第94話 まだ、足りない
激しく接触した剣と戦斧は、鼓膜を刺すような甲高い金属音を周囲に響かせた。
「グッ!! な、なにッッ!?」
「うああぁぁぁあああああああーーーー!!!!」
マルテスの剣は振り抜かれ、その剣圧で百九十センチ近くはあるボルドの鍛え抜かれた体は、地を滑るように数メートル押し飛ばされた。
その様子を酒場の入り口で見ていた男は、店内へ叫んだ。
「おい嘘だろ…… お、おい!! 外でボルドとマルテスが決闘だ!」
「マルテスがボルドと決闘? おいそりゃなんの冗談だ」
「ところがどっこい、冗談どころかボルドの野郎が押されてるぞ!」
酒場は爆笑の渦に包まれたが、なにか面白いことが起きているという飲んだくれたちの嗅覚は敏感なようで、酒場の客たちは一斉に色めき立った。
ある者はジョッキを片手に、またある者は酒をテーブルに放置し、ドアや窓から好奇の目を外へ向けた。
「――――な、なんの冗談だこりゃあ」
野次馬たちの表情が一変した。
目の前で繰り広げられていたのは、鬼のような形相で剣を打ち付けるマルテスに、ボルドが防戦一方になっている光景だった。
仮にもAランクであるはずのボルドがDランクの、しかもマルテスに?
「あ、あれ? 俺酔っぱらい過ぎてんのかな」
窓から覗いていた男が腕で目をこすった。
実際、ボルドが冷静に対処すれば、実戦経験に乏しいマルテスの攻撃を受け続けるような事態に陥ることはなかった。
アルマやリンネにやられたからといって、ボルドは決してAランクとしても弱いわけではない。アルマたちの戦闘能力が高かったという結果であって、ボルドも数々の依頼をこなしAランクまで上り詰め、これまで生き残ってきた猛者なのだ。
だが、マルテスの急激な変化と気迫に、ボルドは混乱し完全に飲まれてしまっていた。
冷静さを欠くことは、戦いにおいて致命的な行為に他ならない。
「凄い!! 勝てるよマルテス!! そのまま一気に決めちゃえ!!」
「すごいっすねマルテスの奴! Aランク相手に勝っちまうんじゃないすか!?」
「……いや」
興奮するレイナとライドとは逆の表情を、凛人とメアリーはしていた。
「――――このままだとマルテスさん負けちゃうね」
戦いを見ていたエリオがぽつりと呟いた。
「わかるか? エリオ」
「うん。これだったら普通の剣の方がよかったかも」
「ま、負けちゃうって、どう見てもマルテスが優勢じゃない!」
二人の言葉に、レイナが目元に不安を見せながら声を荒げた。
「マルテスさんが優勢に見えるけど、頭に血が上って勝利を急ぎ過ぎてる。あの剣をあんなに振ったら体力が持たないよ。それに比べてあの男は防御してるだけでそれほど体力を使ってない」
「攻撃も単調すぎるニャ。このままだとすぐに形勢が逆転する」
「そ、そんな…… 教えてあげられないの!?」
追いつめているように見えて、ボルドはマルテスの剣を的確に捌いていた。
徐々に冷静さを取り戻して来ているボルドは、反撃の隙を窺がうようにその眼を鋭くさせた。
「ね、ねえあなた! 見てないでマルテスを助けてあげてよ! ボルドの斧は――――」
「だめだ」
「だ、ダメって!」
「あなたマルテスの友達なんでしょ!? なんで加勢してあげないのよ! だったらわたしが!」
凛人はレイナを右手で制止し、二人の言葉に静かにかぶりを振った。
「マルテスは今、お前のために怒り、決闘を申し込んで戦っているんだメアリー。覚悟を決めた男に恥をかかせるつもりか?」
「そんなの! 女の私にはわからないわよ……」
「大丈夫、死なせはしない。レイナも今はマルテスの覚悟を見守ってやれ」
加勢はしなくても、せめてアドバイスくらいはしてやりたい。凛人は拳を握り、その気持ちを押し殺して生まれ変わろうとしている男の戦いを見守った。
凛人はそっとエリオの肩に手を置いた。
「エリオ、これがお前も何れ経験する人との戦いってものだ。よく見て勉強しておけ」
「うん」
マルテス同様、エリオもまた対人間との戦闘は未経験。低級の魔物を相手に斬るという感覚を確認してきた程度。
凛人が魔物と戦っている姿はこれまでの旅で見てきている。だが、エリオの目的は家族の敵であるレヴィアタンへの報復。
対人の戦闘を見れることも勉強になるが、拮抗した者同士の命のやり取りを見れるのは剣士として大きな収穫になる。
「はぁッ!! はぁッ!! たあぁぁッ!!」
息が上がり始めたマルテス。ボルドはその隙を見逃さず、戦局が大きく動いた。
「いつまで調子の乗ってんだこのグズ野郎がぁぁーーーーッッ!!!!」
「えっ!?」
ボルドの振る戦斧の柄に青白い文字のようなものが浮かび上がる。
そして、マルテスの剣と衝突した瞬間、爆発と青い衝撃波が巻き起こった。
「あああぁぁッッッ!!!!」
マルテスは絶叫し、激しく吹き飛ばされてしまった。
十メートルは吹き飛ばされたマルテスは、地面を転がり天を仰いだ。
「マ、マルテスっ!!」
「なんだよ今のは! おいマルテス!! しっかりしろ!!」
突然の出来事に野次馬たちも言葉を発せなかった。
戦士職であるはずのボルドが魔法を? そんなことがあるはずがない。しかし確かに爆発が起こったのは事実。爆弾か? いや、斧を振っただけでそんな仕草はしていなかった。
その場にいた者たちは混乱した。
「あれが――――」
メアリーが神妙な面持ちで口を開いた。
「あれがボルドの奥の手。あの斧は古代ルーン文字が刻まれたエーテル・ウエポンの一つよ」
「エ、エーテル・ウエポンって、大陸の北の山脈に住むって噂のエルダードワーフが作る武器よね。どこでそんなエピックアイテムを……」
「私もわからないわ。出会った時にはもう持ってたし、聞いても話してくれないから。ただ、あの斧には融爆魔法が込められてる」
「融爆魔法って、治癒魔法の次に使い手が少ない高度な魔法じゃない!」
融爆魔法とは、大気中の特定の元素を魔力で圧縮合成して核融合を起こし、魔力の繭から解放する際に爆発を発生させる原理の攻撃魔法である。
その威力は、反発し合う複数の元素を、大量の魔力で包み合成する際の圧縮技術によって異なり、上位魔法ともなると地形を変えてしまうほどの爆発力を生み出す。
第三階級の大魔導士、またそれ以上の高位のウィザードにすら、使える者は数えるほどしかいない非常に高度な魔法だ。
「ええ。あの斧に刻まれているのは下位の融爆魔法グレイヴ。魔力さえ持っていれば誰でも使用可能なの。戦士のボルドは魔力操作が苦手だからあの程度の爆発で済んでるけど……」
融爆魔法の下位に位置するグレイヴでも、ちゃんとした使い手が使えば家屋一つを優に吹き飛ばすほどの威力を持つ。(エルメリアさんの教え)
そう考えると、ボルドのような善人ではない人間に持たせておくのは危険な武器だなと凛人は思った。
「ん…… うう、う」
身体から爆発による煙を上げながら、マルテスはなんとか体を起こした。
「マルテス!! もういいから起き上がらないで!! 殺されるわ!!」
メアリーの言葉にボルドは反応し、怨みのこもった目で睨みつけた。
「お前らの間に何があったのかは知らねえけどよ、お前勘違いしてねーか? 起き上がったら殺される? 違うな」
ボルドは倒れているマルテスに歩み寄っていく。
その表情には、獲物を仕留める際に肉食獣が見せる満足感を浮かばせていた。
「これは決闘だ。どちらかが死ぬまでやるんだよ。――――俺はこいつを殺したくて仕方がなかった、トロい上に愛想笑いばかり浮かべやがって。ここで仕事が出来なくなるから我慢してやってたんだ。だが、これは申し込まれた決闘だからなぁ、殺してもお咎めはねーし報復もできねえよなぁ!」
ボルドは凛人とリンネに視線を送り、にやりと口角を上げた。
凛人は考えた。
即死さえしなければ治すことはできる。しかし、ボルドは “死ぬまで” マルテスをいたぶり続けるだろう。そうなったら治癒は不可能だ。
イーレの時のように、心肺が停止していても死んだばかりでマナがまだ辺りを彷徨っていれば蘇生はできるかもしれない。でも、それも危険な賭けだ。
できれば今すぐにでも辞めさせたいところだが、決闘の邪魔をすれば死者の魂を汚すことになるというのがこの世界の暗黙の掟だ。
そしてマルテスはそれを望んでいないだろう。
命を懸け戦った友に恨まれるのはそれはそれで辛い。
――――これもマルテスの運命。定めなのか。
そう思った時、ボルドの戦斧が無情にも振り下ろされた。
レイナ、そしてメアリーとライドが直視できず目を瞑ったその時、金属が激しくぶつかり合う音が響いた。
マルテスは満身創痍ながらボルドの一撃を受け止めた。しかし、
「馬鹿め」
再び武器に文字が浮かび上がると爆発が生じ、吹き飛ばされたマルテスは魂を持たないブリキの人形のように力なく転がり続けた。
「マルテスーーーーッッ!!!!」
三人の悲痛な叫びが響く中、マルテスの意識は遠のいていった。
皆が心配してる。
――――あれ? 声が聞こえなくなっていく…… あの時と同じだ。僕は、死ぬのかな。
リントさんに力を貰ったのに、結局、何もできないマルテスのまま、僕は――――
くやしいな……




