、なんで僕の方を? お、お母さんも。
僕が、見えるの!?
「にぃに、にぃに」
「ニ、ニア?」
ニアも……僕のことが見えるの?
こんな……こんな僕に笑いかけてくれるの? ニア。
――――ごめん…… ニア、リク。兄ちゃん最低だ。自分のことばっかりで、お前たちのこと忘れてた。
僕が死んじゃったら二人はどうなるんだ。
お前たちのためなら、兄ちゃん、何度だって……
「マルテス」 「――――マルテス」
お父さん、お母さん。ごめん、もう弱気にならないから。もう諦めないから、そんな心配そうな顔しないで。
だから、安心して見守っていて――――
---------------------------------------------------
――――マルテスのマナが変わった……?
凛人は、倒れているマルテスから発せられるマナの覇動の変化を即座に感じ取った。
「マルテス!! お願い、逃げて!!」
「私のことなんかいいから! もう立たないでマルテス!」
周りの声はマルテスには届いていなかった。
ゆらりと俯きながら立ち上がったマルテスは、下を向いたその顔に、生まれ変わろうとする闘志を宿らせていた。
勝利を確信し、どう甚振ってやろうかと下卑た笑みを浮かべ近づくボルドだったが、なにか異変に気づきその歩みを止めた。
「な、なんだそれは」
ボルドが一筋の汗を垂らし口から洩らした。
立ち上がりうな垂れたマルテスの左の首には、白く輝く紋様が浮かび上がっていた。
そして、握られた剣からは白い剣気が立ち昇り、その剣気は形状を変え、まるで鞭のように地面へと垂れていった。
「お、お前、なんなんだそりゃあ……」
マルテスはその問いに反応せず、ぽつりと呟いた。
「――――ありがとう、お父さん。これだったんだね、お父さんが目指していたものは」
「おとうさんだぁ? き、気味の悪い奴だ! さっさとくたばれクソガキがぁぁッ!!」
ボルドが鬼気迫る表情で戦斧を振り上げた。
「なにしてるのマルテス!! 避けて!! 逃げて!!」
「マルテスの勝ちだ」
「えっ!?」
「大丈夫よレイナ。何があったかわからないけど、マルテスのステータスがありえないくらい跳ね上がってる。ボルドのものよりもずっと」
マナを敏感に感じ取れる凛人と、鑑定スキルを持っているメアリーはマルテスに起こった変化に即座に気づいていた。
この時、ほぼ同格に近かったマルテスのマナは、ボルドのおよそ1.5倍まで跳ね上がっていた。
この変化は “共生契約” の覚醒の影響に他ならないものであり、共生、つまり契約の主である凛人と、共に生きる契約で結ばれたマルテスは、凛人の成長とともにマルテスもまた、人間の範囲内ではあるが成長していくことになる。
これは凛人自身もまだ知らないことである。
共生の主である凛人のマナを拝受して生き、凛人が死ねばマルテスもまたその命が尽きてしまう。つまりは星骸たちとの契約とほぼ同等の性質を持つ。
「うおおおおおッ!!!!」
ボルドの攻撃をマルテスは素早い動きで飛び跳ねて躱し、剛腕から放たれた戦斧の一撃は空を切った。
強い意志を宿した目。そして、マルテスの身体からは白い蒸気のようなものが立ち昇る。
「――――あれは」
「こ、この野郎ちょこまかと!! あれだけ俺のグレイヴを喰らってなんで立ってやがる!!」
凛人はその様子を見て何かに気づき、額を手で覆った。
なんてこった。あれは俺と同じだ。共生契約とはそういう意味だったのか……
他に方法はなかったとはいえ失敗だったかもしれない。
まさか不死とまではならないだろうが、寿命は? よく調べもしないで、少し軽率だったかもしれない。
凛人は、マルテスを人ならざる者に変えてしまったのではないかと罪悪感を覚えた。
人は人として生きたほうが幸せなはずだ。凛人の考えは変わりゆく自分の中でも、その根底は揺らいでいない。
マルテスはボルドを力強く見据え、いった。
「ボルドさん、斧を地面に置いてください」
「な、なんだと?」
「決闘のルールとして武器を捨てたらそこで勝敗はつきます。殺すか殺さないかは勝者の自由ですけどね。そして、この街から出て行ってください」
その言葉に、ボルドの顔はみるみる紅潮していき、太い筋が額とこめかみに浮き出た。
「マルテス如きが俺に出て行けだぁ!? 勘違いもほどほどにしとけやッッ!!!!」
「やはり諦めませんか……」
再び戦斧を振り上げ走るボルド、しかしそれよりも速く、マルテスの剣気の鞭がボルドを襲った。
「馬鹿め!! こんなもの吹き飛ばして、テメェの脳天を叩き割ってやる!!」
強く衝突すれば、またグレイヴが発動し相手の武器は吹き飛ばされるだろう。しかし、マルテスの鞭は戦斧と接触すると柔軟に、弧を描くように速度を上げボルドの背後へと周り、そして、
「グッアアアアアッッ!!!!!!!!」
ボルドの背中を深く斬りつけた。
鞭の性質による鞭打と、剣の鋭さを纏った攻撃は、ボルドの皮膚を引き裂くだけではなく、同時に斬り傷も与えた。それは致命傷にもなりえるほどの一撃だったのは言うまでもない。
「……」
力なく、意識を失ったボルドの巨体は地に伏した。その光景を、観衆たちは息を吸うことも忘れ見つめていた。




